第16話 お嬢様と神様みたいなもの


 あれから。

 私たちは、残された帝国兵士を捕らえて、ある程度傷を回復させた後。

 初心者ダンジョン「ジェラルド卿の地下庭園」を脱出した。


 そうそう。

 ダンジョンの最深部の部屋には、例の「謎のペンダント」が沢山保管されていて。

 帝国が裏で手を引いていた証拠になったみたい。

 

 でも……。

 私にとっては、そんなこと今はどうでもよくて。


 ……。


 ……なんなの!


 あの魔人!

 許せない!

 許せない!

 許せないんですけど!!



***********


「うーん、それは確かに許せないかもしれないんですけどー」


 真っ白な何もない空間。

 金色に光る少女が、困った顔で私を見つめている。


 ちょっと顔近いから!

 またなにかあったら、どうするのさ!

 

「大事な話も沢山ありましたよねー?」

「わかったから! とりあえず顔近すぎるから!」


 かみたちゃんの顔を両手で押し返す。

 

「クレナちゃん、ちゃんと聞いてます?」

「今それどころじゃないです!」

「もう、しかたないですねー」


 彼女は、にーっと笑い、私から少しだけ距離をとる。

 ぱちんと指を鳴らすと。

 何もなかった白い空間に、テーブルと椅子が出現した。


「さぁ、これでゆっくりお話できますよー」


 あれ?

 いつもなら、ここで食いしん坊ドラゴンが食べ物を要求しそうなのに。

 周りを見渡すと、キナコの姿がみあたらない。


「今日はクレナちゃんしか呼んでませんよ」

 

 そうなんだ。

 とりあえず、かみたちゃんと向かい合わせにイスに座る。


「で、どうしでしたか? ファーストキスの味は~」

「ぶっ」

「魔人さんとラブラブでしたねー」

「どうせ見てたんでしょ! 全然そんなのじゃなかったよねっ!!」


「まぁ、その話はおいておいて~」

  

 ニコニコ笑いながら、テーブルに肘をついている。

 ショートボブの髪が揺れる。

 大きな瞳がまっすぐ私をみつめていて……正直、かみたちゃんはカワイイと思う。


「いろいろ聞きたいことがあるんじゃないですかー?」


 そうだよ。

 ファーストキスの話より聞きたいことがあった気がする。

 あった気がするんだけど。


 でもやっぱり、あの魔人許せない!


「たとえば、その『魔人』の話は聞かないんですかー?」


 ……。

 

 言われてみれば。

 キナコの説明と魔人の話してたことって違ってたよね。


「ねぇ、かみたちゃん」

「はい、なんでしょー」

「……魔人……ってなに?」


「魔人は、流れ星の影をとりこんでしまった人のなれの果てですよ~」


 キナコの説明と一緒だ。


「じゃあ、最初から魔人に生まれるってことはあるの?」

「それは無いですよー。魔人は最初から存在はしてませんのでー」


「じゃあじゃあ、転生者が魔人に生まれ変わることは?」

「それもありませんよー。魔人は人の欲望と流れ星の影が混ざったもので出来てますので」


 でも……。

 あの魔人は、魔人に転生したって……。


「ふーん」


 テーブルから身を乗り出して、かみたちゃんが顔を近づけてくる。

 うう、可愛いけど。

 事故があったら怖いからやめて欲しい。


「クレナちゃんはー、私よりあんな魔人の言うことを信じるんですかー?」


 ちょっと頬がふくれている。

 カワイイ。

 って、ごまかされちゃいけない! きっとこれはすごく重要なことだから。


「前に、転生者はランダムって言ってたよね? 魔人には転生しないの?」

「だから、しませんー。そもそも、転生先も『ファルシア王国』だけですよー?」

「え? そうなの?」

「世界を救ってほしくて転生させてるのに、ほかのところに転生させてどうするんですかー?」


 うーん?


「それって、星乙女ちゃんと世界を救ってってことなのかな?」

「半分正解ですー!」


 確かに……。ジェラちゃんもガトーくんもファルシア王国に転生してるけど。

 でも、それだと……。

 っていうか、半分ってなにさ!


「べつに、星乙女ちゃんじゃなくても、世界を食べちゃうラスボス倒してくれればオッケーなので」

「それって、ファルシア王国の人じゃなくても出来るよね?」

「ラスボスが出現するのは、ファルシア王国なんですよー?」


 でも。

 あの魔人は……私たちのことを「主人公側」って言ってた。

 じゃあ……その反対は、「ライバル側」「敵側」だよね。


「もう、疑い深いなぁ、クレナちゃんはー。魔人にキスしてもらったからですかー?」

「な、ち、ちがうから!」


 不意に、かみたちゃんの顔が近づく。


 唇に柔らかい感触が。


 え?

 

 ええ?


 ええええええええええええ?!


「これで、私の事信じてくれますかー?」

「ななな、なんでキスするのさ!」

「んー? クレナちゃん可愛い~」


 動揺している私の両手を握るかみたちゃん。


 光が、つよくなっていく。


「それじゃあ、またねー。そうそう、戻ったあと大変だから気を付けてくださいね~」 

「ちょっと、待って。えーと……そう! 大変って魔人の言ってた王国のこと?」


 眩しい。

 目を開けてられない。


 意識が途切れる寸前に。

 かみたちゃんの声をきいた気がした。

 それは、今までとは違う、とても切ない声で。


「お願い……世界を救って……」 

 



**********



<<いもうと目線>>



 私はアイゼンラット帝国の皇女に生まれ変わった。



 こちらの世界の父である、皇帝ジョシュア・ガルツワットは私にすごく甘い。

 私のところに、過去の記憶をもった転生者をどんどん集めてくれる。


 まだ、お姉ちゃんは発見できないけど。

 神様が言ってたんだし、必ずこの世界にいるはず。


 待っててね。

 必ず探してみせるから。


「アリア様、ファルシア王国のアランデール公爵家から使いがきています」

「そう、ありがとう」


 この、乙女ゲームの世界で、私は敵側にいるんだよね。


 ふーん。


 だったら。

 前世の知識を使って、ファルシア王国をつぶしてしまえばいい。

  

 最後に出てくるラスボスが問題だったら、使う前にうちが勝利すればいいわけじゃん。

 帝国が世界を全部征服してハッピーエンド!


 その方が、お姉ちゃん探しやすそうだし。

 うん、きっとお姉ちゃんにも褒めてもらえる。


 ゲームの設定なんて関係ない。

 星乙女になんて絶対負けないから!

  

 お姉ちゃんを探し出して、今度こそ幸せになる。

 そのためなら、どんなものだって……利用してみせるから!


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