■死ぬとき

第44話


「ひき殺されるかと思ったよ」


 開けっ放しの昇降口に捕まるコルロルは、生きた心地がしない、というように長く息を吐きだした。腕だけでは不安なのか、座席や飛行船の尾翼にまで、黒い髪の毛みたいな触覚を巻き付けてバランスをとっている。


「ははっ、生きててよかったじゃないか。それにしても、こっぴどくやられたな。翼もボロボロだ」


 操縦席で、ライアンは顔だけ振り返り、コルロルのぼろぼろの姿を手で示す。


「やつら無遠慮に撃ってくるんだ。あんな大人数に撃たれるものの気持ちが、まったくわかってない。少しは回復したけど、しばらくは動けそうにないよ」


 一安心したのか、コルロルは伏目がちに一呼吸を置いた。が、すぐにはっとしてあたしを見た。


「レーニス大丈夫? 軍のやつらにやられなかった? 街の連中は最悪だったよね。あんな火のついた棒で殴るなんて、心あるものの所業とは思えない。火傷は? ひどくなかったの?」


「……大丈夫。服は焦げたけど、火傷は軽傷だった。さっきの兵士たちには、銃を向けられただけだったし」


 自分の目の前にコルロルがいて、生きて動いていることが、なんだか奇妙に感じられた。もう死んだんじゃないかと思っていたから。コルロルは本当に不死身なのかもしれない。


「そっか……よかった。本当によかった。君になにかあったら、僕はどうしようかと……」


 あたしはコルロルを見つめた。やつの金の目は細まり、うるうると瞳が光っている。心の底から心配しているように見えて、思わずあっけにとられる。


 こんな目を、見たことがある。迷子になったあとのあたしを、父さんが、リーススが、見つめる目だ。


「あなたの方こそ、大丈夫なの? あんなに撃たれたのに」


 コルロルはきょとんとしてこちらを見返した。「……レーニス、心配してくれるの?」


「心配なんかしてない」


 やつの横腹あたりに目がいく。家の外壁がはがれ落ちたみたいに、横腹の辺りの外皮が、広い範囲で損なわれている。そこからワイン色の血がどくどくと流れ、いったん足元まで落ちると、飛行船の後方へと散っていく。飛行船が残す、道しるべみたいに。


 体が大きいから、致死量となる出血量も多そうだけど、こんなに血を流していて大丈夫なのか。


「そっか……心配なんてしないか……。なんかちょっと、クールになったね、レーニス。もっと怒りっぽかったのに」 


 なにか気づいたように、コルロルの目が動く。やつはあたしの姿を上から下まで眺め、「え、なんでそんな可愛いかっこうしてるの」と、三角の耳をピンと立てた。


「ああ、この服」、心持ちスカートをもちあげる。「おじさんの荷物にあったの」


「そ、そうなんだ。そっか……スカートなんだ……へえ」


「……なぜそんなに見るの?」


「え、ごめん。そんなに見てた? なんだか、目が離せなくなったんだ」


「コルロル、素直すぎるぞ」、前を向いたまま、ライアンが笑う。「そういう時は褒めるもんだ。すごく似合ってる、とか、世界一可愛い、とか、天使が舞い降りたかと思ったよ! てのもいいな」


「君に言われなくても、思ってるよ。でもそんな褒め言葉は陳腐だ」


「それよりコルロル、リーススとは初めてなんじゃないか?」 


 言われて、コルロルはあたしの隣へ目を向ける。やつと目が合うと、リーススは「はい」と小さく手を振った。


「レーニスのお姉さんだよね? ごめんね、気づいてなかったわけじゃないんだけど、ひとまずレーニスの無事を確認したくて。レーニスの言っていたとおり、本当にそっくりなんだね」


「よく言われるわ」


「コルロル、テディを覚えてるだろ? 俺たちはアルスト山でさんざんリーススを探してたけど、なんとテディの正体がリーススだったんだ。ずっとリーススを連れながら、リーススを探してたってわけさ」


「テディ? 君がテディなの? 一気に親近感がわくよ。僕はコルロルって呼ばれてる。よろしく」


 昇降口の上の部分に片手で捕まり、もう片方の手をリーススへ差し出す。巨大な手に戸惑いつつ、リーススは一本の指に手を乗せて、2人はいびつな握手を交わした。


「ごめんなさい、ぬいぐるみになってた時のことは、ぜんぜん覚えてないの。でもありがとう。一緒に旅してくれたみたいで」


「え、そんなこちらこそ。一度、お姉さんにはちゃんと挨拶しないとって思ってたんだ」


 コルロルはバランスの悪そうな立ち位置で、居住まいを正した。


「10年前からレーニスとお付き合いをしているものです。名前はさっき言ったけど、コルロル。そう呼ばれてるだけで、実際には名前なんてないんだけど」


「え、なに? お付き合い?」


 名前のことなんてどうだっていいらしいリーススは「お付き合いってなに? 10年前から? どういうこと?」、とこちらに詰め寄る。


「リースス、違うのこれは……」


「憎いって言ってなかった? 本当は10年間も交際してたの? こんなの聞いてないわ」


「いやだから」


「本当なら正装して、僕から家を訪ねないといけないんだけど、まさかこんな形で会うことになるなんて」


 混乱するリーススに構わず、コルロルはどこか照れた様子で話を続ける。正装って、コルロルはなにを着るつもりなんだろう。


「私が魔女に願ったから会えたんじゃないの? 本当は今までも会ってたの?」


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