第13話 お嬢様と恋愛フラグ

 エレベーターのように降りていく、噴水とその周辺の地面。

 やがて。

 ゆっくりと揺れがとまった。

 

「……止まりましたか?」

「酔ったのじゃ、気持ち悪いのじゃ」

「おう、みんな無事か?」


「クレナ、大丈夫?」


 シュトレ王子が、私を抱きしめた状態で話しかけてくる。

 顔! 顔が近いんですけど!


「うん、平気! ありがとう!」


 慌てて、王子から離れて立ち上がる。

 顔赤くなってなかったよね。

 ……平気だったよね?


「ここはどこだ?」

「まず、明るくしますわね」


 リリーちゃんが呪文を唱えると、光る大きな木が出現した。

 木の葉が舞い散り、キラキラと周りを照らしていく。

 薄暗かった空間が、一気に明るくなった。


「僕の推理では……ダンジョン最下層の……隠し部屋でしょうか?」

「ははは。これは、ずいぶんと大きい部屋だな」


 天井は……。

 真っ暗で先が見えないくらい高い。

 それはそうだよね。今噴水ごと降りてきたんだし。


 かなり広い正方形の部屋で、大きな扉がふたつ。

 魔物の影は見あたらない。


 ……知ってる。

 ここは、このダンジョンの本当の最深部。

 えーと。

 この先にあるのって、確か……。

 

「出口がないか少し調査してみよう。その前に、だ!」


 ティル先輩が、グラウス先輩の腕をつかむ。


「お前、さっきの戦闘でケガをしただろ?」

「……大したことはありませんよ」

「そうか、じゃあ、今この場で武器を出してみろ」


 グラウス先輩が悔しそうな顔をして、右手に魔力を集中させる。

 光は杖の形にならずに霧散して消えた。


「まぁ、そういうことだ。グラウス、お前はここに残れ」

「……そんな! 僕はまだいけますよ!」

「ダメだ! クレナちゃん。申し訳ないが護衛でのこってあげてくれ」


 なんで私?

 ティル先輩が、なにか意味ありげに見つめている。

 なにか伝えたいみたいなんだけど、なんだろう。

 というか……ゲームと一緒だった場合、この展開は困るんですけど。


 だって……これだと。

 

「さぁ、他のメンバーは調査にいくぞ!」


「悪いが、クレナが残るなら、オレも残る!」

「納得できませんわ! わたくしもクレナちゃんと残ります!」


「いいから行くぞ!」


 ティル先輩は、シュトレ王子を押して、リリーちゃんを抱えながら扉に向かっていく。

 すごく器用……。


「はなしてくださいませ! この筋肉ゴリラ!」

「ははは、筋肉ゴリラはひどいなぁ!」


 あの。リリーちゃん? 性格かわってませんかー?

 ゴリラとか呼んじゃってる人、生徒会の先輩ですよー?


「クレナ、危険になったらすぐに逃げるんだよ」

「ご主人様、行ってきますー!」


 私たち以外のメンバーが、扉のむこうに向かって。

 私とグラウス先輩が残される形になった。


 

**********


 この場所は、ゲームでも魔物は出てこなかったはず。

 なので、そんなに心配はしてないんだけど。


 問題は。


 ……。


 ……これがね


 普通に乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』のイベントシーンなこと!!


 グラウス先輩ルートでは。

 戦闘で傷ついたグラウス先輩を、優しくフォローする星乙女。


 星乙女の優しい言葉に心打たれた先輩は、星乙女の事が気になっていく。


 ……無理。

 これ絶対ダメな感じだから!


 よし!

 私からは、何も話かけませんから!

 このまま隣で座ってればいいよね。

 先輩、無口だから、特に会話しなければイベントのフラグを折れるはず。

 


「……情けないと思いましたか?」


 ヘルメットを脱いだグラウス先輩が突然話しかけてきた。

 

 美しい水色の髪が零れ落ちる。

 やっぱりこの人。

 美人だなぁ。


 俯いてる姿はすごく美しいけど。でも落ち込んでるのがすごくわかる。


「……そんなこと、全然ないですよ! 私だってケガしましたし!」


 鎧の腕カバーをはずして、腕をみせる。

 

「あれ? ほら、このあたり防御失敗してケガしたんですよ?」


 鎧は傷が入らなくても、中に衝撃がきてケガしたりする。

 さっきの戦闘で、シールドを持っていた側の左手はかなり痛くなったから。

 ケガもすごいだろうなっておもって差し出したんだけど。


 ……腕はきれいなまま。


 そうだった……。すぐにリリーちゃんが回復したんだった。


「あれ? えーと、おかしいな。このあたりに攻撃が集中してて……」

「ぷ」


 え?


「あはは、それはそうですよ。見た目は回復魔法できれいですよね。やっぱり面白いなキミは」


 笑われちゃった。

 ……恥ずかしい。

 でも、落ち込んでるよりは全然いいよね。


 あれ? でもまって。

 やっぱりってなにさ!


「ああ、怒らないでね。キミは、いつも笑顔ですよね。一緒にいると、推理してる時よりも楽しいと思いまして」

「いやー。それくらいしか取り柄がないので~」


 ……ちょっとまって。気のせいならいいけど。

 なんか危険な感じじゃない?

 私、乙女ちゃんじゃないからね。


「僕も、本当はティルさんや、シュトレ王子のように前に出てかっこよく戦いたいんですけどね」

「でも、それって向き不向きの問題ですよね?」

「……向き不向き?」 

「たぶんですけど、シュトレ王子もティル先輩も、あんな魔法つかえませんよ?」


 だって、上空から隕石なんて、もう完全に有名なファンタジーの魔法だよ!

 なんて言ったっけ。

 そう! メテオストライク!


「そう……かな……?」 

「あんな魔法をつかえるグラウス先輩は、すごいと思います!」


 あれ?

 魔法の話で興奮しちゃって、思わず変な答えしちゃった気がする。

 気をつけようって思ってたのに、本当にバカすぎる。


 ………大丈夫だよね?


 おそおそる先輩の方を向くと。


「キミは……すごいね。……本当に太陽みたいだ」

 

 もう、ビックリするくらい素敵な微笑みを浮かべている。


 あーダメだ! 完全に失敗した。

 これ、見たことある。

 イベントスチルの笑顔だよ!

 

 な、流れを変えないと。


「あはは、あれですよねー。こんなとこで私と二人で居残りなんて、先輩も大変ですよねー」

「そんなことないですよ。僕の推理ではね、きっとティルさんが気を利かせてくれたんです……」


 どうしよう。

 そんなうるうるした瞳で見つめないで!

 ちょっと、大変なことになってるんですけど!


 ――星乙女さん、今すぐできてくれないかな!?


 次の瞬間。


 ドドーーーーーーーン!


 突然扉の奥から、大きな爆発音がした。


「なんですか? 今の?」

「……先輩、扉の奥から煙みたいなものも見えます!」


 みんなが向かった先で、なにか異変がおきてるみたい。

 え?

 イベントでは先には宝箱があるだけなのに!


 私と先輩は、慌てて音のした扉の奥へ向かう。

 

 リリーちゃん!

 キナコ!!

 ……シュトレ王子!!


 どうか無事でいて!

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