第8話 お嬢様と巨大な影

 大きなイザベラの影は、騎士団からの攻撃は無視して、こちらに向かって攻撃してくる。

 真っ黒なイザベラは、影なのに顔や髪型もわかるから。

 なんだっけ、えーと。

 そう、変身ヒロインとかにいそうな気がする!

 って、いけない。

 私は盾を構えた騎士様と交互に、攻撃を受け止めていく。


「クレナー!」


 観客席から、だれか飛び込んできた。

 攻撃してきた影を切り落とす。

 白に金色の装飾が入った騎士。胸の紋章は王家のものに見える。


「よかった、無事だったんだね。そのまま盾でガードしてて。あれはオレが倒す!」


 兜のバイザーを一度上げて、優しい笑顔を見せた後、再び影に向かっていった。

 シュトレ王子だ!


 こんなときに、考えることじゃないんだけど。

 ……どうしよう。 

 本当に、すごく……カッコいい……。

 ……さすがゲームの攻略対象キャラ……だね。 

 

「我々は防御に徹しましょう」

「ハイ!」


 攻撃はずっとこっちに向いてる。

 シュトレ王子や騎士の方々が攻撃してくれているが、切った場所がすぐに再生しているようにみえる。


「なんだこいつは!」

「どうすりゃいい」

「とにかく、攻撃し続けるんだ!」


 ……あれ?

 確か『ファルシアの星乙女』のゲームの中で。

 こんな実態のない影が、ボスででてくるシーンがあったはず。

 こんな風に、シュールなイザベラ型じゃなかったけど。

 あれって、どうやって倒したんだっけ。


 えーと。


 ガシャーン!


 攻撃が盾にあたる。

 体が飛ばされそうになった。


「クレナー!」


 シュトレ王子の声が聞こえる。

 大丈夫、まだ頑張れる。


 確か。

 影のモンスターは、隣の帝国が攻めてきた時に、相手の切り札で出現するボスだった。

 同じように、通常の攻撃ではヒットポイントが全然へらなくて。


 それから、えーと。


 そうだ!

 主人公と攻略対象の聖なる祈りで、相手の特殊能力を封じ込めるんだった。


 って。

 ……星乙女いないじゃん!

 

 どうしよう。

 なんで、ずっとあとに出てくるはずの影のモンスター (イザベラ)が、こんなところにいるの!

 なんとか。

 なんとかしなくちゃ。


『ねぇ、こまってる?』

 

 不意に、キナコの声が聞こえてきた。


「え? キナコ?」

「どうされました、クレナ様」


 周囲を見渡したけど、キナコはいない。はず。


『ねぇ、ねぇ。もしかして、ボクの声が聞こえてる?』


 それはもう、バッチリ聞こえてますよ!

 危ないから逃げて欲しいんだけど。


「近くにいるなら、早く逃げて! 私達がたちがささえてる間に早く!」

「クレナ様?」

 

 盾を構えた近衛騎士が、不思議そうな視線私に送る。

 え?

 もしかして、私にしか聞こえてないの?


『やっぱり聞こえてるんだ。わーい!』

 

 声ははっきりきこえてるんだけど。姿が見えない。

 これってテレパシー的なものなの?

  

「ねぇ、どこにいるの? 早く逃げて!」

『あの黒いのをやつけちゃえば、あぶなくない?』

「それはそうだけど」

『じゃあ、止まって欲しいって、強く思ってみて』


「止まってって? なにを?」

『いいから! はやく!』

「わ、わかった」


 なんだかわからないんだけど。

 お願い!

 止まって!!



「え?」

  

 突然。

 周囲が静かになった。

  

 あらためて周りを見渡すと。


 イザベラの影も、シュトレ王子も、騎士団のみんなも、観客席も。

 みんな止まっているようにみえる。


「これ、止まってるの?」

「うるさかったし、あのままじゃボクこれなかったから止めてもらったんだけど。ダメだった?」

「ううん、だめじゃないけど」


 目の前に赤い小さなドラゴン、キナコが飛んできた。

 なにこれ。

 キナコ、ホントにすごいんですけど!


 ……時間が止まるなんて、初めての経験だよ。

 アニメやゲームの中みたいに、ホントに周囲がかたまったように動かない。

 騎士団の人なんて、とびかかった姿でそのまま止まっている。

 今までもこの世界で驚いたことはたくさんあったけど。

 ちょっとこれは……感動する。 

 

「ホントはすぐに助けに来たかったんだけど、影の力が強いと近づけなくて」

「キナコー!」


 思わず抱きしめる。


「キナコ、ありがとう! こんな力があるなんて。さすが竜王だね!」 

「え? これ、ご主人様の力だよ?」

「え?」

「まぁ……気づいてないならいいですけどね」


 大きなため息をつく。

 これを私が?

 ……ナイナイ。

 そんなこと出来たら、ホントにチート転生勇者みたいな感じだよね。

 

 キナコったら、こんな時に冗談とか。あはは。

 ……だよね?


「まぁ。今はそんなことより、この影なんとかしようよ」


 うう。

 正論だわ。キナコってなにげ冷静だよね。

 まずあの大きなイザベラなんとかしなくちゃ。


「キナコ。これって……。今のうちに影竜を攻撃すればいいのかな?」

「ちがうよー。あのね、影はご主人様がパートナーと一緒に攻撃しないとだめなんだ」

「パートナー?」

 

 私、星乙女じゃないし、パートナーとかいないんだけど。


「目を閉じて心に念じてみて。その人がご主人様の横に現れるから」


 念じるっていわれても。

 うーん。

 とりあえず言われたとおりにしてみる。

 もう! なんでもいいから、パートナー出来てきて! 

