第2話 全てが始まったあの夏の日
その日はやけに暑かった。
コンビニでアイスを買って家に帰る途中、公園を横切った時に話しかけられた。
「お兄さん、そこのお兄さん。俺にアイスを恵んでくれ」
お前を待っていたと言わんばかりの声に、つい足を止めて振り返ってしまった。
そこには、ベンチの上でだらける黒猫の姿があった。
一応公園の中をざっと見まわしたが、人はいない。
「今この公園には俺しかいない。安心しろ猫が喋ってるだけだ」
猫はそう言うと目を細めて笑った。
夏の暑さにやられたのかとも思ったが、声ははっきりと聞こえてきている。
普段ならこんな面倒くさそうなものに関わったりなどしなかっただろうが、その時の私は夏の暑さによって正常な判断が出来なかった。
私は猫の隣に座り、同じくコンビニで買った冷たい水を差しだした。
「…………お前さては性格悪いな?ペットボトルの水を猫が飲めるわけないだろ。というか俺はアイスをくれと言ったんだ」
文句を言う黒猫に、私は思わずため息を吐いた
「私が買ったのはコーヒーフロート、猫は食べられない。それに、普通はこんなことを想定して買い物はしない、だから君が飲みやすいコップや皿もない」
「正論言うなよ。反論できないだろ」
猫はつまらなそうに言うと、ペットボトルを押して私に返してきた。
「はぁ、なら私の家にでも来るか?」
「…………え、それ本気?人の言葉を喋るとかいう妖しい猫を家にいれるの?」
「別に来なくても構わない」
「あぁ行く、行くとも。困っているのは事実だ」
そう言って猫は帰路につく私の後ろを歩き始めた。
家につく頃にはアイスは溶けてしまったが、一応冷凍庫に入れる。
底の浅い器を探し、埃を被っていたので水で流し、さきのペットボトルの水を注ぐ。
律義に玄関で待つ猫の前に、水の入った器を置いた。
「ありがとう。それと、少し頼まれ事をしてくれないか?」
黒猫は感謝を述べながら、さらに迷惑を掛けようとしだした。
だがその時の私はやはりどうかしていた、その迷惑を掛けられてもいいと思ってしまったのだから。
「出来る範囲なら」
「そう言ってくれると思った。なぁに簡単なことだ、俺を雇ってくれ」
「…………私にそんな金はない」
「あぁ、衣食住の提供だけで構わないから。ん、猫だから、食住?」
慌てて頭を下げだす猫に、呆れてしまった。
「はぁ、わかったよ。ここに住むといい」
「それじゃあよろしく、名探偵」
「未だ一つの依頼も来ていないのだから、その呼び方は相応しくない
その時だった、扉がノックされたのは。
「良かったな。初めての依頼だ」
「まだ依頼かどうかはわからない」
「俺にはわかる。だって俺は未来が見えるんだから」
自慢気に眼を見開いていたのを私はよく覚えている。
きっと彼は、あの時すでに私の死を視ていたのだろう。
そしてその未来を変えるために、私に付いて来たのだろう。
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