第15話 お嬢様と黒い魔人

 初心者ダンジョン「ジェラルド卿の地下庭園」。

 さっきまで帝国の兵士と戦っていた、秘密の最下層の部屋の中で。


 私とキナコは、奥にある悪魔の像をみつめている。

 この像……。

 さっきまで、ふたりの兵士を魔法で防御……してたよね。

 でも、そんなことより。


「今、しゃべったよね? あれ」

「……ご主人様! あれ像じゃない、魔人だよ!」 


『魔人』?


 聞き覚えがあるんだけど。


 えーと、たしか……魔人って。

 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』の戦闘パートで敵キャラとして出てきたよね。

 帝国が使う悪魔の姿をした兵器……みたいな感じだったと思う。


「ふぅ、やっぱりあの魔法は、術者が動けなくなるのが欠点よね」


 やっぱり、気のせいじゃない。

 よく通る、美しい女性の声がして。

 悪魔の形をした像はゆっくり動き出した。

 頭に羊みたいな角。

 よくみると、妖艶な体つきに、背中には大きな翼がついている。

 肌は、石像のような灰色。


「ふーん。まるでプールの中にいるみたい。すごいのね、星乙女って」


 手足を確認するように動かしながら、こっちに向かってくる。

 途中、キナコに転がされた兵士を蹴り飛ばした。


「まぁ、その兵士ふたりも帝国の精鋭なんだけどね。星乙女相手じゃ仕方ないわ」

「ほ、星乙女じゃないから、私!」

「こんなにスゴイ魔法つかってるのに?」


 少し考える仕草をする魔人。


「そうよね。確かに、召喚されるには早いとおもってたのよ。まぁ、どちらにしても主役側の子よね」


 ――あれ?

 でもこっちの世界にプールなんてあったっけ?


 それに。

 召喚とか。

 主役側とか。


 ……。


 ……たぶん、間違いないと思う。


「もしかして、「ファルシアの星乙女」って言葉を知ってますか?」

「あはは、それはそうよ。あなたも……知ってるんでしょ?」


 やっぱり。

 でも、どういうことなんだろ。


「ご主人様! 影の言葉になんて耳をかさないで!」


 キナコが、魔人に向かって炎ブレスを吐いた。


「ふーん。すごい魔法ね。髪が痛んだらどうしてくれるのよ」


 魔人は、炎のなかでも平然としている。

 兵士の時のような防御魔法とかじゃなく。

 ただ単純に、彼女の周りの魔力がすごすぎて。

 

 攻撃が……効いてない。


「ねぇ、そっちのお嬢ちゃんは、どこまで影の事を知ってるのかしら」

「全部だよ! 流れ星からうまれる魔力とか、星を食べる悪い存在が全部『影』!」

「へー。そんな話信じてるんだ?」


 キナコはよく、影って言葉を使う。

 前に説明を聞いたことがあって。


 流れ星が流れる時に生まれる影と、人の悪い感情が混ざった時に生まれるものが、キナコの言う『影』。

 それは世界に魔力と同じように存在してて。

 人にとりついて悪いことをさせたり。

 悪い武器を作り出したり。

 星を食べる魔物を作り出したりする。  


 でも。

 

「ねぇ……信じてるって? どういうこと?」


 キナコの説明に納得してないわけじゃないんだけど。

 でも……。

 流れ星が減ったとしたら、影もその分減るはずだよね?

 もしそうなら、なんで……流れ星を食べるの?


「つまり。アナタたちが主役側として生まれたように、ワタシらは魔人として生まれてきたってことよ」

「ご主人様! うそだよ! 魔人は影の力に取り込まれた人がなるものなの!」


 キナコが私の前にたって、両手を大きく広げる。


「はぁ、そんなおとぎ話もあったわね。でもこれ、現実だから」


「星を食べるわるいやつなのに!!」

「ああ、魔力を食べることよね? ねぇ、それってアンタらが動植物をたべるのとなにがちがうわけ?」

「キナコ! おちついて!」


 炎が効かないってわかったキナコは、駄々っ子みたいに、魔人のおなかをポコポコ叩いている。


 そういえば。

 昔、自称かみさまみたいなもの、かみたちゃんに言われたことを思い出す。


(「転生者は全員、誰に生まれ変わるのか、どんな性別になるかも、完全にランダムなんですー」)


 誰に生まれ変わるかって……。

 普通の人じゃない可能性もあるってこと?



「まぁ、いいわ。この国での仕事はもう終わりだから」


 彼女の前に、魔法のドアのようなものが現れた。

 ゲームで星乙女が使ってた移動魔法、ゲートだと……思う。


「逃がさない!」


 キナコが魔人にとびかかったんだけど。

 ひらりとかわされてしまった。

 勢いよく、壁に激突するキナコ。

 痛そう……。


「うふふ、残念」


 魔人は、私に近づいてくる。

 

「ほんとに、キラキラした目をしてるのね、……可愛い。嫌いじゃないわ」

「な!?」

「また会いましょう。同じ転生者同士」


 魔人は、そのまま、私の顔に手をあてると目を閉じて近づけてきた。


 ――え?


 唇に不思議な柔らかい感触がした。


 これって。

 え? え?


 私がかたまってると、嬉しそう顔をした魔人はそのままゲートの方に向かう。


「んー、お姉さんは満足! そうそう、お礼に教えてあげるわ」


 お礼?

 お礼ってなに?

 ……やっぱりさっきのって。


「このあと、アナタの国が大変なことになるわよ。頑張って止めてみてね、可愛い妖精さん」


 魔人はそう言い残すと、ゲートの中に消えていった。


 やっぱり。

 やっぱり。

 やっぱり!


 いまの……ファーストキスだよね!


 だよね!!!

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