第2話 お嬢様ともう一人の公爵令嬢

 入学式当日。


 私は、ステージ横の控えスペースで、自分の出番を待っていた。

 新入生代表として、挨拶をするためだ。


 校長先生に言われたあの日から、頑張ってスピーチも考えたし練習もしたんだけど。

 もともとこういうの苦手なんですけど!

 すごく緊張する。


「そんなに緊張しなくても平気だよ。式の挨拶なんて、そんなに聞いてはいないものさ」


 目の前で笑顔で話すのは、シュトレ王子だ。

 彼は、在校生代表として、スピーチする。王子さまだもんね、納得。

 パチパチパチ。

 ステージから拍手が聞こえる。校長先生のスピーチが終わったみたい。

 

「それじゃあ、いってくるよ」


 片手を上げて、笑顔でステージにむかっていくシュトレ王子。

 この次、私のスピーチなんですけど。

 王子がステージで何か話してる。話してるけど……全然頭に入ってこない。

 心臓がバクバクいってるのがわかる。

 

 ワー! パチパチパチー。


 ステージから大歓声が聞こえた。王子のスピーチが終わったんだ。

 次は私の番だ。頑張らないと。ミスしませんように。


 ステージに向かう最中に、シュトレ王子とすれ違う。

 王子は、優しい目で微笑んだ後、私の背中をぽんっと叩いた。

  

「大丈夫、ここで見てるから。なにかあったらオレが出てフォローするからさ!」

 

 ぽかーんとする。

 フォローって、私がミスしたらステージまで出てきてしゃべるつもりなの?

 おかしい。おもわず笑ってしまった。


 王子は少し顔を赤くして私をみている。

 王子様でもやっぱり緊張してたのかな。私だけじゃないよね、うん。

 なんだか安心した。


「それじゃあな、頑張れよ」

「うん、ありがとう」


 気づいたら、心臓のバクバクが止まってる。よし、しゃべれそうだ。

 私はステージ中央のスピーチ台まで向かう。

   

「私たちは、歴史あるこの魔法学校の生徒になれることを、とてもうれしく思っています」

  

 平気。私、意外に落ち着いて話せてる。

 この広い会場に私の声だけが響いてる。

 なんだか不思議な気分。

 

「……この魔法学校の生徒としての誇りを持ち、精一杯がんばりますので、先生方、先輩方、これからよろしくお願いします」


 終わった!

 最後にお辞儀をして、にっこりスマイル。


 ……あれ? 会場が静かなままなんですけど。 

 スピーチ終わりとか、言った方がいいの?


 しばらくの間があって。

 ステージ横から拍手が聞こえる。それを合図に、会場から拍手とため息のような声が響き渡った。


 え? なに? 何か失敗したの?

 今回はかなり自信あったのになぁ。


 ステージ横に引き上げると、シュトレ王子がいた。


「おつかれ。よかったよ、スピーチ」

「ありがとう」


 ちょっとドキドキしながら、王子が差し出した手をとる。

 最近、シュトレ王子と話すとき、意識して友達っぽい空気を心がけてる。

 それが、乙女ちゃんの為……ううん、世界の為だって思うから。

 ……ちゃんと、友達っぽく出来たよね?

 私は彼にエスコートされて、ステージ横に用意されていた席に座った。




「ねぇ、私失敗したのかなぁ?」

「なにを?」

「今のスピーチ。おわったあと微妙な空気だったから」

「ああ、あれはね」

 

 王子が少し考える仕草をした後、いたずらっ子のような表情で笑った。

 

「まぁ、本人が気づかないなら、ナイショだ」

「えー、なんでさ」


 ざわざわと会場の音がした。入学式が終わったみたい。

 私は、シュトレ王子に笑顔で見送られながら、会場を後にした。

 

 

**********

 

 入学式が終わると、私達新入生はクラス分けの為、試験会場に移動した。


 試験内容は大きくふたつ。


 ひとつ目は、魔法の試験。どれだけすごい魔法を使えるか、先生方の前で披露する。

 もし、魔法が使えないのに入学したとしても、ここですぐにバレてしまう。

 

 ふたつ目は、筆記試験。

 一般常識だったり、魔法のことだったり、王国や世界の歴史なんかが問題になってるんだって。

  


 

「クレナちゃん、スピーチすてきでしたわ!」

「ご主人様、カッコよかったー!」  


 シュトレ王子と会場を出ようとしたところで。

 金色のストレート髪に大きなリボンを付けた女の子と、赤髪ツインテールの女の子が近づいてきた。

 リリーちゃんとキナコだ。

 

 リリーちゃんは、私に抱きついてきた。


「やっぱり、制服姿のクレナちゃん、カワイイですわー!」


 リリーちゃんはほっぺたをくっつける。


「リ、リリアナ。すこし落ち着けって」

「あら? うらやましいんですの?」

「それはそう……いや。そういうことじゃなくて、だな」

「はぁ、これもご主人様がたらしだから……」

「ちょっと、みてないで、キナコ助けて!」


 ほら、なんか注目されてるんですけど!

