第32話 お嬢様と異世界転移した少女


「ねぇ、キナコ。転移者ってみんなこうなの?」


 私は、ベッドの上でごろごろ転がっているキナコに尋ねた。


「うーん。この世界に異世界転移者ってあまりいないから」

「そうなんだ……。でも、これ絶対こまるよね!」

「転移者じゃなくてよかったですね、ご主人様」

「もぅ、そういう問題じゃなくてさぁ」


 

 アランデール公爵家で召喚された『星乙女』は、すぐに王家に保護された。

 保護されたんだけど。


 彼女は……。

 こちらの言葉が理解できなかった。


 必死に何かを訴えてたらしいんだけど、意思疎通ができないみたいで。


 元公爵様?

 何の力もないとか、それ以前の問題じゃないですか!


 言葉の問題なんて考えたこともなかった。

 転生者って、生まれた時からこの世界にいるし。


 ゲームの中では、何の問題もなく話せてたのにな。

 なんでだろう?


 試しに、前世で使っていた日本語を思い出してみる。


 ……。

 

 …………。


 ダメだ。

 全然思い出せない。


 というか、今使っている言葉以外、想像も出来ない。

 この世界では、言葉は世界共通で一つしかない。


 ファルシア王国も。

 アイゼンラット帝国も。

 そのほかの沢山の国々も。


 しゃべるのも、文字もみんな共通。

 考えてみたら便利だよね。

 

「……ご主人様?」 

「ううん、なんでもないよ。あっ、そうだ!」


 文字!

 文字なら覚えてるかも。


 こっちの文字を覚えるの、すごく大変だった記憶があるから。


 さっそく紙に日本語を書いて……。


 ……。


 …………。


 

 全然わかんない!


 なにこれ! 私っておバカだったの?

 

「ご主人様? さっきからなにやってるんですか?」

「あのね、キナコー。私ほんとにおバカみたいで、前世の言語を何も覚えてないの!」


 ベッドにいたキナコに抱きつく。


「それは当たり前ですよ。ご主人様はこの世界の住人なんですから」

「そうなんだどさぁ、前世の記憶とかあるのに文字も書けないなんて……」

  

 どう思い出しても。

 記憶にある風景の文字が、全部こっちのものに変わっている。


 明日、王宮で星乙女ちゃんに会うことになっているのに。

 これじゃ、なんにも話せないよ。


「ちなみに、明日の話だったら大丈夫ですよ?」


 自信満々な顔で微笑むキナコ。


「え? なんで?」


「ボク、日本語わかるので」


 ええええええええええ!?



**********

 

 次の日。


 私たちはジェラちゃんの部屋で、召喚された星乙女ちゃんを待っていた。


「はぁ、まさか言葉が通じないなんて。予想外だったわ!」

「考えてみたら、ゲームのほうが不自然だったんだよね。違う世界なんだしさ」


 今この部屋にいるのは。


 ジェラちゃん。

 ガトーくん。

 キナコ。

 あと、私。


「ジェラちゃんたちは、もう乙女ちゃんにあったの?」

「まだよ。言葉も通じないし、暴れるし。手が付けられない状況だったらしいわ」

「そうなんだ……」


 ここはゲームじゃなくて、現実世界で。

 いきなり別の世界に召喚されて、言葉も通じなくて。


 そしたら、いきなり王宮に連れてこられて。


 ……怖いよね。

 もし自分だったら……想像したくないもん。


「まぁ、最近はおとなしくなったらしいんだけどね」

 

 ガトーくんがジェラちゃんの言葉をフォローする。


「そうそう。でね、お父様に頼み込んで、この部屋に来てもらうことにしたのよ」

「そういえば、何でこの部屋に呼んだの?」


 彼女のいる部屋を訪ねていってもよかったのに。


「それは、この部屋が『転生者で世界を救おう会』の本部だからよ!」


 まぁ、確かにいつもこの部屋で話してるけど。

 本部だったんだ、ここ。


「なんて、冗談よ。日本を知ってる人間同士で気軽に話せるかと思っただけよ」

「あははは」


 キナコが何故かおなかを抱えて笑っている。

 

 今の笑うとこなの?

 この子の笑うツボがわからないんですけど。



「ガトー様、ジェラ様、クレナ様、キナコ様。失礼します」

「どうぞー」


 部屋のノックがなって。

 護衛の騎士と一緒に、一人の少女が入ってきた。



 え。

 思わず息をのむ。


 黒髪のストレートは、肩の上までの前下がりボブスタイル。

 印象的なぱっちりとした大きな黒い瞳に、長いまつ毛。


 ちょっと幼い感じもするけど。

 それは。

 ビックリするくらいゲームの主人公と同じ容姿の女の子だった。


「これは……びっくりしたな」

「そうね、こんなに似てるなんて」


 ガトーくんとジェラちゃんが、思わず感想を口にする。


 似てるっていうか本人なんだけど。

 でも。

 ……転生者で、こんなに似てるなんて。


 本人も友達とか家族とか。

 ゲームのパッケージを見た時、ビックリしなかったのかなぁ。


 

「ここは大丈夫よ、貴方は戻ってね」


 ジェラちゃんが、護衛の騎士に話しかける。


「しかし、そういうわけには……」

「いざとなったら、本物の星乙女と竜王がいるんだから。平気よ」    

 

 騎士は私たちをみると、納得したのか戻っていった。


 ホントは、この子が本物の星乙女なのにな。

 目の前にいる乙女ちゃんをあらためてみつめる。


 彼女はまるで……。

 表情のない人形みたいだった。

 瞳がどこも見ていない。


「さぁ、あとはアンタたちの出番よ。ホントに通訳できるのよね?」

 

 ジェラちゃんもガトーくんも。

 私と同じように、日本語は全く覚えていなかった。


 これはもう、キナコさまに頼るしかない!


「キナコお願いね!」

「ふふん、ボクにまかせて!」


 キナコが嬉しそうに私の手を握る。

 え? なんで?

 よく見ると、握っている手が少しだけ白く光っている。 


「これで、ご主人様の言葉が彼女には日本語に聞こえますよ」


 そうなの?

 てっきり、キナコがアランデール公爵のときみたいに通訳するんだと思ってんだけど。

 

 ジェラちゃんとガトーくんが期待した目でこっちを見ている。

 うーん。

 初対面の人とかそんなに得意じゃないのに。


 でも。

 少しでも、乙女ちゃんの力になれれば。 



「初めまして。言葉、通じてるかな?」

 

 なるべく笑顔で話しかける。


 乙女ちゃんが、ビックリした顔をして顔をあげた。

 大きな瞳から涙がこぼれだす。


 彼女は、涙を流しながら、微笑んだ。


「はい、わかる……わかります。初めまして」


 それは、本当に素敵な笑顔で。


 ……可愛い。


 思わずドキッとした。

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