第39話 お嬢様と大切な人たち

 

 あれから、季節が何回か変わって。


 王宮の訓練所を借りておこなっている朝の訓練には、ナナミちゃんが加わるようになった。

 

 魔力の実のおかげで魔法が使えるようになった彼女は、みるみる成長していて。


「ファイヤーボール」


 構えた手から、強力な炎の玉が出現して、的に命中。

 跡形もなく消しとんだ。


「お姉ちゃん、どうでしたか?」


 ナナミちゃんが嬉しそうにかけよってくる。

 ひとつひとつの仕草がすごく可愛くて。


 ……もう、眩しすぎるんですけど!

 さすがヒロインだよね。

 私が男なら絶対落とされてると思う。

 

 あれ?

 ゲームの中だとクレナって男なんだっけ?

 よくあの笑顔に耐えられたなぁ。


 

 嬉しそうなナナミちゃんに抱きつかれながら、ぼんやり考えてると。

 背後から懐かしい声がした。


「やぁ、クレナ。今日も元気そうでよかった」


 振り向くと。

 

 ……さわやか笑顔のシュトレ王子がいた。


 えええ!?

 まさか今日も偶然会えるなんて。

 

「シュトレ様は、すごく忙しそうですよね。……あの、お元気ですか? 無理されてないですか?」


「あはは。ホントはね、ずっとクレナと一緒にいたいんだけどね」


 やっぱり。

 ちょっとやせたような気がする。


 おもわず、触れようとした手を王子が捕まえた。

 お互いに見つめ合う形になってしまって、二人の身体がさらに近づいた。


 なんだろう。これ。

 すごくドキドキして照れるのに、でも。

 

 ……手を振りほどくことができないよ。


 うう、これじゃまるで、恋人同士みたい……ううん、婚約者なんだけどさぁ。



 私が固まって動けないでいると。

 ナナミちゃんが近づいてきて、私たちの手を振りほどいた。

  

「なに勝手に、人のお姉ちゃんに話しかけて、手を握ってるんですか? この金色毛虫は」


 顔を少しかたむけて、可愛らしい表情で微笑かける。


 ナナミちゃん!

 表情とセリフが一致してないから!


 あと、シュトレ王子って王族だからね。

 不敬罪とかあるからね!


「ナナミちゃんは、相変わらずだなぁ」

「毛虫にちゃんよばわりされるすじあいないんですけど?」


 王子様とナナミちゃんは、顔あわせればいつもこんな感じで。

 仲が良いような? 悪いような?

  

 そう。

 魔法が使えるようになったナナミちゃんは、もう一つの逆境を簡単にクリアしていた。

  

 キナコが使っていた通訳の魔法。


 ナナミちゃんは、魔法を使えるようになって真っ先にこれを覚えた。


 それまでは、かならず私が一緒にいないといけなかったから。

 すごく不自由だったと思う。

  

 ……魔法を覚えてからも、あんまり行動変わってないけど。



「ずっと話してたいんだけど、また今度ね。クレナ」


 王子は、私の手をとると、甲にキスをした。


 うわ。

 どうしよう。

 困った……顔がとけそう……嬉しすぎる……。


「お姉ちゃん! はやく消毒! 消毒しないと!」


 ナナミちゃんの慌てた声が、練習場に響き渡った。



**********


「今朝も、シュトレ王子にあったんだって?」


 放課後の生徒会室。

 グラウス先輩の言葉で、思わず運んでいた紅茶をこぼしそうになる。


 なんで、グラウス先輩が知ってるのさ。


 確か、あの場にいたのって。

 お母様と。

 ナナミちゃんと。


 あと……。


 生徒会室のテーブルで果物をほおばっているキナコと目が合う。

 

 あーこれ、買収されてたわけね。

 このおしゃべりドラゴン!


