第8話 警察の男

「杏さん、知り合いに暇な警察の方がいたりしませんか?」


「暇…………かはわかりませんけどいつもすぐに駆け付けてくれる方がいます。もしかしたら他より優先してくださっているのかもしれないですけれど」


「そうですか。本当に暇そうだったらでいいので呼んで…………三日ほど予定を空けてもらえるかも聞いておいてください」


思考を巡らせ一つ一つ準備をしていく。

クロを犯人に仕立て上げようとしている猫を罠に嵌め、捕えるための準備を。




「住所からしてなんとなくわかってたが…………やっぱりお前の探偵事務所かよ‼てかなんで一緒にいる」


杏に呼ばれてやってきたのは随分と若い警察であった。

身だしなみはそれなりに整えられているが、その容貌と態度から幼さを感じる。


「杏さんから依頼を受けているので」


「依頼?」


「内容は秘密ですので」


「それくらいはわかってる」


子どもの様に睨む男の視線をそよ風の如く無視して静かな瞳で品定めするように見つめる。


性格はなんとなく把握した。

面倒な方向に話がそれるよりも先に本題の方を進めた方がいいな。


「取り敢えず、三日ほど手伝っていただけるということでいいのですか?」


「なんで俺が手伝わなきゃなんだ」


「杏さんのものとは別件で依頼を受けていたのですが、そちらの依頼がどうにも探偵には荷が重い内容でしたので警察の力を借りようと」


「だったら探偵、お前は手を引け。本当に警察や消防といった専門の力が必要なら、民間人がわざわざ危険な目に合う必要はない」


やはりと言うべきか、この男はどうしようもないほど私に対して嫌いの念を向けてくるが警察として民間人を危険から遠ざけることはしてくれるようだ。

そして何より、詳細な話を聞いていない今の状況でその行動をとっている。

果たしてこれは面倒事として扱われているのか、それとも単に善人なだけなのか。


「それで解決するのならすぐにでもそうしますとも」


「警察が無能だとでも言うつもりか?」


「いいえ、ただ今回の件には向いていないとそう言っているだけです」


「だったらなぜ俺を呼んだ」


「向いていないですが、必要ないわけではない。今回の件、最低一人最高一人の犯罪者をその場で捕まえられる人物が必要だったんです」


準備は着々と進んでいる。

こちらに杏さんが付いている以上嫌々ながらも協力自体はしてくれるはず。

問題があるとすれば、私を嫌っているこの人がどの程度自由に動くのかだけ。


「現行犯でなきゃ捕まえられそうにないと?」


「ええ、証拠もどうにか用意するつもりですが、如何せん難しそうなので」


合成だなんだと言われてはどうしようもない。

妖が犯人であることを証明するには、結局のところ実際に本物を見てもらうのが一番手っ取り早く一番確実だ。

そして、猫であればひっかかるであろう罠も、高度な知性を持つ相手には当然効かない。

ある程度の知性ある相手には、相手に合わせてある程度の罠を仕掛ける必要がある。

そして今回、罠にかけるための餌が私だ。


「それならいいだろう。それで、俺は何をすればいい」


「もっと疑ったりしないんですか?」


最終的に必ず協力してくれるという予想はしていたが、驚くほどすんなりと協力を了承した。


「お前は胡散臭いし、正直嫌いだけど……意味の無い嘘を吐くやつじゃないだろ?それにまぁ、杏さんも信じてるみたいだし」


成程、それが彼の中での私の評価か。

正直警察の中でも大したことのない方だと思っていたが、存外人を見る目はあるのかもしれないな。

犯人を見るよりも前にその特異性に気付かれないよう気を付けないと。


「では改めて、私は探偵の時津ときつしきです。少しの間ですがどうかよろしくお願いします」


「俺は斐陀野ひだの武振たけふる。杏さんの件は基本的に俺が受け持つから杏さんと一緒に居るのならこの先も時折会うだろう。まぁ、よろしく頼む」


二人はそう言って握手をした。

決して侮れない相手だと、そう認識しながら。

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