第47話


 前を向いたまま、ライアンは静かに語りだす。あたしは彼の話に耳を傾けた。


「でも最近、その母親を見つけた。って言っても、別に探してたわけでもないんだけど。歳は食っていたが、一目で母親だと分かったよ。でも向こうは気づかなかった。視力を失っていたんだ。俺は彼女に近づき、接触をはかった。自分が息子だとは明かさずにね」

  

 中年の女性に、ライアンが声をかける様子が頭に浮かぶ。目の見えない女性なら、杖をついているかもしれない。


「近づいたのは、ちょっとした興味からだったと思う。もうほとんど覚えてもいなかったから、俺の母親は、どんな人だったのかなっていう……。話をしているうちに、彼女が病気だと知った。高額な手術を受けなければ、もうすぐ死ぬんだそうだ。それを聞いたとき、俺の中にはあらゆる感情が駆け巡った。ものすごく……ものすごく複雑だった。母親に捨てられたせいで、俺は普通の生活ができなかったし、盗みを繰り返す日々にも、罪への罪悪感にも、うんざりしながら生きてきた。はっきり言って、自分は汚い存在だと思って生きてきた。そしてそれらの背徳感や苦しみは、すべて母親のせいだと思って生きてきた。病気で死ぬ? 自業自得、因果応報……あらゆる言葉や感情が俺の中に生まれたが、最後に辿りついたのは、母親に抱きしめられたときの匂いと、ぬくもりの記憶だった」


 一呼吸分の間があり、ライアンは続ける。


「気が付くと俺は走っていた。金を集めるために……。その時気づいたんだ。俺は本当は、母親を憎んでいなかった。愛されたかっただけなんだって。そういうことも、あるんだよ。自分の感情は、あんがい自分では分からない。君は、コルロルを憎んでいた。でも、失われた感情は別の感情でおぎなわれるとも言っていた。その失われた感情がなんだったのか、君は知る必要がある。 レーニス、真実を見極めるんだ」


 気が付くとリーススは泣いていて、銃弾は止んでいた。


 顔を上げることができた。あたしはコルロルを探した。やつは複葉機の翼につかまり、兵士からライフルを奪い取ったところだった。しかしそこを、軍のゴンドラから突き出した速射砲が狙い撃つ。

 

 コルロルの硬い皮膚は、もう脆くなっているのだろう。まるで人間が撃たれたときと同じだ。皮が破れて血が噴き出す。


 コルロルは複葉機に爪を引っかけて体を支えているが、今にも落ちてしまいそうだ。


「これだけは言っておくがレーニス、君はガラクタでも人形でもない。リーススやコルロルが、君を想っているから。2人に想われる君は、間違いなく綺麗なんだよ」


 ライアンは飛行船をコルロルへ近づけるタイミングを計っているようで、いつになく集中していた。でも、そう言った彼の声は、子守歌のように優しかった。


 あたしはリーススに背を向け、昇降口に立った。


「リースス……あたしは結局、リーススの真似しかできないみたい」


『死ぬときは、一緒だよ』、そう言って笑った、テディの姿を思い出す。


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