「王子は元気そうでしたか?」

「うーん、疲れてそうでしたよ。高等部でも生徒会やってますし。まだクーデターの整理も残ってますから」


「そうですか、王族は大変ですね~」


 私は、グラウス先輩の机に紅茶を置いた。


「はい、会長。紅茶をどうぞ。今日は苺のフレーバーティーなので甘いですよ」

「ありがとうございます、クレナちゃん」



 クーデターの後。


 王国は、表面上はすぐに平和を取り戻したんだけど。

 裏では、いろいろ大変なことになっていた。


 反乱側の領地を誰が治めるかなんて問題があったし。

 勝ったセントワーグ公爵家側は、当然褒賞を求めてきたし。


 色々なところで調整が必要なんだって。 


 それと。


 魔法学校も、クーデターの影響が大きくて。


 反乱側にいた子供たちは、親の罪とは無関係ってことで。

 全員、拡張した学校の寮に入れるようになったんだけど。

 寮の工事とか、学生への支援とか手配とかも当然必要だった。


 で。


 第一王子のシュトレ様も、いろいろ仕事で動き回ってるんだって。

 次期国王だから、今のうちに色々覚えながら頑張ってるみたい。


 何か力になれたらいいのに。



 今日も偶然会えてうれしかったけど。


 ……ちゃんと会いたいな。


 ゆっくりお話したいな。



「でもまぁ。僕にとっては、この上ないチャンスですね」

 

 グラウス先輩が、いたずらっぽい顔で微笑みかけてくる。


 水色の髪が、窓から差し込む陽の光でキラキラ光っていて。

 ああ、もう。

 この人ホントに美人なんだから!


 なんでこれで男の人なんだろう。


「婚約破棄まであと一年ですか。楽しみですね、クレナ副会長」

「そんなことより、仕事しましょうね? グラウス会長」


 そう。

 私は、無事二年生に進級して……十四歳になっていた。




 婚約期限まで、あと一年。

 もし、このまま延長したら。私が悪役令嬢になるのかなぁ。


 ナナミちゃんの前に立ちふさがる的な……。


 ダメだ。

 なんか想像できない。


 でも。

 ナナミちゃんは、魔法も使えるし言葉だって話せる。

 


 ゲームの予言通りに進んでるなら、私はやっぱり……。


「難しい顔して、どうしたんですか?」


 生徒会室に入ってきたリリーちゃんが、心配そうな顔をしている。


「ううん、なんでもないよ。ありがとう」


 嫌だなぁ、顔に出ちゃったんだ。

 気を付けないと。


 笑顔笑顔。


「クレナちゃん。生徒会のあと、少し残ってもらってもいいですか?」


 リリーちゃんのいつになく真剣な表情に、私はうなずいた。

 なにかあったのかな?



********** 


 生徒会の仕事を一通りおえて。


 部屋には、私とリリーちゃんの二人きり。


「ねぇ、リリーちゃん。なにかあったの?」


 彼女は、私の大切な親友だ。

 小さい頃からずっとずっと私の味方でいてくれてる。


 だから。


 リリーちゃんになにかあるなら、絶対力になるよ!


「そうですねぇ、たいしたことじゃないんですけど」


 唇に指をあてて、考えるポーズをする。

 金色の長い髪が、さらりと肩に流れた。

 カワイイ!


 もう、天使すぎる。


「ねぇ。なにかあるなら、何でも言ってね」 

 

「それじゃあ、お言葉に甘えますわね」

「うん」


「それじゃあ、今からみっつ数えるまで、クレナちゃんは目を閉じててください」


 なんだろう?

 なにかの魔法とかなのかな?


「うん、わかった」


「それじゃあ、いきますわよ。ひとーつ」


 リリーちゃんの可愛らしい声が生徒会室に響き渡る。


「ふたーつ」


 リリーちゃんの声が近くなる。 

 次の瞬間。

 

 優しい吐息が聞こえて。

 唇に撫でるような柔らかい感触が伝わった。


 え?


 目を開けると、目の前に真っ赤な顔をしたリリーちゃんがいた。


「みっつ、ですわ」


「えーと、リリーちゃん?」


「うふふ、元気のでるおまじないですわ。最近ずっとクレナちゃん悩んでたみたいでしたから」


 顔を真っ赤にしてうつむいて喋っている。

 いつになくすごく早口だ。

 

 そっか。

 私そんなに心配させちゃう顔してたんだ。

 ホントに……ごめん。



「うん、ありがとう! 元気出たよ!」


「本当ですか。良かったですわ!」


 リリーちゃんは、嬉しそうに真っ赤な顔を上げた。 

 


 そうだ。

 そうだよね。


 もし帝国がゲームと同じようにファルシア王国に攻めてきて。

 その中にラスボスがいるとしても。


 世界を救う為に、もちろん私は戦うし。

 リリーちゃんも、キナコも、ナナミちゃんも。

 きっとジェラちゃんや、ガトーくんも、……シュトレ王子も。

 

 ううん、きっとたくさんの同じ思いの人が戦うんだと思う。


 それは、ゲームの『星乙女』の力があってもなくても、何も変わらなくて。


 うん。だから、それまでは。

 私は……この大好きな親友の為にも。


 笑顔で一緒にこの世界を楽しまないと!

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