第43話
隊長は顎をあげ、軍帽の下から冷静な目でライアンを見ていた。彼の言葉を吟味するように。
「お前はいいのか? ここで殺されても」
「……なんていうのか……俺は自分が生きるために悪いことをしてきたし、大勢の人に迷惑をかけた。ここで殺されても、それが断罪だと認められる。でも彼女たちはなにもしていない。なにもしていないのに、火に焼かれ棒っきれで殴られたんだ。可哀想な被害者だ。あんたは軍の長だろう? 正義のため、武力を行使しているんだろう? それなら、無罪の少女を殺してしまおうとしている現状について、もう少し考えるべきだ」
言われたとおり、隊長は考えるような間を置いた。まだ銃は降ろされていない。ややあって、隊長は言った。
「そこの2人は、街に連れ帰ってもいい」
「街に? それは……助けるということか?」
「実を言うと、今回の件で街の連中の不満が高まり、収拾が難しそうでな。やつらの目の前で魔女を処刑すれば、少しは鬱憤も晴れるだろう」
ライアンはその顔に驚愕を浮かべ、この世のものとは思えない、魔物でも見るような目で隊長を見つめた。
「……本気か? 本気で言ってるのか? これだけ言っても、まだ自分たちのしてることが分からないのか?」
「貴様には分からんかもしれんが、私には一隊の長として果たすべき責務がある」
「責務……隊長としての責務か。しかしあんたは、隊長である前に一人の人間だ。人間としてのあんたの心は、無実の少女を殺すことに納得しているのか? そんなはずはない。地位を持つ人間は、その肩書にとらわれすぎる。与えられた肩書どおりに振舞わずにはいられなくなる。しかしあんただって、いつかは年老いて第一線から退く時がくる。その時に残るものを、想像できているか?」
ライアンの語りかけは力強かった。少なからず、隊長の決断は揺らせているように見える。天秤の両端になにが乗せられているのか、右に左に秤はうごき、けれどそう時間はかからないうちに、どちらかが沈んだらしい。
「……これ以上話す必要はない」
隊長の銃は、まっすぐにライアンを捉えたまま動かなかった。今一度、兵士たちは銃を構えなおす。隊長の一声で、いつでも発砲できるよう、しっかりと狙いを定めている。
「誰を殺す……話をしてるんだ」
唐突に、兵の群れの中で翼が広がった。翼に押された騎馬たちは、まるでドミノ倒しのように、にわかに中から崩れ「コルロル!」、まるでヒーローの登場のように、ライアンは叫んだ。
「怪物め! まだ生きていたか!」隊長も叫び、銃口がコルロルへ向く。
そのころには、コルロルはすっかり立ち上がり、数人の兵を手と触覚を使って持ち上げ、隊長の銃も触覚によってすぐに巻き取られていた。
「リーススレーニス! 走れ! 走れ走れ! 飛行船に乗るんだ!」
あたしたちは全力で飛行船へ走った。あとを兵士が追いかけてきて、銃を構える。ライアンは飛行船からおじさんの荷物を取り出し、「俺からプレゼントだ!」と兵の前に中身をぶちまけた。
この時あたしは、人の丸裸の欲というものを、初めてみたかもしれない。それまで従順に任務を遂行していた兵士たちが、一斉に馬から飛び降り、我先にと金や宝石に手を伸ばすのだ。
「すごい……これが、欲……」
「感心してる場合じゃないでしょう! はやく乗って!」
リーススに腕を引かれながらも、あたしはその光景から目を離せなかった。隊長と数人の兵士は制止しているが、ほとんどの兵士は地面の金に群がり、奪い合いまで起こっている。
「これって、いるの? 欲って、必要なもの? なぜ当たり前に備わっているの?」
「今はそれどころじゃない! ライアン急いで!」
ライアンは「早い者勝ちだぞー!」と金を奪い合う兵士へ叫びながら、ゆうゆうとおじさんの元へ向かう。
おじさんの横に足を折り、縄を切る。「金は至高の芸術品」、ライアンは兵士の争いを見渡し、「あんたの言う通りだったな」と、あっけにとられるガルパスおじさんの二の腕を叩くと、すぐに戻ってきた。こちらへロープを投げてよこし、自分は操縦席に飛び乗る。
「そいつを座席に縛ってくれ!」
言われた通り、操縦席の背もたれにロープを数周させ、硬く結ぶ。そうしている間に、飛行船が地面から離れる感覚があった。船内が揺れ、リーススは「飛んだ……今飛んだわ」と小さくはしゃぐ。
飛行船は湖のちょっと上あたりを不安定に滑空し、兵士たちの頭上へと向かう。金をひとしきり拾い終えたらしい兵士らは、統制された動きを見せ始めているが、まだ混乱の中だ。
「コルロルー!! つかまれ!!」
あたしはコルロルへロープを投げようとしたけど、飛行船の高度はまだそれほどあがらず、騎馬の頭上すれすれのところを推進していく。飛行船の起こす風が木々を揺らし、地面の草をなぎ倒し、兵士の軍帽を飛ばす。
「逃がすなー!! やつらを逃がすんじゃない!」、隊長は不明瞭な指示を叫び、兵士はコルロルの翼や腕にしがみつく。しかし直前まで進むと、彼らは地面にひれ伏して飛行船に当たるのを避けた。コルロルだけが立っていた。羽をむしり取られたような翼と、傷だらけの体が、飛行船の灯りにさらされ―――……すれ違うようにして、飛行船はようやく高度を上げ始めた。
こちらを見あげる兵士たちの姿が、みるみるうちに小さくなり、すぐに森の木々に阻まれ、見えなくなった。
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