■新品の翼

第50話


 あたしは金の目を見つめた。コルロルはあたしを見ていて、あたしもコルロルを見ている。そんなシンプルな行為に、幸福の意味を学んだ。


 吸い込まれそうって、こういうことを言うんだ。雪の気持ちだって、今なら分かる。溶けてなくなりそうだもの。


 熱くて溶けるんじゃなくて、もっとこう……訪れた春の陽気の中、ゆるやかに溶ける牡丹雪のような。温かい空気に包まれて、自分と他との境目が引き延ばされていく感覚。


 あなたが好きだと……ずっとずっと、好きだったんだって、伝えないと。


「コルロル、ちゃんと伝えたい。あたし、ずっとずっと、あなたを」


「おーい! コルロルー、レーニス!」


「レーニス、返事してー!」


 呼び声の方へ顔を向ける。遠く上の方に、移動しているランタンの灯りが見えた。


「リーススとライアンだ! 2人とも無事だったのよ!」


「え、ちょっと待ってレーニス。今なにか、とっても重要なことを言いかけて……」


「リースス! ライアン! あたしたちはここよ!」


 コルロルに感激を伝えてから、あたしはランタンの灯りへ向かって叫び返した。


 荷物を持ったライアンを置いて、リーススが駆けてくる。彼女はそのままの勢いであたしに飛びついてきた。


「レーニス! 良かった……! 本当に、無事で……」、そう言ったあとで、リーススは少し厳しい顔をした。「でも、飛行船から飛び降りるなんて、無茶しすぎよ。あの時はもう、あなたを失ったかと……」


「そんなことよりリースス、見て!」、彼女の肩を掴み、あたしは自分の顔をみせつけた。


 リーススは目をぱちくりさせる。「嘘……レーニス、満面の笑顔じゃないの……!」


「そうなの! ちゃんと心と繋がったやつ! あたし、嬉しいの。今とっても嬉しいの!全部わかる。あたしはリーススが大好きなのよ!」

 

 リーススは少しぽかんとしたあとで、幼い子供みたいに顔を歪め、堰を切ったように泣き出した。


「リースス、大好き! 大好き大好き大好き!」、リーススの手を掴んで飛び跳ねる。コルロルが後ろで「いちおう確認だけど、それはまさか、僕よりも?」と不服そうな声を出す。


「……もうっ、やめてよ」、泣きながら笑い、彼女は涙をぬぐった。「なんだか私……報われた。本当に、報われたわ。レーニスの笑顔を取り戻せたんだもの。私の十年は、無駄じゃなかったのね」


「不思議な灯りが見えたから、それを目印に飛行船を停めて降りたんだ。正解だったらしいな。レーニスもコルロルも無事で、まさに奇跡……」、大きなリュックを背負って追いついたライアンは、あたしの後ろを見るなり足を止めた。


「もしかして……コルロルか? コルロルなのか?」


 ランタンを持ち上げ、ライアンはどこか慎重な足取りでコルロルへ歩を進める。信じられない事実を、ゆっくりと受け止めるみたいに。


 灯りの先で、コルロルは「やあライアン」と軽く手を上げて見せた。この時はじめて気づいたけど、どうやらコルロルは裸体らしい。


「なんだコルロル、人間になれたんだな! なんだよ、姿がこんなに変わったっていうのに、すごく自然じゃないか! ただちょっと、裸は自然すぎるな」、そう言って、ライアンは担いでいたリュックを下ろした。


「コルロル、ずっと裸だったのね……気づかなかった」


「気づかないってありえるの? 見れば分かるじゃない」


「それどころじゃなかったから」


 コルロルは渡された服を頭から被った。


「そうだ、そこに腕を通して……いや違った、それはズボンだ」


 服を着るのは初めてのことだから、覚えたての子供みたいに苦戦していたけど、ライアンが手伝って着替えさせる。誰の服かは知らないが、多少ゆったりしたサイズだった。コルロルは自分の身につけた服を眺める。


「大丈夫? これ、ださくない?」


「初心者のわりにこだわるじゃないか。今まで裸で飛び回っていたんだ、上出来だよ」、ライアンはコルロルの長く伸びた髪を手に取った。「それより、髪が長すぎるな」


 そういう彼の向こうに、近づいてくる灯りが見えた。「まさか、ガルパスおじさん?」、あたしは目を細めた。


「ここまで追ってくるやつがいるとすれば、ガルパス以外にありえない。ほら、リーススレーニス、いそいで裾破って。ガルパスにはちぎれたことにしろ」


 ライアンにナイフを渡され、あたしとリーススは、言われたとおりスカートの裾を裂いた。裾にちりばめられた宝石を、おじさんに取り返されないようにってことだろう。


「ああ……せっかく似合ってたのに……お揃いなのに」


 コルロルは不満そうだったが、裾を裂く作業が終わるかどうかというところで、ライアンはおじさんへ呼びかけた。


「おいガルパス! あんたもしつこいな」、ライアンはランタンでコルロルを照らす。「見ての通り、コルロルはもうバケモノじゃない、いいかげん諦めるんだな」


「なに?」、おじさんはコルロルの姿を見るなり、憤慨して足を踏み鳴らした。「くそっ、これじゃあ金にならん! しかしリーススとレーニスが勝手に着たワンピースには」


「悪いが破れたらしい。ごらんのとおりだよ」


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