第9話 お嬢様と大好きなこの世界

 なにもない。

 上も下も、どこが地平線なのかもわからない。

 ただただ、真っ白な空間。

 

「ここって……」

「クレナちゃん、お久しぶりー!」


 白い空間に、金色に光る少女のようなものが浮かんでいる。

 自称かみさまみたいなもの、かみたちゃんだ。


「異世界生活を楽しんでるみたいで、なによりですー」

「ホントに久しぶりだよ! ってなんで楽しんでるって思うかなぁ」

「えー? だってー」

「もう、すっごい大変だったんだからね!」


 クレナちゃんは無言で、私を指さす。

 え? なに?


 あらためて自分の姿を確認してみると。

 胸元には大きなリボンのついたセーラー服。プリーツのスカートとハイソックス。

 これって、魔法学校の制服だよね。 


 手足の長さも姿も、肩にかかる髪の色も違和感がない。


「あれ? これって今の姿のまま?」

「ハーイ、正解ですー!」


 ここにくるときには、いつも社会人時代のスーツ姿だったのに。

 なんで?


「それはー、クレナちゃんの魂が、その体に定着したからですー」


 パチパチパチパチー!

 嬉しそうに拍手しているかみたちゃん。


 私は、彼女に近づくと、頭のドラゴンのような角をつかむ。

 不思議な感覚が指に伝わった。


「ななな、暴力は反対ですよー」

「ねぇ、かみたちゃん?」

「な、なんですかー?」

「私、この世界のラスボス倒したら、元の世界に帰れるんだよね?」

 

 微笑みながら、かみたちゃんに問いかける。


「あー……そんなことも言いましたね……」


 ちょっと! 明らかに目を逸らしたんですけど!


「ねぇ、かみたちゃん。……まさか、帰れないなんて言わないよね?」

「えーと……クレナちゃん、この世界好きだよね?」

「それとこれとは、別の話!!」


 確かに、この世界は好きだけど。

 すごく楽しいし、友達もできたし。

 好きな人も……好きな人なのかな……。

 ううん、それは違うし、違わないといけない。


 でも、前世に帰れるなら。やっぱり帰らないと。

 一人で残されてる妹のことを思い出す。


「あー、それなら平気ですよ?」

「……え?」

「妹ちゃんも、こっちの世界にいますから」


 一瞬、脳がフリーズした。

 そんなことホントにあるんだ。

 マンガや小説の中だけだと思ってた。


「……どういうこと?」

「だからぁ、妹ちゃんもこっちの世界に来てるから平気ですよーって」


 角をつかむ手に力が入る。


「ちょ、ちょっとクレナちゃん? びみょーに痛いんですけどー?」

「ご主人様、少し落ち着いて!」


 ドラゴンの姿をしたキナコが、肩に飛び乗ってて、顔をなめてくる。

 ホントに……ネコみたいな子だなぁ。

 

「ご、ごめんなさい」


 少し冷静になれた私は、パッと手をはなして頭をさげた。

 

「いいえー。全然平気ですよー」

「ごめんね、痛かった?」

「ちょっとだけですよ。お友達ですからそれくらい平気ですー」


 角をおさえながら、ニッコリ笑う。

 

「それで、由衣がこっちにきてるの?」

「んー、自分から来たんですよね、彼女。とっても珍しいんですけど」


 自分から?

 だって。

 それってまさか……。


「あー、そういうのはないですー。なんだかこちらの世界に迷い込んできたみたいでしたよー」

「……そんなことあるの?」

「めずらしいですけど、ごくまれにありますね~」


 よかった。

 よかった、けど。


「じゃあ、由衣に会えるの? ねぇ、会えるの!?」


 もしこの世界で一人になってたら。

 助けてあげなくちゃ。

 あの子、すごく生意気だけど。

 一人でも大丈夫なくらいしっかりしてるけど。

 でも……大切な私の妹だ。


「クレナちゃん。私、前に言いましたよね?」

「え?」

「転生者は全員、誰に生まれ変わるのか、どんな性別になるかも、完全にランダムなんですよ?」


 それは聞いたと思うけど。

 それと由衣にどんな関係があるの?!


「だから。クレナちゃんの妹が今どんな姿なのか、私もわからないんですよー」

「そんな……」


 だって……それって。


 この世界にどれくらいの人が暮らしてるんだろう。

 その中から、由衣を探し出すなんて。

 どんな姿なのか、性別もわからないのに……。


「ねぇ、お願い! この空間に由衣を呼んだりできないの!」

「ごめんね、クレナちゃん。それは無理なんですよー」

「そんな……」

「ご主人様……」


 キナコがまた私の顔をなめてくる。

 あ。

 この子、涙を拭いてくれてるんだ。

 いつのまに、流れてたんだろう。


「……ゴメンね、キナコ。ありがとう」

「あーでも」


 かみたちゃんが、心配そうな顔で私を見つめる。


「自分からこっちに来て転生しているので、確実に記憶が残ってると思いますよー」

「……ホントに?」

「それは確実ですよー」


 そっか。

 ……大丈夫、あの子のことだから。

 前世の記憶さえあれば……きっと無敵だよね。

 

 どこにいても、何十年かかっても。

 お姉ちゃんが会いにいくからね。

 

「うーん。仕方ありませんねー」


 ちょっと考える仕草をしたかみたちゃんが、人差し指を唇に当てて「ナイショ」のポーズをする。


「クレナちゃんは友達だから特別ですよ?」

「……え?」

「もしこの世界のラスボスを倒したら、妹ちゃんと一緒に前世に戻してあげますー」

 

 え?

 だって、今無理そうな話してたよね。

 そんな感じの流れだったよね?


 ……。


 ……ホントに?


「ボスを倒した後に、クレナちゃんがそれを望むならですけどー」

「よかったですね、ご主人様」

「かみたちゃん、ありがとー!」


 思わず、かみたちゃんに抱きつく。

 彼女は、少し驚いた表情をした後、優しく微笑んだ。

 なんだろう。

 戻れるって聞いて嬉しいのに。胸がいたい。


「そうだ、今日クレナちゃんを呼んだのには理由があるのですよー」

「理由?」

「クレナちゃん、あの謎のネックレス、気になっていますよね?」


 私の執事クレイが昔やってた元宗教団体や、イザベラが持ってた謎のネックレス。

 クレイは、東から来た商人から授かったっていってたけど。

 元信者には全部捨てさせたのに、会場から黒い影が発生したってことは。

 イザベラだけじゃなくて……まだ持ってる人が沢山いるってことだし。


「……うん、ずっと聞きたかったんだけど。あれってやっぱり危険……だよね?」

「もちろんです!」

「やっぱり……」


 急にかみたちゃんの光が強くなる。

 眩しくて目をあけていられない。


「かみたちゃんまって。まだちゃんとお話聞いてないよ!」

「クレナちゃん。王都の近くにある初心者用ダンジョンに行ってみてー」

「……初心者用ダンジョン?」

「久しぶりにあえてよかったですよー。またね、クレナちゃんー」


「まって、まだいろいろ話を……」

「黒い影に……惑わされないでくださいねー……」


 強い光で視界が真っ白になって。

 何も見えなくなった。



********** 


 目が覚めたら。

 ベッドの上で泣いていた。


「ご主人様……」


 キナコが心配そうにのぞきこんでくる。


「大丈夫だよ」


 大丈夫。大丈夫なんだよ。

 わかってたけど。

 目標はずっと変わってないから。


『ラスボスを倒してこの世界を救う』


 そして、私は……。

 大好きなこの世界から、もとの世界に戻るんだ。

 妹と一緒に。


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