第7話 お嬢様の槍と盾

「イザベラ・アランデール様、入場です!」

 

 大きな歓声が聞こえる。

 胸に手を当てて深呼吸する。

 鎧越しでも、ドキドキしてるのがわかる。

 

「よろしいですか?」


 入場口前の係りの人が、私に声をかけてくる。

 私は、小さくうなずいた。


「はい、お願いします」

「クレナ・ハルセルト様、入場です!」

「頑張ってくださいね」


 係りの人が手をふってくれている。

 よし!

 お母様の言うとおり、今日は楽しもう。

 

 会場の中央まで歩いていく。

 ざわざわしているのがわかる。

 まぁ、今の私の恰好、きっと目立つよね。

 フリフリだし。


 真ん中にたどり着くと、イザベラが待ち構えていた。

 真っ黒な鎧に赤いラインが入っている。

 手には大きな盾を持っていた。


「なんですのその姿。貴女、ばかにしてますの?」

「……してませんから!」

 

 ちょっとフリル多いけど、お母様の鎧なんだからね!

 人に言われるのはすごく頭にくる。


「こんなところでまで男受けをねらうなんて」

「ちがうし!」



 闘技場中央の空中に、魔法で数字が浮き上がり、カウントがはじまった。


 鎧のバイザーをさげると、お母さまのにおいがする気がした。

 なんだか、落ち着いてきた。

 大丈夫、頑張るよ!


 鎧に魔法の力をこめはじめる。

 胸の魔法石から魔法の帯が流れ出して、背中まで伸びた魔力帯が、真っ赤な翼の形になる。  


 空中のカウントがスタートに変わる。

 

 よーし! 行くよ!

 左手にシールドを、右手にランスを出現させると、おもいっきり上空に飛び上がった。


「おおおお!」


 観客席から大きな歓声が上がった。 

 イザベラは大きな盾を構えて、防御の姿勢をとっている。

 

(盾ごと、吹き飛ばす)  


 私は、そのまま一気にイザベラ目がけて突撃した。

 

 ガキーン!


 大きな音が会場に響き渡る。

 盾にぶつかったランスが砕け散った。


「おほほほほ、その程度ですのね」


 攻撃がくる! そう思って慌てて後ろに下がる。


「あれ?」

   

 イザベラは、盾の後ろに隠れたままだ。


「驚きました? この盾はあらゆる攻撃を防ぎますのよ。貴女程度の攻撃なんてなんともありませんわ」


 盾をみると傷一つ入っていないように見える。

 正面から飛ばすのは無理そうだ。


 だったら。裏側にまわって。

 もう一度ランスを出現させて、素早く後ろ側から勢いをつけて飛び込む。


「え?」 


 攻撃があたると思った瞬間、盾がくるっとこちらに回って攻撃をはじく。

 今度こそまずい!

 あわてて、後ろにさがる。


 イザベラは、地面に倒れていた。


 ……なんで?


 盾が攻撃に合わせて自動で動いたみたいに見えるけど。


「おほほほ、全然きかなくてよ!」


 立ち上がると、ほこりを払い、口に手をあてて高笑いをする。

 まだ攻撃はしてこないみたい。

  

 相手が油断している今がチャンスだよね。

 今度こそ!

 再び上空にあがると、後ろに回り込むように、勢いをつけて突撃する。


 再び大きな音がなって、ランスが砕け散った。

 やっぱり、直前に盾にガードされたように見えた。

 イザベラは、同じように地面に倒れていた。

   

「これって、まさかだけど……」

「おほほ、おサルのような貴女でも気づきました? この盾はどんな攻撃も自動でふせいでくれますのよ」


 やっぱり、自動で防御する盾だ。

 イザベラがゆっくりと立ち上がる。

 たぶんだけど。

 彼女は盾の動きに振り回されて倒れてる……と思う。 

 

「……ねぇ、イザベラ様は攻撃してこないの?」

「その必要はありませんわ。ずっと守っていれば負けませんもの。貴女が疲れるのを待っていればいいだけですわ」


 腰に手をあて、典型的なお嬢様ポーズで豪快に笑うイザベラ。


「私の為に作らせた、特別な盾ですの。貴方ごときにやぶれることはありませんわ。さぁ、おとなしく負けを認めなさい!」


 ……これ、思ったんだけど。


 同じことを繰り返したら、私勝てそうな気がするんだけど。

 すでにイザベラ、ボロボロだし。

 それとも、なにか作戦とかあるのかな。


 警戒して、盾を構えながら、もう一度攻撃してみる。

 やっぱり、彼女は盾に振り回されて地面に倒れた。


 ……なんだろう。


 コメディー映画とか見てる気分なんだけど。

 これも作戦……なのかな。


「クレナちゃんー! そんな盾壊せるわよ、一気にやつけちゃいなさいー!」

 

 そうだよね。

 悩んでる場合じゃない。家の名誉がかかってるって言ってたし。 

 それに、鎧を貸してくれたお母様の為にも、負けるわけにいかない!


