第5話 不幸

何も言わずに珈琲を二つ机に置き席に着く。

落ち着いた声で、話すべきことを話始める。


「話というのは当然、あなたが探している黒猫についてです」


明かさずに、ただ渡すだけの方が面倒事は確実に減る。

けれどもう気付いてしまった。

明らかな面倒事に気付いてしまった。


「あなたの飼っていた黒猫は人の言葉を話しますね?」


「……………………」


すぐに答えるとも思ってはいない。

私が唯適当なことを言っているのだとしたらここで頷くのは明らかな間違い。

確信を持たれない以上は何も答えてはくれないだろう。


「来てくれ黒猫」


名前は知らない。

だからただ、この家唯一の猫を呼ぶ。

姿を現した黒猫は今までで最も嫌そうな顔をしていた。


「杏さん、あなたが探している猫はこの黒猫で間違いないですね?」


間違いない。

私はもうわかっている。

その表情を見れば、細かな変化を見ればわかる。


「そして黒猫。君が彼女の元から消えた理由もわかっている」


黒猫はただ俯くだけ。

その理由もすでに判っている。


「君は本当に未来が見えたんだな」


「俺はそう言ったろ」


その眼はきっと不便で、言ったところでばれないとそう思ってしまう程度には未来が見えない。

なにせこの黒猫は、全てがわかっているほどつまらなそうにしていなかったから。


「君は彼女に降りかかる不幸をどうにかしたかったが出来なかった」


何度も何度も助けようとして失敗した。

未来を変えようと足掻き続けて、たった一度だって帰ることが出来なかった。


「だから君は考えたんだ。自分が不幸な未来を観測してしまったせいで確定した不幸が彼女を襲っているのではないかと」


「それが…………」


「ええ。それが彼があなたの元からいなくなった理由です」


けれどまだ話は終わっていない。


「しかし黒猫、君がいなくなってなお彼女は不幸にも数多の事件事故に巻き込まれ続けた。それどころか、今まで以上に攻撃的になっていった。ちがうかい?」


「その通りだ。杏は俺を追っていつの間にかこの街まで来ていて、そして俺は病院に運ばれる彼女を見た」


今まではせいぜいドジや不注意ですむ程度の不幸ばかり。

あっても割れたガラスや食器が刺さるくらいなものだったのだろう。

けれど彼女の不幸は度を越してきた。


「君が観測せずとも彼女は不幸な目にあいいつか命を落とす。そう確信した君は、未来を観測していない、未来を知らない第三者ならば彼女を助けられるのではと私に助けを求めた」


黒猫を追って彼女が私の前に現れれば、私が彼女を助けるために全力を尽くすことに賭けて。


「結果はこの通り、彼女は確かに私に護られた。君の視た未来とは違っているのだろう?なにせ君は、私の未来を視ていないから」


「…………そうだな。お前が俺の視た未来を変えた。あの場にいるはずのなかったお前が俺の視た未来においてのイレギュラーだった。だからきっと変えられた」


未来が変わったというのに、黒猫はあまり喜ぶ様子はない。

むしろ今までよりも暗いような気がした。


「そんな暗い顔しないでもいいだろう?これからは一緒なんだから」


「………………………………ッ⁉」


呆然としていて言葉が耳から耳へと通り抜けていったが、遅まきながらに黒猫は反応した。

それはもう驚いて、目を丸くしながら何も言わずにこちらを向く。

何を言うべきかがわからず小さく口を開けて固まった。


「彼女の不幸は君のせいではなく、彼女の不幸から護る方法もめどが立った。そうなれば君は再び飼われるのが当然だろう。それと、君達にはここに住んでもらう。私の手の届かない場所で危ない目に合われたら護ることが出来ないからね」


「何を言ってる。お前にされた依頼である猫探しは俺を差し出して終わったはずだ。これ以上は」


静かに、だが力強い否定の言葉。

それは既に終わったことで、ここから先は完全に無償労働。

それも命懸けの無償労働、付き合う方がどうかしている。


「助手が困っているんだ、助けるのは当然だろう?」


けれどもう決めたんだ。

面倒事だと理解しながら話した時点で決めていた、必ず解決すると。


「黒猫、私が彼女の不幸を目の当たりにした時に真っ先に思った、これは事件だと。彼女の不幸には理由があるとそう感じた。だからこそ不幸の勢いは増している」


「何が言いたい?」


「未来を視ずともわかるだろう?私が、彼女の不幸を断って見せる」


宣言を聞いた黒猫は、軽やかに杏の肩に上ると耳元で何かを囁く。

そしてそのすぐ後に、杏子が頭を下げた。


「では識さん、これからよろしくお願いします」


黒猫はバランスよく背中に移動して地面に降りる。


「俺はクロ。よろしく頼むよ名探偵」

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