第34話 お嬢様と未来について

 

 私はベッドの中で、乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』のことを考えていた。

 

 すぐ横では、ナナミちゃんがすやすや眠っている。

 

 彼女の寝顔をじっと眺めてみる。

 ……やっぱり、ゲームの主人公にそっくりだよね。


 どうみても、テレビの画面で何度も見た『星乙女』なのに。


 言葉が話せなかったり。

 魔力がまったくなかったり。

 

 色々、違うことが多すぎる……。


 50%の予言が外れたとか?

 でも、ヒロインだよ? ほかのキャラならわかるけど。


 このままじゃ、ナナミちゃんは魔法学校に通えないし。

 ゲーム開始の舞台にも立てない。


 ……どうしよう。


 ベッドでこっそり『ファルシアの星乙女』メモを見ながら悩んでたら。

 いつの間にか意識が遠くなっていった。

 


**********



 真っ白な何もない空間。

 上も下も、どこまで広がっているのかもわからない。


 そんな不思議な場所。


「ヒロインの女の子と、一緒のベッドで寝るなんて、クレナちゃんってば!」


 ショートボブに大きな瞳の愛らしい女の子が、すねた表情でこちらを見ていた。


「寂しくてしばらくちゃんと眠れなかったから、一緒に寝て欲しいっていわれたの!」

「へー。そうなんですか~?」


 うわぁ。

 なにこの、ふくれた表情。


「かみたちゃん、ちゃんと話きいてた?」

「クレナちゃんが浮気者ってとこまでは、ちゃんと聞いてましたー」


 うわぁ、全然人の話聞く気なさそうなんですけど!


 って。あれ?


 自分の姿が、いつもと違うことに気づいた。

 髪の色が、見慣れた薄桃色じゃなくて、サラサラとした黒髪で。

 長さも、肩までぐらい。


 なんだろう、これ?


「ふーん。今日はその姿なんですね。クレナちゃん」


 私をじーっと見つめていたかみたちゃんは、にこりと笑った。


「その姿に免じて、浮気を許してあげますよー」


「浮気ってなにさ! っていうか。私今どんな姿なの?」

「まぁまぁ。それはいいじゃないですかー」


「鏡とかあると嬉しいんですけど」

「私一人が、今のクレナちゃんの姿を楽しめれば満足なのでー」


 両手で頰をおさえながら、嬉しそうに笑う。

 あー。これ、絶対鏡とか出す気ないわ。


 今は、そんなことより。


「ねぇ、かみたちゃん」

「なんでしょうー?」

「ナナミちゃんって、主人公なんだよね? なんで魔力がないの?」

「んー?」


 唇に指をあてて、首をかしげるポーズをする。

 なにそれ、あざといんですけど。

 ……可愛いけど。


「それに、言葉も通じないし。ゲームではどっちも平気だったよね?」

「そうですねぇー」


 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』では……。


 主人公は、最初から魔法が使えたし。

 戦闘や魔法学校で勉強することで、魔法を強化していくシステムだったはず。

 

 ――それに。


 妹が大好きで繰り返し見ていた、ゲーム最初の召喚シーン。


 王宮の召喚部屋で、初めてシュトレ王子と出会うことになるんだけど。

 主人公の乙女ちゃんは、王子と普通に話してたんだけどな。


「これって、どういうことなのかなぁ?」


 ふと見ると。 

 かみたちゃんの顔がすぐ近くにあった。


「ちょっと、真面目に聞いてる?」


 私はかみたちゃんを、両手で押しかえす。

 この子、前にキス……してきたことあるから油断できない!


「はぁ、真剣なクレナちゃんが可愛くて、思わずキスするところでしたー」

「ちょっと!」

 

 この神様みたいなもの、危険なんですけど!