 

 左手に。

 温かいぬくもりを感じる。

 目を開けて横を向くと。さっきまで固まっていたはずのシュトレ王子がいた。


「シュ、シュトレ様!?」

「クレナ? これはいったい」


 世界は相変わらず止まったままなんだけど。

 シュトレ王子は手をにぎったまま、顔を近づけてくる。


「あのね。あの影のモンスターは、パートナーと一緒に倒さないといけないみたいで……」


 一生懸命説明しようとするんだけど、なんだか言い訳みたい。

 王子と手をつなぐなんて、パーティーではいつものことなんだけど。

 どうしよう。

 すごく、左手が熱いよ。


「よくわからないけど、あの影を二人で倒せばいいんだな?」


 王子が兜のバイザーを上げた状態で、にこりと笑う。

 この状況で、その笑顔は反則だよ。

 なんだか。

 ゲーム内で影モンスターを倒すときの、シュトレ王子イベントにすごく似てる気がする。


「仲がいいね、二人とも。それじゃあ、いくよー!」


 キナコが、上空に飛び上がってくるくるまわると、大きな炎のランスが出現した。


「これを使って。二人で攻撃してね」


 王子と二人で頷くと、空中のランスをつかむ。

 

「クレナ、いける?」

「うん、大丈夫」


 ランスをもって、上空に飛び上がる。

 次の瞬間。

 

 何かがはじけるような音がして、周囲が再び動き出した。


「ぐぉぉぉぉぉ、おサルゆるさないー!」


 イザベラの影がこちらをみつけて、飛び上がってくる。

 え? 飛べるの?

 縦ロールの髪なんて、もう蛇みたいにみえる。

 すごくシュールなんですけど!


「そのまま、影のまんなかをねらってねー!」


 キナコが、私達にむかってなにか呪文を唱えると。

 足元に不思議な魔法陣が浮かび上がって、私たちの持っていたランスが、強い光を放ちだした。


「行くよ、クレナ!」       

「うん!」 


 王子と私は、飛び上がってくる巨大イザベラの真ん中をめざして、一気に下降する。

 炎のランスは、影をつきやぶるようにどんどん進んでいって。

 やがて、影の中にいたイザベラの持っていたネックレスに突き刺さる。


「グォォォ。コンナハズジャ……。オウジサマ、オシタイシテ……」


 影がすごい勢いで燃えていく。

 やがて。

 イザベラのネックレスが砕けて、そこでランスも消滅した。


「キナコ……今のなんだったの?」

「ふぅ、おわったよー。疲れたちゃったから、こんどまた話すね、バイバイ」


 キナコは私の胸にとびついてきた。

 抱きかかえると、くるりとまるまって、そのまま寝てしまった。   


 周囲を見渡すと。

 ボロボロになった闘技場の真ん中に、イザベラが倒れている。

 寝息のような音が聞こえているので無事みたい。

 よかった。

  

「おサルさん、ゆるしませんわー。ぐー」


 ぷ。

 王子と顔を見合わせて。思わず笑ってしまった。

 よく見ると、私もシュトレ王子もボロボロだ。


「シュトレ王子、助けてくれて……ありがと」

「婚約者だからね、当然だよ」


 兜のバイザーを上げた王子の、優そうな笑顔。

 その笑顔は、いつかくる主人公の乙女さんに向けてほしいのにな。

 向けてほしいんだけど……。

 なんだろう。

 この胸が締め付けられるような不思議な気持ちは。



 しばらくすると、大歓声が会場からわきおこる。


「おいあれ、赤い槍じゃないのか?」

「まちがいない、あの、伝説の英雄、赤い槍だ!」

「いやしかし、まだ子供だぞ!」

「王子さま、赤い槍、ありがとう!」


 会場をみると、にこやかに笑うお母様が見えた。

 

 お母様、ごめんなさい。

 借りた鎧、すごくボロボロになってる。

 

 これ、ちゃんと修理できるのかなぁ。

 


**********


 決闘場での騒ぎが終わったあと。

 ケガをしていた私に気を使ったシュトレ王子が、家まで抱えておくってくれた。

 そんなにひどいケガじゃないし平気だよっていったんだけど。

 ……恥ずかしすぎるんですけど。


「婚約者なんだから、それくらい平気だよ」って言ってたけど。


 仮!

 そう、仮なんだからね!


 家に帰ると、ゆっくり休むように両親からも強く言われたので。

 ベッドの上でキナコと一緒にごろごろしていた。

 ちなみに、キナコは熟睡モードなのでつついてもあんまり反応しない。

 ゆっくりなでてあげると、気持ちよさそうな表情になった。

 ……やっぱりネコっぽい。

 

 私は、まだ痛いところはあるけど、お母様の回復魔法のおかげで見た目は元通りだ。 

 

 

 でも。

 なんだったんだろう。あのイザベラの影。


『ファルシアの星乙女』メモをベッドの奥から取り出す。

  

 ……読みながら、自称かみさまみたいなもの。かみたちゃんの言葉を思い出していた。

 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』と同じ世界。

 ゲームでおこるイベントが発生するかは、50%の確率。

 今回のは……。

 予言が外れたってことだよね。


 それにあのネックレスと、イザベラの祈り。

 全部捨てたはずの……影竜事件の時に宗教の信者がつけてたネックレス。

 時間を止める魔法。


「あー、もう、わかんないよ!」


 いろいろな謎が残ったまま。

 闘技場でのイザベラとの決闘は終了した。

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