 いつかお母様がみせてくれた技のように。

 ランスともっと一体になって、真っ赤な光が一本の槍のように見えるような。

 全てを突き破る、そんな攻撃を。


 距離をとってから、上空に飛び上がり、狙いを定める。

 もっと早く、強く、一体になって。


「いけー!」

「何度きても無駄ですわわよ、この盾がすべてを弾き飛ばします!」 

 

 大きな音をたてて、ランスが盾に衝突する。

 今度は、負けない!


 ランスが初めて盾に突き刺さる。

 よし、このまま、いくよ!

 魔法の羽根に力をこめる!


「な!?」


 次の瞬間。

 盾にひびが入ると、バラバラに砕け散った。


「ウソ……」

「勝負、あったよね?」


 倒れているイザベラにランスを突き付ける。

 これで勝ったのかな?


  

 彼女をみると。

 首に下げたネックレスをつかんで何かに祈っている。

 あれ?……この不思議な形って、どこかで見覚えがあるような。

 

 「助けて、竜王様、乙女様!」

  

 そうだ!

 影竜事件の時に宗教の信者がつけてたネックレスに似てるんだ。


 次の瞬間。


 大きな影が彼女を包み込み、大きな手のような形になった。

 鋭い長い爪が私のランスを握りしめると、粉々に砕け散った。


 なにこれ。


 危ない! とっさに後ろに飛びあがる。


 黒い手は長く伸びて、私を捉えようとする。

 伸びてきた爪をはじき返すと、魔法の盾は砕け散った。


 空中で、盾を構えながら距離をとる。

 イザベラは完全に黒い影に取り込まれて見えなくなっている。

 代わりに。

 そこには、イザベラの形をした大きな影があった。

 なにあれ。

 髪の盾ロールまで再現されてるし。

 なんだか……すごくシュールなんですけど……。


「なんだよ、あれ!」

「決闘場の結界内は魔法使えないはずだろ!」


 上空に逃れている私からも、観客席からの大きな声が聞こえてきた。

 それだけじゃない。

 よくみるとイザベラと同じような黒い影が出現している。


「キャー!」


 観客席でどんどん人が倒れはじめた。

 倒れた人のあたりから黒い影が飛び出して、闘技場の巨大なイザベラの影に合流していく。


 黒い影を取り込んだイザベラは、さらにどんどん大きくなっていった。


 なにこれなにこれなにこれ!

 影竜事件のときにすごく似てるんですけど!

 

「ぐぉぉぉぉぉぉ」


 大きくなったイザベラの影がおたけびを上げた。

 彼女と低い獣のような鳴き声が混ざった不思議な音。

  

 イザベラの影は両手を広げると、こちらに向かって飛び上がってきた。

 とっさに、盾を前に出して防御姿勢をとる。


 ガシャーン!


 大きな音がして、壁の端まで吹き飛ばされた。


 (痛い……)


 全身を壁にうちつけられたみたいで、すごく痛い。

 でも。

 イザベラの影がこっちに向かってくるのが見える。

 あわてて、目の前に盾をかまえる。

 

 (防御に集中……集中……)


 右手にもっていたランスを消して、盾にだけ魔力を送り込む。

 光の盾が輝きだし、大きくなっていく。


 向かってくるパンチを、盾で受け止める。

 よし! 今度は、ちゃんと受け止められた!


 後ろの観客席にはまだ人がいる。

 全力でとめるよ!

 

「もはやこれは決闘にあらず! 近衛騎士団、あの巨大な影をたおすぞ!」

「おー!」


 盾の向こうで、魔星鎧を着た騎士たちが、一斉に攻撃を始めたのが見えた。


「妖精姫クレナ様、大きくなられた。さぁ、ともに戦いましょうぞ!」


 私の前に、一人の騎士が立って盾を構えた。

 なんだか興奮して、すごく嬉しそうな声で私に話しかけてくる。


「あ、ありがとうございます」


 なんだか、私のことを知ってるみたいなんだけど。

 ……えーと。

 誰だろう?

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