第22話 お嬢様と空の散歩

 次の日。

 お母様が私を連れてきたのは、飛行場だった。

 飛空船は、既に準備が完了しているみたいで。真ん中の魔法石がキラキラ光っている。


「お母様。今日は、飛空船でお出かけするの?」

「ええ、そうよ」


 やったー!

 今日はドレス姿じゃないから。飛行船の中を探検できる!

 嬉しくて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。


「よかったねー、ご主人様!」

「しーっ!」

「……クレナ? どうかしたの?」

「よかった……、えーと。そう! お母様とご一緒できて、よかったなーって」

「うふふ、そう?」

「うん!」

  

 ふぅ。

 このおしゃべりドラゴンは、人前でしゃべらない約束をすぐやぶる。

 ……まさか、わざとじゃないよね?

 肩のキナコをじーっとにらむと、ペロッと顔をなめられた。

 あ~、この子天然だわ……。


「もう準備はできておりますじゃ。荷物の積み込みもおわっとりますぞ」

「ありがとう、ベンジャミン」

 

 ベンじいは、ちょびヒゲをつまみながら、話してくる。 

  

「さぁ、いくわよ、クレナ」

 

 お母様が、優しい笑顔で手を差し出してくる。


「ハイ!」


 私はお母様の手をとって、飛空船に乗り込んだ。



**********


「見て、お母様。雲の中の魔力が、あんなにキラキラ光ってる!」

「うふふ、キレイねー」

 

 四度目の飛空船。


 お母様との空の旅は、すごく楽しかった。

 一緒にデッキにあがって空を見たり、飛空船の中を探索したり。

 キナコはソファーの上で丸まってずっと寝ていた。

 やっぱり、行動が猫っぽい。

 ……ひょっとして、ドラゴンと猫って先祖が一緒だったりするのかな。



 二時間くらいして。ベンじいの声が船内に響きわたった。


「見えてきましたぞー」


 窓から外の景色を見る。森の中に、小さな町が見えた。

  

「お母様、ここは?」


 お母様は、懐かしそうな目で、景色を眺めている。


「ここは、ハルセルト領の一番南端の町、アーカトルよ。外には森が広がっているでしょう?」 

「一番、遠い町?」

「そうよ。森の途中にある、魔法の壁が見える? あそこまでがハルセルト領」


 森の奥をよく見ると、光の壁が見える。 


「あの壁はね、外の世界との結界。魔法の壁の向こうはハルセルトの領地ではない、危険なところなのよ」


 あらためて、窓の外を眺める。

 

 町の人が珍しそうに飛空船を見上げているのが見えた。

 この辺りには、飛空船があまりこないのかな?


 

**********


 飛行場に到着すると、町長をはじめ、町の人がお出迎えしてくれた。


「まぁまぁ、アーカルトへようこそ。ハルセルト伯爵夫人、ご令嬢クレナ様」

「お久しぶりね、市長さん。今日は空をお借りするわね」


 町長さんは、ふくよかな白髪の女性だった。

 お母様と笑顔を交わしていた。なんだか、昔からの知り合いみたい。

 あれ?

 でも、『空を借りる』って?


「さぁ、クレナ。ご挨拶しなさい」

「はじめまして、リード・ハルセルトの娘、クレナです」


 軽くスカートを持ち上げてニッコリ笑う。


「ふふふ、奥様に似て、とても可愛らしいお嬢様ねー」

「そうでしょ、とっても可愛いのよー」

「それでは、昔のように昼食の準備をさせていただきますね」

「ええ、ありがとう、町長さん」


 町長さん達は、挨拶が終わると町に戻っていった。



「さぁ、クレナ、訓練を開始するわよ」


 そうだった。ここって訓練で来たんだよね。

 お母様と私は、一度飛空船にもどって、魔星鎧スターアーマーを着る。


 

「うふふ。それじゃあ今日の訓練を開始しますー」


 お母様は、私の横に並ぶと、右の手をとった。

 握った右手が光りだし、キラキラと全身を光がつつむ。

 何だろうこれ、すごく温かい。


「これで大丈夫よ。クレナちゃん、魔星鎧スターアーマーを起動してみて」


 手を握ったまま、笑顔を向ける。


 私は、いわれたとおり鎧に魔力を流し始めた。

 あれ?

 なんだか、いつもより魔力がスムーズに流れていく。

 振り返って背中を見ると、キラキラ光る羽がお母様のものと同じくらい長くなっていた。


「ねぇ、お母様。これって……」 

「うふふ。これでお空を飛べるわよ」

 

 うそ、空に……飛べるの?

