第42話


「おじさんは、なぜそこまで金に執着するの? 恋なの?」


 怒りが広がっていたおじさんの顔に、じんわり笑みが滲みだす。おじさんは声をだして笑った。


「はっはっはっ」、おじさんの笑い声は鷹揚だ。大きなお腹の底から、声が出てくるみたい。「金は人が生み出した至高の芸術品さ。目も眩むほどのな。なぜ集めずにいられる?」


「子どもにあんたの歪んだ価値観を聞かせるな」、ライアンは後ろからリーススの耳をふさぐ。


「私の考えが歪んでいると感じる貴様の価値観も、偏狭だがな」


「言っておくが、偏狭っていうのは」、とライアンがおじさんの前に立つ。2人の口論が再び勃発する前に、リーススがライアンの腕を引いた。


「そういえばライアン、聞きたかったの。爆弾をしかけたって言ってたじゃない? もうすぐ、あれから1時間が経つ。本当に爆発しちゃうの?」


 ライアンの意識がおじさんへ戻らないよう、リーススは一気にまくし立てた。


「ああ……悪い、言ってなかったっけ? 軍の連中に言ったことは嘘だ。事実なのは、軍の荷物の中に爆弾があったってことだけで、俺が盗んで街にしかけたって部分はまるっきり嘘っぱちだ」


「あの状況でそんな大嘘を?」


「口はよく回るんだ」


 ライアンは腕時計を確認し、暗い森へ目を向けた。


「それにしても、遅いな。そろそろ宣言した爆発の時刻だぞ」


 ライアンが軍と交渉をしてから、間もなく1時間が経過しようとしていた。


「それじゃあ、きっともうすぐ出発ね」


 出発の準備なのか、リーススはおじさんの荷物から自分の髪飾りを見つけ出し、髪を整えた。それが終わると、今度はあたしの髪だ。

 

 あたしは自分の足を抱えて座り、じっとしていた。リーススは髪を整えている最中に動かれるのが嫌いだった。


「星が綺麗だ」


 ふと呟きが聞こえ、顔を上げる。おじさんは夜空を見上げていた。つられて顔が空へ向く。複雑に重なる枝葉に縁どられ、深い群青の空が見えていた。ちりばめられた星々が、小さくきらめいている。


「ため息がでるようだ」


 そう言ったおじさんの目は、深いしわに覆われているけど、星のきらめきに負けないほど綺麗だった。おじさんのその表情と、夕焼けに染まるライアンの横顔が重なる。山へ落ちゆく夕陽を眺め、『綺麗だな』と彼は言った。


 ライアンへと目が動く。彼の横顔は、「おでましだ」と告げる。


 暗い森の中に、蛍火に似た灯りが見えた。それは兵士たちが掲げるランタンの群れだった。


「やあ、遅かったじゃないか。こっちは待ちくたびれてうとうとしていたところだ。でもま、ちゃんとコルロルを連れてきたようだな」


 先頭の列の後ろに、大きな荷車と、そこに縛られたコルロルの姿が見えていた。


「あれがコルロルね。ずいぶん大きいのね」、リーススはコルロルを見つめながら、ひそひそ声で言う。


「爆弾をしかけたという貴様の話は嘘だった。荷物を調べたが、爆弾の個数は減っていなかった」


 先頭の隊長らしき中年の兵士が、姿を現すなり、怒りを抑えた声で叫ぶ。ライアンは「ああ、バレたのか」と悪びれずに肩を持ち上げた。


「貴様! このような嘘は……!」


「お堅いあんたの背中を押すための方便さ。爆弾は嘘にしても、街一番の出資者はこっちの手の内だ。これは見まがいようのない事実だ」


 ライアンの片腕が、後ろのおじさんを示す。しかし、金属の擦れる音がして、一斉に銃が構えられる。ある銃はあたしへ、ある銃はおじさんへ、ある銃はリーススへ。そしてライアンへも。


 前を向いたまま、ライアンは「レーニス」と言った。あたしは木に立てかけてある剣を手にとり、おじさんの顔のすぐそばへ振り下ろした。ひ、とおじさんは短い悲鳴をあげる。


「忘れたのか? こっちには人質がいる」


「協議の結果、ここで全員殺せとのお達しだ」


「レーニス」、リーススがあたしの腕にしがみつく。


 ぴんと、両側から引かれる糸のように、一気に場の空気が張りつめる。その糸が真ん中からぷつりと切れてしまわないように、ライアンは「待ってくれ。俺の話を聞いてくれ」と慎重に呟きながら、両手を上げた。


 瞳はせわしなく左右に動いている。現状を見極めるように。


「なにか言いたいことでもあるのか?」


「もちろんある!」、隊長の問いに、おじさんが答える。「あろうことか私まで殺そうとは、いったいどういう了見で」


「あんたは黙ってろ」、おじさんのセリフをぴしゃりと跳ねのけ、ライアンは隊長へ体ごと向けた。


「この状況だ。逃げられそうもない。だからあんたに頼むが、2人の少女は見逃してやってくれ」、ライアンの目があたしとリーススへ向けられ、すぐに隊長へ戻る。「まだ子供だぞ。もちろん魔女でもない。俺が保証する」


 いつもの調子のいい物言いではなかった。ライアンは懸命に語り掛けている。


「勝手なことを! 私はまだまだ死ぬ気は……!」「おじさん、少し黙って。そういう状況じゃないみたいよ。あたしでも分かる」、あたしはおじさんの口をふさいだが、ライアンも隊長も、もはやおじさんの話に取り合う気はないようだった。


「そこの少女は、1人から2人へ分裂するという、あやかしの術を使った。私たちの目の前でだ。これが魔女の力でなくてなんだと言うのだ」


「もともと双子なんだ。急に現れたように見えたかもしれないが、最初から2人いたんだよ。とにかく、2人は巻き込まれただけなんだ。ここに来る前は、小さな民家で細々と暮らしていた。あの家に、帰してやりたい」


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