第3話 あれから、10年経っていたとは

 『草の寝床亭』は、おじさんとおかみさんの二人が切り盛りする宿屋だった。


 同じ位の年齢の子供がいると言われたが、まだ小さい子供だ。一体なんなの、それってどうなの?


 おじさんは私の事を坊主と勘違いしていて、私は17才の女の子だと言うとガハガハ笑った。


「もう少しマシな冗談言えよ坊主。そりゃあ可愛い顔してるが、どう見たって10才位だろ」


 それってあれかな、若みえチート?いやさ、それならそれで身バレしないからよくね?


「・・・もういいよ、歳なんてどうでも。でもさ、私、女の子だからね。ついてないから、触ってみな」


 ぽんぽん、と腹の下を叩いてビシッと指を突き付けると、おじさんは何度も瞬きして眉を下げ私を見た。


「うーん、分かったよ。女の子なら、触ったり出来ねえよ。てか、もっと恥じらいを持て!」


「え、そんなもん、とっくの昔に捨てたわ」


 あの七年間で全部捨て去ったわ!仁王立ち。


「全くもう・・・まあ、ワケアリなんだろなお前。貴族だろ?魔力持ちだし。めちゃくちゃ可愛いのに男の格好までして・・・まあこんな山の辺りまで何しに来たのか知らんが、ジャンゴをもらった分は泊まってしっかり食っていけよ。ゆっくりしていきな」


 可哀そうな子を見る様な目でこちらを見ながらおじさんはそう言った。


 なので遠慮無くそうさせて貰った。前に居た時の知識で、この世界では魔力は貴族しか持たないらしいので、否定はしないでおいた。


 前と違って、今度はいい人に拾われて助かったわホント。


 『草の寝床亭』はこの近くのダンジョンに来る冒険者用の宿屋で、近くに小さいダンジョンが3つもあるので、宿屋が他にも何軒かあり、どこもわりと繁盛している様子だった。


 おじさんが私を男の子だと思ったのは、髪の毛が短いからだろう。着ている服もダメージジーンズにハーフブーツ、上は裏革素材のフェイクスキンシャツで、ボーイッシュな出で立ちだった。


 凹凸の少ないスーパースレンダーボディーなので、どうやら、外見はめちゃくちゃかわゆい少年に見えるらしかったのだ。


 それに女性の美しさの条件に、長く美しい髪も入るので、この国にショートヘアの女性はいないのだ。いいんだよ別にこの国で美人だと思われなくてもさ。

 

 この、『草の寝床亭』とても私に合った宿屋だった。気さくなおじさんと、おばさん、それに美味しい食事と清潔な寝床。最高だ。


 前の召喚時にはさんざん野宿もしたし、魔物ばかりしかいない様な僻地では、自給自足の生活だったので、鍛えられて狩も十分出来るので問題ない。


 体力のつけかたや、魔力の増幅方法、使い方モロモロ・・・非常に厳しく見張り役の三名に叩き込まれた。戦い方もだ。


 毎日身体中傷だらけになり、教えられて採取した薬草を全身に擦り込んで寝た。それ、めっちゃスース―した。


 この程度で治癒魔法を使うと、せっかく鍛えた筋肉もダメになると言われた。


 いや、あんた、わたし別に筋肉、ぜんぜんっ望んでないけど?


 もうホント、死んだ方がマシな位キツかった。耐えられたのは、精霊のお陰だった。


 三人に気付かれない様に、皆が寝静まると優しい言葉をかけて慰めてくれた。


 だから、今回はいいようにこの国に使われない様に逃げて、精霊を探し、また元の世界に還る。


 という完璧な計画で、居心地の良い『草の寝床亭』に居ついた。あの七年間を体験していれば、天国の様な生活だわ。


 宿賃代わりに手伝いをしたり、獣を狩り、珍しい木の実や果物を採って来たり等の生活をしていると、そのうちにおじさんに言われた。


 「ココ、家に食べ物やらを採って来てくれるのはいいけどよ、もうこの先一年分くらいは貰ってるからな、今度から獲物はギルドに持って行きな。ギルドに冒険者登録すれば、お前なら、じゃんじゃん稼げるぞ」


 ココというのは、私の名前が心美(ココミ)というのでココと名乗っているからだ。


 ちなみに前回の召喚では自分の名前は適当に付けた名前を名乗ったので、奴らは本名を知らない。


 『エリザベス』という縁もゆかりもない名を名乗っておいたのだ。プッ。笑える。


 だから、時々名前を呼ばれても気付かない時があったのは仕方ないと思う。


 それに、長い名前で呼ぶのは言いずらいので、愛称で『ベス』だとか『リズ』だとか呼ばせろと言われたが、断った。


「おい、今度からお前の呼び方は・・・」


「断る!」


 


 それにしても、ここに落ち着いて大分経過してから知ったのだけど、私が前回召喚されて瘴気を無くし終わってからすでに10年経っていたのだ。


「いやあ、本当に、緑の巫女姫様や三賢人の皆様には足を向けて寝れねえよ。あの方達のお陰でいまがあるんだからよ」


 伝説の勇者パーティーの様な位置づけだな。ソレ。それに三賢人てなんだよ。キチク系、三賢人?


 一人ツッコミ楽しい。


 マジであの三匹は雲の上の人らしく、誰かの話に出る時には皆、憧憬の念を隠しきれない有様だった。


 ちなみに『緑の巫女姫』は、世界を浄化すると天に還られたそうだ。へー。


 それでもって、今の所瘴気が前の様に蔓延して国が困っているような事は無いと知った。だいたい100年周期位でまた瘴気が多く沸き始めるらしいけど、今の所は深い山等に入らなければ、魔物に出会うこともないらしい。


「どゆこと?」


 じゃあワタシは何故ここに召喚されたのだ?誰に?何で?


 不可解極まりない話だ。




 所でおじさんちの子供って、10才の男の子だ。名をハリスという。


 素直で可愛いし宿屋の手伝いもよくする、親孝行な子だ。おじさん達には、私とハリスが同じ年くらいに見えるらしい。確かに体格や身長が同じ位なのは否めない。だが、違う。断じて違う!


 それに一度は23歳までこの国で過ごしたのだ。立派な大人だったんだよ私。涙。


 で、その時、暇だったので、宿屋の夕飯の支度を手伝いながら、おじさんに聞いてみた。


「ねえ、おじさん。精霊に会いたかったら、どうしたら会えるの?」


「精霊?精霊ねえ。そりゃあ物語りになら出て来るけどよ、実際に見たことも聞いたこともねえなあ。ココもたまには子供らしい可愛い事を言うじゃねえか」


 いえ、違います。冗談じゃねーよ。本気で聞いてるんだけど・・・。


「だって、会ったことあるもん」


「わははこりゃウケるな」


 うーむ、これ程笑われるとは思ってもいなかった。どゆこと?


 だって確かに、精霊だって本人?が言っていたのだ。私は精霊の姿を思い浮かべた。


 白いモフモフ毛玉。めっちゃ可愛くて癒された。


 おじさんだけじゃなく、おばさんにも、ハリスにも、宿屋の客にも聞いて回ったけど、この世界の常識では精霊は存在しない、想像上のものであった。げせん。




 

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