第29話 お嬢様と宣伝の力

 キナコに乗った私は、大空を駆け抜けていく。

 

 大きくなったキナコとの飛行練習は、たまにしてたんだけど。

 今はドレス姿だから、すごく飛びづらい。


 風でスカートがヒラヒラ膨らむんですけど!

 もう、なにこれ!


 突然。

 

 向かう先の空に、魔法の光が発生した。


 さっき、止まったはずの魔法攻撃がまた始まった?!


 やめて!

 お願い!

 

 その先に、シュトレ王子がいるのに!


「キナコ、急いで!」

「これ以上は、ご主人様が落ちちゃうよ」

「頑張ってしがみつくから!」


 キナコが不思議そうな顔をして、こちらを振り返る。


「ねぇ、ご主人様? そんな危険なことしなくても」

「だって!」

「あのね……時間を止めればよくない?」


 …………。


 あー……。


 あったよね、そんな魔法。


「ねぇ、キナコの上に乗ったままでも、魔法って使えるのかな?」

「ご主人様が強く願えば大丈夫!」


 うん、わかった。


 お願い、時間を止めて!

 シュトレ王子を助けて!



 ――次の瞬間。

 


 空の雰囲気が変わった感じがして。

 飛空船や魔法の音が、完全に聞こえなくなった。

   


**********



 よし!

 

 とりあえず、安全になったし。

 急いで、シュトレ王子のとこに向かわないと。


 止まっている軍艦の間を抜けて、先に進む。


 えーと。

 あの映像でみた王子の方向は。

 ……こっちだよね?


「ねぇ、キナコ! 王子のいる場所ってわかる?」

「うん、任せて!」


 時々忘れそうになるけど。

 ドラゴンだもんね、この子。


 ――やっぱりすごいな。


「ちなみに、王子は普通に動いてるよ」

「え? 動いてるって、無事ってこと?」

 

「まぁ、無事なんだけど。それだけじゃなくて」


 やがて、目の前に。

 白に金色の装飾が入った騎士が見えてきた。


 よかった。

 無事だったんだ。

  

 ……ケガしてないよね?

 ……大丈夫だよね?


「クレナー!」


 あれ?


 シュトレ王子、こっちに向かってきてない?

 どういうこと?


「クレナ、大丈夫だった?」


 王子は、そのまま私のもとに飛んでくると。

 キナコの上にいる私を抱きしめた。


 ヘルメットのバイザーを上げた王子の顔は。

 すごく優しくて。

 

「よかった……王子……。どこもケガしてないですか?」

「ああ。このとおり、平気だよ。クレナは?」

 

「私は平気。演説しただけだから」

「そうか、よかった……」


 王子が強く抱きしめてくる。

 

 どうしよう。

 こんな時なのに。


 胸がドキドキする。


 振りほどかないと……いけないのに。



 鎧越しなのに、すごくあたたかい。

 もうちょっとだけ。

 

 ……このままでいたいよ。


「クレナの演説、聞こえたよ。すごく……よかった」


 えええ!?

 あれ、どれだけ遠くまで届いてるのさ!

 恥ずかしすぎるんですけど。


「ちがうの! あれはね、実は台本があって……」


 おもわず、しどろもどろになる。

 あれ、作戦だったのに。

 ……ホントに意味あったのかなぁ。

  

 王子は、慌てる私を、嬉しそうな顔で見つめている。

 

 私の唇に人差し指を当てると。

 ゆっくりと目を閉じた。


 え。


 ヘルメットから、さらりと綺麗な金色の髪が流れて。

 至近距離になった王子の唇が、視界に入った。

 

 おもわず、条件反射でギュッと目を閉じる。


 唇から指が離れて。

 別の感触が……重なった……?



「ちょっと! そこ、なにやってるんですか!」

 

 気がつくと。


 いつの間にか。音が戻っていて。

 目の前に、リリーちゃんと、護衛の騎士達がいた。


 王子に抱きしめられたままのポーズだったので、あわてて腕から逃れる。


「リリーちゃん!? こ、これは違うの!」


 仮でも婚約者だし、言い訳しなくていい気もするんだけど。

 なんだろう。

 リリーちゃんの雰囲気が……コワイ。


 すごい表情で王子を睨んでいる。


 あれ?