 入学初日から変な人って思われたらどうしよう。

 

「あらあら、高貴な王子様の周りでどこの山猿が騒いでるかと思いましたら……人間でしたの?」 


 ふりむくと、とりまきたちを引き連れた派手な女の子が立っていた。

 赤い髪に、印象的なエメラルド色の瞳。ゲームの中のリリアナのような典型的なお嬢様だ。

 

「なに、この人たち……なんかイヤな感じ~」

「あらあら、ペットのしつけは、主人の役目ですわよ」


 キナコを無視して、軽蔑した目線を私に向ける。

 背中まで伸びた長い縦ロールの髪が、動きに合わせて揺れる。


「お久しぶり、イザベラ」

「あら、リリアナじゃない。お久しぶり」

 

 リリーちゃんが、かばうように私の前に立った。

 どうやら知り合いみたい。

 彼女は、みたことないような冷たい目線でイザベラと呼んだ少女を見ている。


「公爵家の娘が婚約者をとられたのだけでも恥ずかしいのに、その相手にしっぽをふるなんて。私なら絶対できないわ」


 イザベラの言葉に、とりまきたちが一斉に笑う。

 その名前……聞いたことあるような。確か、以前姿絵で……。


「……イザベラ・アランデール。私と同じ公爵令嬢ですわ」

  

 思い出した! ファルシア王国の二つの公爵家の一つ、アランデール家の長女。

 私の家は、リリーちゃんのセントワーグ公爵家側だったから、パーティーでもお会いしたことはなかったけど。


「初めまして、クレナ・ハルセルトです」

「挨拶は結構だわ。王子様をたぶらかし、『竜使いの妖精姫』なんてデマを流すような人、大嫌いですの」


 それ言ったの私じゃないのに!

 恥ずかしいからやめて欲しいのに!


「ちょっとまってくれ。クレナはたぶらかしてなんていないぞ!」

「うふふ、王子様、お可哀そうに。このテストでわたくしの方がどれだけ優秀かお見せいたしますわ!」


 あれ?

 なんだか、今の人、悪役令嬢ポジションにいるんですけど。

 しかも、ターゲット私じゃん!



********** 



 魔法の実技会場。

 

「まぁ。アナタみたいな下賤なものには立場の違いを見せつけて差し上げますわ」


 魔法のテストが、イザベラの番みたいで。

 彼女は、的に向かって構える。


「どんな魔法でもいいので、的にあてれば合格になります」


 テスト教官の言葉が聞こえる。


「いきますわよ! ライトニング!」


 眩しい!

 イザベラの手から稲妻が出現し、一直線に的に向かっていく。

 次の瞬間。大きな音を立てて、的は粉々になった。


「いかがです? まぁ、デマで人に気を引くようなあなたには、こんなに高度な魔法は無理でしょうけど」


 勝ち誇ったように、高笑いするイザベラ。

 彼女の周囲では、とりまきたちが同じように高笑いしている。


 

「次、クレナ・ハルセルトさん、準備してください」


 私の番だ。

 

「……クレナちゃん、やっちゃってください!」 

「ご主人様、おもいっきりぶちかましちゃえ!」


 リリーちゃんとキナコが、私に声をかける。

 なにこれ、二人の目が怖いんですけど。


 的に向かって片手を上げて構える。


「きっと、へにょへにょな低威力の魔法が、ヘビにみえたのね」

「ミミズの間違いじゃなくて?」


 イザベラたちの笑い声が聞こえる。

 とりあず、無視。


 胸の魔法石ペンダントを握りしめる。

 えーと。

 まず、手のひらに魔法の小鳥を出現させて。


「ぷぷぷ、あれってメッセージの魔法よね」

「あんな魔法でどうやって的にあてるのかしら」

 

 ふふふ。

 練習の成果は、ここからだから!


「テイミング!」


 魔法の小鳥は巨大化し、上空に舞い上がった。

 これは、キナコや周りに動物がいない時の為の応用魔法。

 

「な……なんですのそれ?」

 

 巨大な魔法の鳥は、誇らしげに私の上空を飛んでいる。


(えーと、とりあえず的にあてないとダメなんだよね?)


 的に当てればいいだけなら、クチバシをちょこんと触れるだけでもいいよね。

 さぁ、魔法の小鳥ちゃん。よろしくお願いします!


(かるーく、的にあてるだけだからね?)


 魔法の鳥は、翼を大きく広げ頷くような仕草をした。

 


「ピーーーーーーッ!」

 

 魔法の小鳥は大きな鳴き声を上げると、一気に上空に飛翔した。


「え?」


 そのまま一直線に的をつらぬく。

 大地を裂くような大きな音がして、的は粉々になり、地面に大きな穴が開いた。

 小さくなった小鳥は自慢そうに私の手に戻ると、そのまま消えていく。


 ……なんでさ!

 完全にやりすぎだよ、これ。



 おそるおそる後ろを振り向くと。


 呆然としている、イザベラととりまきの女の子達、そしてテスト教官。

 その後ろで、リリーちゃんとキナコが嬉しそうにハイタッチしているのが見えた。 

  

「ト、トリックですわ! わたくしは絶対に認めませんから!」

「イザベラさま、しっかり!」


 彼女は、腰を抜かしてしまったみたいで、とりまきに支えられながら会場を去っていった。

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