第12話 お嬢様とダンジョンの魔物

「くるぞ!」


 シュトレ王子の言葉でみんな一斉にかまえる。

 私も持っていたランスとシールドの大きさを戦闘用に変更する。


 地面から湧き出た黒い影は、人と同じくらいの高さになって実体化した。

 頭が犬のような容姿。手に剣と盾。鎧を着ている魔物。

 ゲームの序盤で沢山倒したことがあるから良く知っている。

 この魔物は……コボルトだ。


 一応、ゲーム内ではマップにいるすごく弱い相手だったんだけど。

 

 実体化した数は、全部で三体。


 実物を見ると、やっぱり怖い。

 相手から殺気みたいなのも感じるし、失敗すれば自分だけじゃなくて、ほかのメンバーにも迷惑かかるから。


「クレナ、大丈夫だよ。落ち着いて」

「う、うん。ありがとう」


 横でシールドを構えているシュトレ王子が声をかけてくれた。

 王子の声は不思議なんだけど。すごく落ち着くから。

 ……よし! 頑張ろう!


「ブレスーーーー!」


 突然、巨大な炎がコボルトを包み込む。


 カラーン。

 地面に、魔法石の元が三個転がった。


「やったー! 倒したよ! ボクえらい?」


 キナコが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。

 え? キナコさん?

 バイザー閉じてるのにどうやってブレスなんて吐いたの?


「油断しないで、次来るよ!」


 地面から再び黒い影が湧き出てくる。


「ブレスーーーー!」

 

 カラーン。


 コボルトのいた辺りに、再び石が転がった。


「キ、キナコちゃん。ブレス少し控えようか?」

「キナコ、やりすぎ……」

「えー?」



**********

 

 私たちのパーティーは、順調に噴水まで到着した。

 ここが、第一層の真ん中になるんだって。


「うーん。今日は少し魔物の数が多い気がするなぁ。キナコちゃん、ほかのみんなも大丈夫か?」


 ティル先輩が、心配そうにキナコの顔を覗きこむ。

 当の本人は、ブレスを規制されてむくれちゃってる。


 だって、キナコ全部たおしちゃうじゃん。


「それにしても……僕の推理だと……この数はおかしいですね」 

「そのぶん、石が手に入るから儲かるのじゃ!」

「まぁ、そうですけど……」

「いくらになるかのう……たのしみじゃのう……」


 ファニエ先輩はうれしそうに袋を抱きしめている。

 カワイイ。

 あの袋の中身が魔法石の元じゃなければ。

 そして、セリフがなければ……なんだけど。


「あれ?」

 

 急にキナコが大きな声をあげた。


「どうしたのキナコ?」

「ご主人様、これちょっと危険かも……」

「どういうこと?」


 次の瞬間。

 大量の影が、周囲に出現した。


 シュトレ王子が私を庇うように、私の前で片手を広げる。


「クレナ、下がって!」

「え……でも」


 影は次々に魔物に実体化していく。

 大量のコボルトと……。


 もっと大きな体をした狼みたいな顔の魔物が沢山いる。

 あれって。


「なんで、この階層で、ワーウルフが湧くんだ! 僕の推理ではありえない……」

 

 グラウス先輩が震えながら、後ずさりする。

 やっぱり……。

 あれ……人の姿をした狼……ワーウルフなんだ。


 ゲームの序盤ではボス扱いで、後半では普通に遭遇する魔物だったはず。

 それがこんなにたくさん……。


「落ち着け、グラウス! みんな、固まって戦うぞ! 一人で囲まれたら危ない!」


 ティル先輩の一声で、みんな動き出した。

 やっぱり……すごい。


「なんじゃ、これは!」

「とにかく陣形をくずすな! キナコちゃんはオレの後ろに下がって。後衛は援護魔法を!」

「えー? ボクも前にでるよ?!」


 みんなで円みたいな陣形になって戦う。

 円の外側に、私とキナコ、シュトレ王子、ティル先輩。

 内側に、リリーちゃん、ファニエ先輩と、グラウス先輩。


 ファニエ先輩が両手に持った日本刀のようなものを振りかざすと、刃から雷が放たれる。


「負けませんよ!」


 グラウス先輩は、杖を振るい、上空に隕石のようなものを召喚して落としていく。


「クレナちゃんには近づけさせませんわ!」


 リリーちゃんは、いつもの大きな木の魔法。

 魔法の葉が無数に舞い上がり、魔物を倒していく。


 ……みんなすごい。


「ははは、いいねいいね! オレ達は後衛に攻撃が当たらないようにするぞ! 相手を近寄らせるな!」


 ティル先輩は、大きな斧のようなものを両手でぶんぶん振り回す。

 目の前にいた魔物がどんどん石になって地面に落ちていく。


「クレナ、とにかくシールドで身をまもって!」

「ありがとう。でも、私だって皆を守れるから!」

 

 とにかくシールドで防御して。

 相手をみんなに使づけないように!


 横ではキナコも、慣れないシールドで防御してる。


 あれ?

 でもなんでブレス使わないんだろ?


「キナコ! ブレスはもう使えないの?」

「……だって、控えてって!?」

「おバカ! 今は思いっきりやって大丈夫だから!」

「ホントに!!」

 

 次の瞬間。

 いきなり目の前が真っ赤な炎に包まれた。


 横をみると。

 キナコが嬉しそうに、炎ブレスを吹きまくっている。


 ……なにこれ。

 この子、こんなにすごかったの?



**********

 

 ――どれくらい時間がたったんだろう。


 魔物の影は見えなくなって。

 私たちの周りには大量の石が転がっていた。


「やっと、おさまったのじゃ……」

「おう、どうやら、乗り切ったみたいだな」

「ふぅ……やれやれですよ」


 先輩方はその場にしゃがみこむ。


 終わった。

 終わったよぉ。

 もう絶対無理だと思ったよぉ。


「クレナ、大丈夫か?」


 よろけそうになった私に、王子が手を差し出してくる。


「……ありがとう」


「やっぱり、王子さまはご主人様にだけ優しいね~」


 キナコが嬉しそうな声で近づいてくる。


「もう……! そういうのじゃないからね!」

「キナコちゃん? あとでゆっくり話そうか……」


 ちがうよ、キナコ。

 仮でも婚約者だから、今は。

 

 ……この人はいつも優しいから。

 ……時々、勘違いしそうになるけど。


「しかし、なんだったんでしょうね……これ……僕の推理では……ありえない……」

「まぁ、いいじゃねぇか。無事だったんだし。それより、この石の数はすごいな」

「ほとんど、妾のおかげなのじゃ! だから石を沢山よこすのじゃ!」


 大量の石を前に喜ぶ先輩たち。


 あ。

 私、このシーンしってる。

 

 ヒロインが初めてダンジョンに行ったときに、突然大量の魔物に囲まれて。

 無事に切り抜けたとに攻略対象と笑いあうシーン。


 えーと。

 確か。この後って。


 ゴオオオオオオオォォォォ。


 突然地面が揺れて、私たちのいた噴水周辺の地面が、エレベーターのように沈んでいく。


 ……やっぱり、あのイベントだ。


「クレナ、気を付けて!」


 シュトレ王子が揺れた地面の中を駆け寄ってきて、庇うように抱きしめてくれた。

 


 ゴメン、乙女ちゃん。

 私やっぱり。


 貴女のポジション取っちゃってるよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る