第45話
「違うのリースス」
「魔女って、もしかして僕が会ったあの魔女? 僕とレーニスが会えるように言ってくれたの? それなら君は恩人だ」
話が入り乱れる。あたしは操縦席の背もたれをつかみ、ライアンに助けを求めた。
「ライアン、なぜこんな時に限って黙ってるの? 2人に説明して」
「いや、ははっ。悪い、君たちのやりとりが面白くってね。リースス、コルロルとレーニスが会ったのは、正真正銘10年ぶりだ。2人が会えたのは、君が魔女に願ったからだろう」
ところどころで後ろを振り返りつつ、ライアンは簡潔に説明してくれた。レーニスは「そ、そうなの……やっぱりそうよね」と納得した様子だ。
「それで、2人が交際しているって話だけど、あー……、10年前の幼いレーニスとコルロルは、恋人同士になる約束をしたんだ。でもレーニスは覚えていなかったし、今もそんな気はないらしい」
「そんな気はないって、君は失礼な……」
ライアンをねめつけるコルロルの言葉が、尻すぼみに消えていく。と同時に、コルロルの巨体が、ふっと背中から落ちていった。「きゃああ!」、リーススが悲鳴をあげる。
しかしコルロルの触覚は、飛行船のあらゆる箇所に巻き付いていたから、落っこちるということはなかった。飛行船のゴンドラから、さかさまにぶら下がっただけだ。
「そういえば、そうだった……僕、フラれたんだ……」
弱々しい声が、ゴンドラの外から聞こえてくる。フラれた……っていうのは、あの時のことだろう。頭の中に何度も何度も流れて止まない、翼の中で交わした会話。
「コルロル、変な落ち込み方はやめてくれ。フラれたことを思い出してしまったから、レーニスと顔を合わせづらいんだろうが、飛行船の旅はまだ続くぞ」
昇降口に、コルロルが戻ってくる。しかし、ライアンに言われたからじゃないらしい。
「ライアンまずい。やつら追ってきたみたいだよ」
コルロルが言うのと同時、ギン!と金属がぶつかる音が船内に響いた。「なに?」、ライアンは後ろを振り返る。あたしもコルロルの横から顔をだして後ろをみた。
どうやら軍の飛行船が追ってきたらしい。この飛行船よりずっと船体が大きく、ゴンドラは金属に覆われている、立派な飛行船だ。ゴンドラの先端には細長い円筒が突き出しており、ライアンが「おいおい、速射砲つきだぞ」と言ったから、速射砲という、銃のようなものなのだろう。
それだけじゃない。飛行船のほかにも、小型の航空機が二台、あたしたちの飛行船を挟みうちにすうような進路で迫ってきている。「複葉機まで!」とライアンが言ったから、複葉機という乗り物なんだろう。人が乗っている船体を中心として、上下二枚に重なる翼が左右に広がっている。トンボみたいな形の乗り物だ。
追い上げてくる飛行船たちを確認し、ライアンはコックピットにずらりと並ぶ計器類をはたいた。
「くそ! なんてしつこいやつらなんだ! 俺は食べ物でもなんでも、ねばねばしたしつこいのが大嫌いなんだ!」
「そういえば、当たり前に操縦席に乗ってたけど、ライアンは操縦士の免許を持ってるの?」、ふと気になって尋ねる。
「もちろん持ってないが、操縦は何度かしたことあるから大丈夫だ! それよりも今はあいつらをどうするかだ。気嚢の内部まで銃弾が貫通したら、この飛行船は爆発するかもしれない」
旋回するプロペラの音が、風音に紛れて近づいてくる。複葉機がすぐそばに迫ってきた。
「おい貴様ら! さっさとそのバケモノを渡せ!」
複葉機から叫ぶ人物を見て、ライアンはいよいよ頭を抱えた。
「ガルパス……あんたの顔はとっくに見飽きたよ! しつこいにもほどがあるぞ!」
「怪物を取り戻さんことには、懸賞金もでらんのだ! おとなしくそいつをよこせ! さもないと飛行船ごと撃ち落とすぞ!」
おじさんとは反対側の複葉機も迫ってくる。それに気が付いた時には、船体の兵士が持つライフルの銃口に、火花のような光がちかちか見えていた。あたしはリーススを床に押し付け、その上に覆いかぶさった。
けたたましい音で窓が弾ける。ゴンドラ内のあらゆる箇所へ銃弾がぶつかる。
「どうする! これじゃあ顔を上げることもできない! 本当に墜落するぞ!」
ライアンも操縦席にしゃがみこんで叫ぶ。その背中にはガラスの破片が散らばっている。
あたしは考えた。どうすればこの状況を打破できるのか。こちらに武器はない。それに比べて、相手は武器を備え、小回りの利く航空機と立派な飛行船で攻めてくる。どう考えても、一方的な展開しか見えない。
「レーニス、そのままじっとしてて」
コルロルが背中に手を置いたのが分かった。あたしは少し顔を上げる。
「どうするの? いったん着地するっていうのは?」、思いつきの策を口にする。
「その間にこの飛行船がダメなる。こんなに撃ってこられちゃ、ライアンも操縦できないし。撃ってくるヤツを止めるしかない」
「……まさか、行く気? もう、飛べないでしょう?」
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