第23話 お嬢様と冒険者

 透き通るような青い空を見上げる。


 ――いつか。

 自分の力だけで、自由に飛びたいなぁ。


 飛空船の前にある丘の上で、しばらくキナコとでぼーっとしていると。



「うわあぁぁぁぁぁ」


 突然、大きな声が響き渡る。

 なんだろう?

 森の方向から聞こえた気がしたけど。


「助けてーーーー」


 やっぱり。

 森の奥から声が聞こえた。

 うーん。ここからだとよく見えない。


「お嬢様! 飛空船の中に避難してください!」

 

 声をきいたベンじいが、あわてて私の手を引こうとする。

 

 でも。

 振り返って、背中の翼を確認してみる。

 翼は長い状態のままキラキラ光っている。

 まだ飛べそうだ。


「ゴメン、ベンじい。ちょっと見てくる!」 


 私は、空に飛び上がって、森の方向をみつめた。

 キナコも羽をパタパタさせてついてくる。

 

 結界の先の森で……。

 なんだろう、土煙があがっている?

 その先には……バスケットを抱えた男の子が、二つの黒い影に追われていた。


 あの影には、見覚えがある。

 乙女ゲーム『ファルシアの星乙女』で出てきた小鬼、ゴブリンだ!

 人の子供くらいの大きさで。ゲーム序盤に出てくるモンスターだったはず。

 

 男の子は、必死に結界の中に逃げ込もうと走っているけど。

 このままだと確実に追いつかれる。


 ……どうしよう。

 ……どうしよう。


 急いで、町に行って、お母様を呼びに……。 

 

 ……ううん、間に合わない。

 

『いい? 絶対に、結界から出ないこと! 外には強いモンスターがでるからね!』

 お母様の声が頭をよぎる。


 でも……。

 だって……、このままじゃ。


 ……私は、なんの冒険者になりたかったの?

 胸躍る冒険の為?

 うん、そうだけど。そうだけど、でも。

 モンスターを退治して、困っている人を助けたりして……。

 そんな物語の主人公に憧れて……。

 

 ……だから。


 …………いくよ!!



**********

 

 大丈夫。

 必ず助けるから!

 

 上空から一気に結界を超えて、男の子とゴブリンの間に着地した。


 男の子は、私に驚いて道に座り込む。

 持っていたバスケットから草花が飛び出した。


「がるるるるるぅぅ」

「ぎゅるるるるぅぅ」


 ゴブリン達は、突然現れた私に、敵意を向けてくる。

 私と同じくらいの背の高さ。

 緑色の肌、吊り上がった金色の目。とがった耳。


 手に持った斧を振り回して近づいてくる。

 やっぱり……怖い。怖いよぉ。


 (大丈夫、大丈夫。訓練通りに)


 私は、右手に意識を集中して、光の剣を作り出した。


 ゴブリン達の刃が襲い掛かかってきた。


 彼等の攻撃を、交互に剣で受け止める。

 鈍い音が森に響き渡った。


 (これなら、いけそう!)

  

 しばらく受け止めた後、攻撃に切り替える。

 ゴブリンが攻撃の為に武器を振り上げた瞬間、私は思いきり剣を振りぬいた。


 武器は、二つに折れ、刃の部分が森の中にくるくると飛んでいった。


 動揺するゴブリン。

 今だ!

 もう一匹の武器も同じように切り裂く。


「ぎゅるるるう」


 ゴブリン達は、叫び声をあげると、森の中に逃げていった。


 ……ふぅ。

 よかったぁ、何とかなったよ。

 私は、男の子のほうに振り返り、笑顔を向ける。


 「もう大丈夫だよ」


 男の子は、安心した表情で私の方を向いた。

 次の瞬間。

 背後から大きな音がして、男の子の顔が恐怖でひきつった。


 「……後ろ!」


 振り向くと、森の中から、大きな影が現れた。


 このモンスターも……知ってる。

 人食い鬼、オーガだ。

 ゲーム中盤で出現する、ボスクラスの巨大モンスター。

 なんでこんなところに!


「逃げて!」


 私は男の子に叫ぶと、オーガに向かって走っていく。


 オーガは、片手を大きく振りかぶると、その大きな巨体からパンチを繰り出してきた。

 私は、剣を両手に持ち、オーガの拳を受け止めようとする。


 ガキーン! 大きな音が響く。

 拳の勢いを消すことが出来ずに、近くの木まで吹き飛ばされた。


 鎧がへこんでいるのが見える。

 全身を強く打った? 痛い、痛いよぉ。

 オーガは私を追いかけてきて、再びパンチを繰り出す。


「ご主人様あぶない!」


 キナコが、オーガの顔にとびついた。

 私はギリギリで避けると、そのまま上空まで退避した。


「キナコ!」


 キナコは、引きはがそうとしたオーガの手をするりと抜けて、私のそばに逃げてきた。


「キナコ大丈夫?!」

「ボクは大丈夫だよ、ご主人様は?」

「なんとか生きてるよ。ありがとう」


「ぐぉぉぉぉお」


 オーガは、近くあった岩を持ち上げて、私達に向かって投げつけてくる。


 どうしよう、どうしよう……。

 そうだ!

 わざとオーガの前を通過して、結界とは反対側に飛んでみる。

 オーガは私の後を追いかけてきた。


 よし、狙い通り。

 これで、男の子は結界まで逃げれるはず。

 あとは遠くまで誘導してから、空に逃げれば。


 そう思って、飛びながら振り返ると。

 オーガは止まっていて、臭いをかぐ仕草をしていた。

 え? なに?


「ぐぉぉぉぉおぉぉぉ」


 オーガは、突然方向を変えて、男の子に向かって走っていく。

 その先には……。男の子が見えた。

 彼はまだ逃げてなくて。バスケットから落ちた草花を拾い集めている。


 なんで、なんでよ!


 どうしよう。

 私の剣はオーガに通用しない。


 お母様の言葉を思い出す。


『ランスは、大型の魔物向けだから』


 ……そうだ、ランスを使えば。

 せめて足止めだけでも出来るかも!


 手の平に意識を込める。

 お願い! お願いします! ランス出てきてっ!!


 光の剣は消えて。

 赤い大きなランスが出現した。


「キナコ! お母様を呼んできて! 早く!」

「ダメだよ。ご主人様逃げて!」

「キナコお願い!」

「……わかったよ。すぐ連れてくるから! それまで無理しないでね!」


 訓練の時のお母様を思い出す。

 よし……いくよ!

 一気に上空に飛び上がる。

 オーガはまさに、男の子に襲いかかろうとしていた。


 私はオーガの正面に回り込むと。

 加速して、一直線にオーガへ下降していく。


 ドーーーーン。


 ランスが無防備なオーガの胸に突き刺さる。

 オーガは驚いた表情で、私に向かって腕をふりかぶったけど。

 バランスを崩して、地面に倒れた。

 そして、そのまま動かなくなった。


「倒した? 倒した、倒したよぉ……」


 あとは、男の子を助けないと。

 でも、もう体が動かない。


「お願い! 結界まで走って!」 

 

 声を振り絞って叫ぶ。

 次に何か来たら、もう何もできないや。

 

 あーあ。

 言いつけをやぶったからだよね。

 お母様……お父様……ごめんなさい。

 

 ……男の子、ちゃんと逃げれたかなぁ。

 キナコも……大丈夫だよね。

  

 ぼやけた視界の中、空に赤い光がみえる。


 なんだろう。

 

 赤い光はだんだん近づいてくる。

 あれ……もしかして。

 お母様? ……お母様だ!


 安心した私は、意識を失ってしまった。

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