「そんなことないですよぉ、いつでもクレナちゃんの味方ですからー」


 両手を上げて、笑顔をみせるかみたちゃん。

 ホントかなぁ。


「で! なんでナナミちゃんは魔力がなくて言葉も通じないの?!」

「それは、私に聞かれてもわかりませんー」


「え?」


 思わずきょとんとする私に、かみたちゃんが話しかける。


「転生者ならわかりますけど。転移者は私の管理外なんですよー」


「神様みたいなものでも?」

「ええ、みたいなものでも、です」 


 かみたちゃん、この世界のことならなんでも知ってるのかと思ってたけど。

 転生者と、転移者って。

 そんなに違うんだ……。



「……ナナミちゃんの話なんだけど。ホントに魔力はないの?」

「ええ、まったくありませんねー」


 それじゃあ、魔法学校に通えないし、攻略対象とも会えない。


 ううん。会うことは出来ると思うんだけど。

 ゲームみたいな仲良くなるイベントはおこらないよね。

   

「ねぇ、かみたちゃん」

「なんでしょうー」

「前に私にしてくれたみたいに、ナナミちゃんが魔法を使えるように出来ないかな?」


 私も、最初は魔法なんて使えなかったけど。

 かみたちゃんから、力をもらったから。


 同じように、ナナミちゃんにも分けてもらえれば。


「あー、あれは違いますよ?」

「ちがうって?」


「クレナちゃんの魔力は、生まれつきです」

「でも、かみたちゃんが手を握ってくれてから使えるようになったよね?」


「手を握りたいんですか? クレナちゃんは積極的ですねー」

「ちがうから!」


 抱きつこうとするかみたちゃんを、両手で制止する。


「ふぅ、ケチですね。あの手を握ったのは、出口を作っただけですよー」

「出口?」

「そうです。クレナちゃんは魔力が大きすぎて外に出せない状況だったんです」


 そうだったんだ。

 じゃあ、ナナミちゃんは……。


 どうしよう。

 このままじゃ世界が。



「そんな悩んでるクレナちゃんに、ふたつお知らせがありますー」

「お知らせ?」


 かみたちゃんが手をくるっと回すと、白い空間にテレビのような画面が現れた。


「まずはこちらからですー!」


 画面には、満天の星空が映っている。


「これは?」

「数年後の王国の星空ですー」


 ゲーム開始時は、星がほとんどなくて。

 世界が少しずつ崩壊してたはずなのに。 


「え? これって……」 

 

「クレナちゃん達のおかげで、星が増えてるんですよー」

「星って増えるの?」

「それはもう、増えますよー」


 特に何もしてないんだけど。

 なんで星が増えたんだろう?


「ねぇ、どうすれば増えるの?」

「それは、ナイショですよー」


 え?

 一番大事なところじゃないの?


 でも、世界が平和になってるのなら……嬉しいな。

 

「はーい、次はこれです!」


 かみたちゃんが、もういちど手をくるりとまわすと、画面が切り替わって。


 巨大な影の塊と、星一つない空。

 そして、荒廃した世界が映し出された。


「……なにこれ」


 見たことある。


 それは、世界の終り。

 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』のバッドエンディングで……世界が滅びた姿だ。

 

「これが、その後の世界の姿ですー」



 ……。


 …………え。


 なんで?


「どうして! だって、星は増えたんでしょ?」

「そうなんですけど。ラスボスが世界を滅ぼしてしまいますー」


 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。


 せっかく星乙女のナナミちゃんが転移してきたのに。


「おちついてください、クレナちゃん」


 かみたちゃんが急に私を抱きしめる。

 思わず目をつむると。

 驚くほど柔らかい唇の感触が伝わった。


「かみたちゃん……また!」

「ふふふ、落ち着きましたか?」


 落ち着いたっていうか。

 もう!


「クレナちゃん、まだ未来は決まってませんよー」


 視界が金色の光で眩しくなる。

 目をあけていられない。

 

「ねぇ……待って。どうやって世界を救えばいいの?」


「目に見えるものに、惑わされないでくださいねー」


   

**********  


 気づいたら。

 ベッドの上だった。


 横には、ナナミちゃんと……いつのまにかキナコももぐりこんでいる。


 すごく狭いんですけど。

 

 

 かみたちゃんの言葉を思い出す。

 そうだよね。


 まだ未来は決まってない。

 

 わかってるのは。


 次にかみたちゃんにあったら……おもっきり角をひっぱってやるんだから!

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