 

「そうねぇ、じゃあまず、空間に自分が浮かんでいる姿をイメージしてみて」


 ……空間に浮かんでいる

 ……イメージ。


「次に、想像したイメージを、そのまま魔法石に流し込むの」


 イメージを……。

 流し込む……。 


 その瞬間。足が地面から離れて、浮遊している感覚がした。

 え? なんこれ?


「お、お母様、浮いてる。私、浮いてるよ!」


 私は、お母様の目線くらいの高さで、ぷかぷか浮かんでいる。


「うふふ。次は空を見上げてみて」

「お空?」


 ぷかぷか不安定な状態で、空を見上げる。

 すごくキレイな青空が目に飛び込んできた。


「キレイでしょ。あの空に、自分がいるイメージを思い描いてみて」


 あの空に……自分がいる……イメージ……イメージ。


 気が付くと、地面からどんどん離れていく。

 なにこれ。

 これどうしたらいいの!


「お母様ー! こ、これ、どうしたらー」


 慌てる私の前に、お母様が飛んできた。


「うふふ、さすが、私たちの娘ね。こんなにすぐに飛べるようになるなんて」

 

 お母様は、手を差し出して私の両手を握る。


 ……温かい。


 なんだか、少し落ち着いてきてた私は、周りの景色を眺めてみる。

 小さく町の家々が見える。上には雲がすぐ近くにあって、手を伸ばしたら届きそう。

 空に流れる風が、すごく気持ちいい。


「おちついた?」


 お母様の優しい瞳が私を見つめている。

   

「……ハイ」

「それじゃあ、今度は少し動いてみましょうか。もう一度空間を意識してみて」


 お母様は、私の手を離す。


 えーと。空間を……意識して……。


 最初はゆっくり。

 徐々に、左右にも自由に動けるになってきいた。


「うふふ、もう大丈夫そうね。それじゃあついてきて」


 お母様は空を自由にくるくる飛び回る。

 私も、お母様の後について、くるくる飛び回る。


「うふふ、昔ね、この場所でたくさん飛ぶ練習をしたのよ、懐かしいわ」


 そうだったんだ。それで町長さんと知り合いだったのかな?

 空を借りるってこのことだったんだ。

  

 空からの眺めは、飛空船でみたものとは全然ちがって、視界を遮るものがなにもない。

 雲の中を突き抜けると、雲の中の魔力がキラキラと舞い上がる。

 すごい、スゴイスゴイ!

 大空を自由に飛び回るの、すごく楽しい!



**********

 

 しばらく空を飛び回った私たちは、元の飛行場に降り立った。


 久しぶりの地面は、なんだか揺れているような、ふわふわした感じがする。


「最初は、地面酔いすることがおおいから、おとなしくてなさい」 

「……ハーイ」


 これが地面酔い?

 なんだかすこし気持ち悪い。


「お母様は、町に行って町長さんとお話してくるから。いい? 絶対に、結界からは出ないこと!」

「結界って船から見た壁のこと?」

「そうよ。外には強いモンスターがでるから絶対出ないでね」


 空から見えた、森の光の壁を思い出す。 

 あれ? でも。


「結界があるのに、外に出られるの?」

「あの結界はね、モンスターが入らないようにしてるの。人や動物は自由に通れるわ。だから出ちゃだめよ!」

「わかりました。お母様」

「うふふ。それじゃあ、ベンじいと、ここで待ってるのよ~」

 

 お母様は、手を振って町に向かっていった。



 飛行場は、少し小高い丘になっていて、とても気持ちのいい風が吹いている。

 遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。

 私は、丘の上に座ったまま、お母様の帰りを待つことにした。 


「飛空船の中で お休みになりますか?」

「ううん、ここで大丈夫」


 ベンじいは、紅茶を用意してくれた。

 私は、微笑んでから受け取る。


 飛行船からひょこっと飛び出してきたキナコが、肩に乗ってきた。


「ご主人様、空の散歩は楽しかったですか?」

「うん、すごく楽しかった! キナコも一緒に来たらよかったのに~」

「ボクはあんなに早く飛べないよ。ご主人様の魔法があれば別だけど」

「えー、あれキナコ大きくなるし、目立つじゃん」

「平気ですよ、『竜使いの妖精姫』なんですから」


「それイヤなんですけど……」


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