第32話 お嬢様と星乙女
黒いドラゴンの事件が終わり、王国が落ち着きだしてから。
ハルセルト領はすごくにぎやかになった。
もともと豊かな土地だったけど、国境近くの辺境っていうのもあって、あまり人が多くなかったんだけど。
事件の信者の人たちが、想像よりほんとにたくさん移住してきた。
もと騎士や大商人、中には貴族の立場を捨てて移住してきた人もいるんだって。
お父様はすごくホクホク顔だ。
あんなにスゴイ数の人に誤解されたままだと、あとで大問題になりそうだったから。
星乙女じゃないってみんなの前で演説みたいなこともしたんだけど。
なんだか、逆に盛り上がっちゃったみたいで……。
命の恩人だから、関係ないんだって。
「ご主人、一体どこまでたらしこむ気なんですかねぇ~」
「違うから、みんな星乙女と勘違いしてるだけだから!」
これ、ホントに。本物の星乙女が召喚されたらどうするんだろ。
だまされたとか暴動が起きたり……。
それって。
ク、クーデター?!
「どうかされましたか? 竜姫様」
心配そうにこちらを見ている、薄紫の髪をした執事。
「ねぇ、クレイ。私ホントに星乙女じゃないからね?」
「そんなこと……。今の私にとってはどうでも良いことなんですよ」
「ホントに?」
「貴方様に仕えられることこそ、至極の喜び! 他の者もそうですよ」
彼は、クレイ・マレウス。
あの時、私を誘拐した司祭、宗教団体のリーダーだった男だ。
侯爵家を抜け出した彼は、そのまま我が家の執事になった。
貴族が行儀見習いで他の貴族に行くことはあるんだけど。
マレウス家は侯爵家で、うちは伯爵家。
……普通逆だよね?
彼が我が家に挨拶に来た時に、お父様がすごく気に入って、私のお付きに指名した。
ねぇ、お父様?
この人、私を誘拐した人なんですけど?
それにね。
あらためて見ると。
整った顔に、すごく優しそうな瞳。
この人……すごくカッコいい。
「やはり、どこか具合が悪いのでは。さっそくベッドと栄養のあるお食事の準備をしなくては!」
「大丈夫だってば。もう、クレイは心配しすぎだよ」
クレイはあれだけ大きな組織をまとめてただけあって、すごく優秀なんだけど。
……どこか残念な人だ。
「今日このあとって、ダンスレッスンだよね?」
「そうですね。レッスンが終わりましたら、新しくできた市場の視察がございます」
「私が見に行っても、意味ないとおもうんだけどなぁ……」
「そんなこと……」
クレイがゲームのスチルのような笑顔で振り返る。
廊下から差し込む日差しが、長い髪をキラキラと光らせる。
「みんな、貴方の笑顔が大好きなんですよ」
**********
しばらくして。
王都から私とキナコ宛に招待状が来た。
竜王退治の件で表彰されるんだって。
「これ以上目立ちたくなかったのに……」
「やった! 美味しいデザートが沢山食べられる!」
食堂にいるのは、お父様とお母様、私、あとキナコ。
メイド長のセーラや、執事のクレイは部屋の壁に控えている。
いつもの朝の風景。
私は、王家から来た招待状をみて頭を抱えていた。
もう、領内でこれでもかってくらい目立っているのに。
視察で領内飛び回りすぎなんですけど!
今では、白い飛空船をみるだけで「竜姫様の飛空船だ!」って言われてるんだって。
あの飛空船、冒険用に使いたかったのに!
「うふふ、シュトレ王子も一緒に表彰されるらしいわよ。よかったわね~」
意味深に笑うお母様。
もう!
でも、そっか。
王子も一緒に戦ったもんね。
……というか。
助けにきてくれたんだよね。
シュトレ王子に抱きしめられたことを思い出す。
あ、あれは。
助けてられて嬉しかっただけだよね。
ほかに意味はないよね。
もしあったとしても……ちょっと困る。
「命がけで助けにくるなんて。クレナちゃん良かったわね」
「すごくかっこよかったんだよー!」
「キ、キナコは、よけいなこと言わなくていいから!」
顔が火照るのが分かる。
もう、変なこと言うから。
「ダメだ、今すぐ婚約を破棄しよう……」
「アナタ?」
お父様が鬼の形相になっている。
「あんなボンクラな王家にクレナは嫁にやらん!」
「アナタ落ち着いて!」
「お父様?!」
「あはは、変な顔~」
ボンクラって。
お父様、いつか不敬罪でつかまりますよ?
