第30話 お嬢様と光と影の竜
怪しい宗教団体につれてこられた洞窟の中。
大きな石像だったドラゴンが、洞窟の広場で暴れまわる。
私は、腕に抱えられた状態でその様子を見ていた。
「これが竜王の力なのか!」
「竜王様、なぜ我々を攻撃するのですか!」
黒いドラゴンは、信者たちと戦闘になっている。
「くそ!」
「お前が操っているんだな!」
「おやめなさい!」
数人が、司祭の制止をふりきって私に魔法の矢を放ってきた。
あたる! と思った瞬間。
ドラゴンが、もう片方の手で、魔法を握りつぶした。
やっぱり……。
かばってくれてる……よね?
なんで?
あらためてドラゴンの顔をみつめる。
優しそうな、でもどこか悲しそうな大きな瞳。
「なぜその子供を庇うんだよ! いや、かばわれるのですか!」
「どうなってるんだ」
「竜使いの妖精姫……まさか」
「……しかし、そうとしか」
信者たちは、黒いドラゴンと戦いながら、明らかに動揺している。
「ダメだよ、ご主人様! 影に飲まれちゃう!」
叫びながらドラゴンに駆け寄ってくる影が見えた。
キナコだ。
「キナコ、ダメ!」
足元まで近づいた瞬間。ドラゴンの足が彼女を蹴り飛ばした。
空中に跳ね飛ばされたキナコと目が合う。
「キナコー!」
奥の壁にぶつかったキナコはそのまま動かない。
……。
え……。
キナコ……嘘……。
「姫様ー!」
「クレナ無事か!」
「クレナちゃん!」
広間の入口から、たくさんの人の足音と声がした。
あれは。
魔星鎧を着た騎士たちとシュトレ王子、リリーちゃんだ。
「王国の騎士か!」
「星が減っても何もできない王家の無能者どもめ!」
「我々には、星乙女と竜王の救いが必要なのだ!」
信者たちが、入口付近で騎士たちと戦闘を始める。
「近衛第一部隊前へ!」
「なんとしても、未来の王妃をお救いしろ!」
「突撃ー!」
合図とともに、騎士たちの一部が信者を突破して、黒いドラゴンに近づく。
シュトレ王子が私の近くまで駆け寄ってきた。
「クレナ、待ってろ! 今助ける!」
「私は平気! キナコを! キナコを助けて!」
「……わかった!」
王子は、私の目線の先にいるキナコに駆け寄る。
回復魔法を使っているのか、キナコの周りに白い光がみえた。
そうだよね。
ゲームの中でもシュトレ王子は回復魔法も使える万能キャラだもんね。
お願い! お願い!
王子頑張って! キナコを助けて!
「クレナちゃんを離しなさい! この変態ドラゴン!」
リリーちゃんが魔法を詠唱すると、大きな木がドラゴンの前に出現した。
たくさんの魔法の葉が、舞うようにドラゴンに命中していく。
「リリーちゃん、違うの! この黒いドラゴン、私を助けてくれたの!」
「え?」
「ねぇ、黒いドラゴンさん! お願い。戦うのをやめて!」
ドラゴンは優し気な瞳で私を見つめる。
「ダメダ、オトメヨ。ダマサレナイデ。コイツラハ……テキダ!」
しゃべった。今しゃべったよね。
その声は、とても静かで、でも……怒りに満ちていた。
「やはり……」
「竜使い……いや、星乙女様! 竜王様。どうかお怒りを鎮めてください。我々は味方です!」
司祭と信者が、騎士団との戦闘をやめて、私にむかって祈りを捧げはじめた。
黒いドラゴンも、信者たちも。
私を星乙女だと感違いしてるみたい。
「ねぇ、私星乙女じゃないよ。お願い! 戦うのをやめて!」
「イヤ、ワタシニハワカル。オトメヨ。ニドト、オマエヲキズツケナイ」
「違うんだってば。私は、乙女じゃないから!」
「ジャマヲスルヤツラハ、ミンナ……タオス!」
多分……ううん。
この黒いドラゴンは本当に、初代の星乙女と一緒にいた『竜王』だ。
「グォォォォォォオ!」
竜王は雄たけびを上げる。
信者たちの体から、黒い霧のようなものが立ち上がり、竜王に吸い込まれていく。
……なんだろう。すごく禍々しい感じがする。
これ。生命力を……命を吸い取ってる?
吸い込まれた信者たちは次々に倒れていく。
「竜王様! 何故です!」
「お助けください!」
「キサマラノタマシイガ、ワタシノチカラニナル」
……黒い……魔力の流れが見える。
吸い取ってるのは、あの不思議な形をしたネックレスだ。
「ネックレス! ネックレスをはやく外して!」
まだ意識を保っている信者たちが、慌ててネックレスを外していく。
黒い霧が……止まった。
「……星乙女様!」
「ありがとうございます! 乙女様!」
だから、私、星乙女じゃないってば。
「ハハハ。ムダダ。タマシイハアツマッタ。イクゾ!」
「お願い! やめて!」
竜王は再び騎士たちに襲い掛かる。
ダメだ。聞いてくれない。
こんなに優しそうな瞳なのに。
何がそんなに悲しいの? なんで戦おうとするの?
「クレナちゃんを離せ!」
リリーちゃんの魔法の大木の枝が伸びて、竜王の片腕を封じ込める。
「今だ、突撃!」
「なんとしても、姫をお救いしろ!」
取り囲んでいた騎士たちが、一斉に飛び掛かる。
「コノテイド、ナントモナイ」
竜王が大きな声で咆哮する。
腕に巻きついた枝を振り払うと、真っ黒なドラゴンブレスを吐きつける。
騎士たちは一斉に壁まで飛ばされた。
リリーちゃんは?
彼女のいた方向を見ると、木の陰にかくれて無事だったみたい。
「……相手が竜王だろうと、クレナちゃんは渡しませんわ!」
再び、竜王にむかって魔法を放っていく。
リリーちゃん、全然……無事じゃなかった。
片足ひきずってるし、服もボロボロになってる。
血が滲んでるのもわかる。
「リリーちゃん、やめて! 逃げて!」
「こんなの、なんともありませんわ!」
「竜王様! お願い! お願いだから、攻撃をやめて!」
竜王は、私の言葉に反応したように一瞬固まった。
「クレナ! キナコちゃんは無事だぞ!」
「ご主人様、ボクに魔法をつかって!」
リリーちゃんをかばうように、シュトレ王子と……キナコがあらわれた。
……キナコ、動いてる。
生きてるよぉ。
「ご主人様、早く! 魔法を!」
「わ、わかった」
泣いてる場合じゃないよね。
でも、両手もふさがってるし、竜王に抱えられてて身動き取れないし。
「ダメ! 詠唱の構えができないの!」
「待ってろ!」
シュトレ王子が飛び上がると、彼の魔法の剣がまぶしく光り輝いた。
「いくぞ!」
私が抱えられている腕にむかって、巨大な光の剣を振り下ろす。
「グォォォォ」
竜王の悲鳴とともに、腕が切り落とされた。
腕も私も落下していく。
落ちるっ! と思った瞬間。
ふわりとした感覚があって。
私は、王子に抱きかかえられて地面に着地した。
「クレナ、無事でよかった」
王子様が私を抱きしめる。
ちょ、ちょっと。聞いてないんですけど。
こんな時なのに。
すごく、ドキドキする。
「ご主人様、強く願って魔法をかけて。あの影を倒したいって!」
キナコが竜王を見ながら大きな声で叫ぶ。
「ねぇ、ホントに悪いドラゴンなの? 竜王様なんでしょ?」
「あれは影なの! 竜王なんてとっくに死んでるの! だから早く!」
影?
確かにずっとキナコがそういってた気がする。
悲しそうな竜王の瞳を見つめる。
わかった!
キナコを信じる!
「テ、テイミング!」
ファイヤーボールの掛け声だとなんだけ変だったから。
詠唱するときに決めた新しい掛け声。
きっとテイミングも変だとおもうんだけど。他に思いつかなかったから。
次の瞬間。
私にそっくりな姿だったキナコが輝きだし、大きなドラゴンになる。
竜王の影とキナコ。
ほとんど同じくらいの大きさ。
二頭のドラゴンは、同時にブレスを吐いた。
竜王の影から出される黒いブレスと、キナコの赤い炎のブレス。
やがて。
キナコの赤いブレスが黒いブレスを吹き飛ばし、竜王の影を包み込んでいった。
竜王の体は。
まるで氷のように、黒い霧を噴き上げながら消えていく。
本当にこれでよかったのかな。
何か方法はなかったのかな。
気が付くと涙が頬をつたっている。
私は何が悲しいのだろう。なんでこんなにも胸をしめつけられるんだろう。
ふと、消えかかっている竜王と目が合った。
「これでよかったのだ、心優しき乙女よ」
片言じゃない、きれいな声が聞こえる。
影に飲み込まれていない、本当の竜王の声だ。
「我はすでに死んでいる身。かまわないのだ。悲しむことはない」
「竜王様……」
「だが……せめて、あらたなる乙女に真実を伝えねばならん」
竜王の記憶の一部が私の中に入り込んでくる。
初代星乙女との楽しかった旅の記憶。
流れ星を守るために戦った記憶。
魔物との戦いが全部終わった後に……人間にだまされて……。
乙女も、竜王も……最後は殺されてしまった記憶。
……ヒドイ。
こんなことって。
伝説がこんなにひどいなんて。
こんなに悲しいなんて。
「心して進むのだ。目に見えているものだけが真実ではない……また……会えて……よかった……」
キナコのブレスの勢いが強くなる。
「キナコ、ダメ! お願い、待って!」
「……みごとだ、若き竜王よ。……乙女を頼む……」
「あ……」
眩しい炎の光につつまれて。
竜王の体は完全に消えてしまった。
「ご主人様ー! 影倒したよー!」
キナコの体が子猫くらいに小さなり、こちらに向かって飛んでくる。
ポンっと大きな音がして。
人化して、私に抱きついてきた。
「キ、キナコ! ハダカ! ハダカだから!」
「えー? それくらいなんともないよ?」
「なんともなくないわよ!」
シュトレ王子が目を逸らしながら、マントを貸してくれた。
キナコはご機嫌な表情で、マントを羽織る。
「クレナちゃんー!」
リリーちゃんが泣きながら抱きついてきた。
「ごめんね。ありがとう、リリーちゃん」
「無事でよかったですわ」
周囲を見渡すと。
私を誘拐した宗教の信者も、助けに来てくれた騎士たちも。
沢山の人が倒れている。
無事……なのかな。
私は……。
消えていくときの竜王のやさしい瞳が……頭から離れなかった。
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