 よく見ると、リリーちゃんも、護衛の騎士たちもなにか大きな機材を背負っている。

 手に持っているのは、映像クリスタル?


「あのー、ご主人様? そろそろボクの背中でラブラブするのやめてもらえませんか?」


 あー……。キナコ。

 なんかいろいろ、ごめんね。



**********


 王都の向かう先にいたグラウニット伯領軍は、一斉に船の旗を降ろしていた。


 この世界では。

 旗を掲げて戦わないのはルール違反になっている。


 どこのだれか名乗らずに戦うのは卑怯者だからってことになるみたい。


 だから。

 戦っていた船が旗を降ろすっていうのは。


『もう、戦う意思はありません』っていうことで。 


 ……降伏したっていうことになるんだって。


 

 私たちは、ハルセルト家の軍艦「シルフォニア号」の艦橋で外を眺めていた。

 

 リリーちゃんは、平気っていってくれたんだけど。

 演説の途中で抜け出しちゃったし。

 セントワーグ公爵の船にはちょっと戻りづらくて。

 

 ……あとで謝りにいかないと。

 

 船団は、もう王都と王宮が見える位置まで進んでいる。

 


「お父様、王都は包囲されてたんですよね? このまま進んでも平気なんですか?」


 お父様は、私の頭を撫でると、優しい笑顔で微笑んだ。


「わかってたと思うけど。グラウニット伯は最初からこちらの味方だったんだよ」


 ――え?

 全然わかってませんでしたけど?


 じゃあ、なんで説得する風の演説したのさ! 私!

 すごい恥ずかしいんですけど!


「あれは、ふたつ理由がありますわ」


 私の表情を見たリリーちゃんが腕に抱きつきながら説明してくれる。


「ひとつめは、グラウニット伯が表立ってこちらに降参する理由が必要でしたの」

「それってどういうこと?」 


「んー、最初から内通してましただと、裏切り者になりますわよね?」


 片手で唇に指をあてて、可愛らしく考えるポーズをするリリーちゃん。

 今私の横に、天使がいるんですけど。


「なので、クレナちゃんが、セントワーグ家と王家の味方として説得するイベントが必要だったんですわ」

「えー。私の説得で裏切るとか、おかしくない?」


「やっぱり、クレナちゃんはわかってませんわね」


 リリーちゃんは軽くため息をつくと、私の前に回り込む。

 片手を腰にあてて、びしっと私を指さしてきた。


「星乙女って言われてるクレナちゃんと、竜王のキナコちゃんは、へっぽこ王家よりはるかに人気が高いですわ!」


「おい待て、その王家の人間が、今ここにいるんだけどな……」


 そう。

 シュトレ王子も、一緒にこの船に乗ってるんだけど。

 なんだか。


 王子とリリーちゃんの雰囲気が……険悪すぎる。

 元婚約者同士だし……やっぱり、いろいろあるのかなぁ。


 えーと。

 話題、なにか話さないと。 


「ほら、でも。包囲してたのってグラウニット伯だけじゃないんでしょ? 大丈夫なのかな?」


 リリーちゃんが嬉しそうに、私に抱きついてきた。


「おい、リリアナ。あんまりクレナにくっつくな!」


「……さっきは、クレナちゃんにあんなことしたくせに……ゆるせませんわ」


 すごい表情で、王子をにらんでる。


 あんなことって……。

 あれって。

 やっぱりそうだよね……。

 

 うわぁー。どうしよう。

 顔がすごく熱くなる。


 リリーちゃんが、頬を寄せて、さらにぎゅっと抱きしめてくる。

 ちょっとリリーちゃん?


 ビミョーに痛いんですけど!? 

 

「他の包囲軍にも、クレナちゃんの特製映像を流してますの! グラウニット伯の動きをみて、みんな降参しはじめてますわ」


 えええええええ!?

 そういえば、リリーちゃん、ずっと映像クリスタル持ってた気がする。


「これが、ふたつめの理由ですわ!」


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