**********
王都での授賞式は盛大だった。
私たちは、お城のバルコニーとかパレードの馬車から手を振りまくった。
「王子様ー素敵ー!」
「竜姫様ーカワイー!」
「私達を救ってくれてありがとうー!」
……あーこれ知ってる。
宣伝的な感じだ。
今回の事件。
間違いなく……王家の求心力は落ちたんだと思う。
結果だけ見たら、流れ星が減っていることを国民に隠してたし、あやしい宗教の台頭も許した。
おまけに。
竜王という影のドラゴンまで呼び出されて、王国があぶなくなるところだった。
王家の側に、わかりやすい英雄が必要なんだ。
それが、シュトレ王子と私 (あとキナコ)なんだと思う。
「見てみて、みんな手を振り返してくれるの。楽しいねー」
「ハイハイ、良かったね。キナコ」
「うん!」
満面の笑みのキナコを見ると、少しだけ気持ちが楽になった。
まぁ、考えても仕方ないよね。
「クレナ、疲れた?」
「だだだ、大丈夫ですよ!」
ビックリした。
王子にそんなにアップで見つめられたらビックリするよ。
あれからどうしても意識しちゃう。
……王子も私もまだ子供なのに。
……子供なのに。
この感情はなんだろう。
クレナのもの? それとも前世の私?
「クレナちゃーん!」
可愛らしい声が聞こえてきて。
馬車にリリーちゃんが駆け寄ってきた。
「リリアナちゃんか、良ければ乗っていくかい?」
国王様が、馬車を止めてリリーちゃんに声をかける。
「よろしいのですか?」
「キミも今回の立役者だからね」
「ありがとうございます」
リリーちゃんはお辞儀をして馬車に乗り込むと、私に抱きついてきた。
「今日もクレナちゃんカワイイです!」
「ありがとう、リリーちゃんもカワイイ!」
天使だ。
天使だわ。
癒されるよー。
うん、いまは何も考えないで。
大好きな親友と、このパレードを楽しもう。
**********
授賞式が終わって。
私は、お城にある中庭のガゼボでぼーっとしていた。
「疲れたよー……」
キナコは、まだ会場でパクパク食べているので、別行動だ。
周りをみると、中庭の隅々に護衛の騎士さんが沢山いる。
まぁ、お城の前で誘拐されちゃったしね。
……でも、これなら少し安心かな。
「そこにいたんだ」
「……シュトレ様?!」
「隣座ってもいいかな?」
「ど、どうぞ」
ビックリした。
王子がここに来るなんて。
魂ぬけてぼーっとしてたのバレたかな。
「きょ、今日はお疲れ様でした」
なにそれ、私。営業の人みたい。
そうじゃなくて、えーと。
「うん、クレナもお疲れ」
嬉しそうに笑う王子様。
「すごい人気だったね、クレナ」
「あ、あれは、私を星乙女と勘違いしてるから……」
「それだけじゃないんだけどな。そうか、自分では気づかないのか」
「え?」
気づかない?
何をだろう。
「クレナ。キミの頑張りがみんなを笑顔にしたんだよ」
キラキラ瞳で私を見つめている。
ゲームのイベントスチルみたいだ。
ダメだ。
そういうイベントは、私とじゃなくて……。
「あはは、倒したのはシュトレ様とキナコなんですけどねー」
「クレナはすごいな……」
ふぅ。あやうく、甘い雰囲気になりそうだった。
でもすごいって?
なにがだろう。
「うん、でも確かに。今日は疲れたな」
「つ、つかれたなら、ここで少し休んでいきます? なんて」
「そうだな」
そういうと、シュトレ王子が横になった。
ちょ。
ひ、膝枕になってるんですけど!
「しばらく、このままでいさせてくれ」
「え、でも。えーと……」
どうしようかとバタバタしていたら。
寝息が聞こえてきた。
あ。
王子寝ちゃってるみたい。
本当に疲れてたんだね。
どうしようこれ。うーん……まぁ、いっか。
「いつか、一緒にこの国を笑顔に……」
寝言みたい。
幸せな夢をみてるのかな?
あのね。
でもそれは、私じゃないんだよ。
いつか成長したら、星乙女ちゃんと一緒に世界を救ってね。
チクンと胸が痛かった。
すごいな、星乙女ちゃんは。
世界が救えて、すごい力を持ってて。攻略対象と恋愛が楽しめて。
だって、主人公だもんね。
うーん、考えても仕方ないんだけど。
この世界を救うにはそれがベストなんだけど。
それでも……。
あったことのない、星乙女に、初めて少しだけ嫉妬した。
お願い、神様。かみたちゃん。
せめて、せめて。私は。
この世界を救いたい……です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます