第41話


「やっぱり!」、リーススは感激した様子であたしの手を両手で握った。「そうじゃないかと思ってたのよ! そうでもないと、毎日毎日飽きもせず探しに行けるわけないじゃない!」


「え、そうなの? リーススも、あたしはコルロルに恋してると思うの?」


「感情を失くしてるから微妙なところだけど、10年も探したんだもの。少なくとも執着はしてるわよね」


 話を絞めるように、きゅっとリボンを結び、リーススは断言した。あたしはそのことについて考えた。いや、考えようとした。


 僕を愛して。


 まるで風だ。思考の隙間を見つけては、ふいに滑り込んでくる。あの時のコルロルが、頭から離れない。別のことをしているのに、気が付くと、あの黒い翼の密室に連れ戻される。


「コルロルに言われたの。あたしは怪物の仲間と思われたせいで火あぶりになったから、自分を殺せって。でも最後に、愛してると言ってほしいと。あたしは言えなかった。コルロルは、そのまま倒れてしまった」


 コルロルが倒れた衝撃で、足元の薪が揺れたのを覚えている。あの時あたしは、火の熱さをほとんど感じていなかった。


「もう、死んじゃったかしら。ライアンはコルロルが生きてると信じているみたいだけど、おじさんを人質にとったりして、こんな交渉は無意味かもしれない」


 リーススはじっとあたしの顔を見つめ、話を聞いていた。


「きっと、死んじゃったよね。銃弾で穴だらけだったし、燃えてたもの」


「レーニス……悲しいの?」


「悲しくない。でも、頭から離れないのよ。別のことを考えようとしても、集中できない。あの時のあの場所に、縛り付けられているみたいなの」


 リーススはあたしの頭を撫で、顔に垂れる髪を耳にかけた。慰めるとき、リーススはよくそうする。


「コルロルっていう怪物は、私の想像ともずいぶん違っているみたい。思っていたよりも、ずっと人間らしいのね」


「ええ。あたしよりもよっぽど。実際、コルロルは人間になれるかもしれない」


「人間に?」


 あたしはコルロルの首に下がっている、三角水晶について説明した。魔女に三角水晶をもらったこと。人間の感情を集め、コンプリートすれば人間になれること。


「きっと、私が会ったのと同じ魔女だわ」


「リーススもその魔女に?」


「ええ、きっとそうよ。でもそれよりも、あとは愛を集めればコルロルは人間になれるし、レーニスの感情も元通りに戻るのね?」


 あたしの肩を掴み、リーススは慎重にたずねた。


「そう言ってたけど」


「それじゃあ簡単じゃない! あとはコルロルに愛情を向けるだけよ!」


 あたしは辺りを見回してから聞いた。「誰が?」


「もちろんレーニスよ。私はコルロルを知らないし、他の誰かが怪物を好きになるとは思えない」


「リースス、無理なの。あたしはコルロルに会っても憎いだけだったし、その憎しみすら取られたもの」


 彼女は考えるように沈黙した。あたしは頭の中で状況を整理する。


「大丈夫。コルロルが死んでも、感情は戻る。いまさら感情が欲しいとは思わないけど、やつが死ねば勝手に戻ってくるそうよ。きっともうじきよ」


「レーニスに感情が戻るのは嬉しいけど……複雑ね」


「とっても単純よ」


「コルロルの死を喜べないもの。あなたが恋してる相手なんだから」


 リーススはあたしが恋をしていると思っているようだけど、あたしには恋愛というものが理解できない。誰かを想い夜も眠れないとか、どきどきと動悸がするとか、目が合っただけで赤面してしまうとか。話を聞く限り、病気の症状に似ている。


「恋ってなに?」


「え」、リーススはあからさまにぎくりとした。「ほら……、あれよ。恋っていうのは、その、どきどきするものよ」


「愛とはどう違うの?」


「そうね。愛と恋っていうのは……」


「リーススは恋したことあるの?」


「……………………もちろん」


「その間は」


「とにかく、説明が難しいわ。ライアンに聞いてみましょう」


 ということで、あたしたちはライアンに説明を求めた。彼はおじさんの荷物から取り出したと思われる、あらゆる宝石をじゃらじゃらと全身に身に着け、うっとりしながら話してくれた。


「恋……それは麻薬さ」


 あたしとリーススは顔を見合せる。


「麻薬だって」


「麻薬だってね」


「そう、この宝石と同じ。心を惹きつけ惑わせるんだ。店の店主に買い取らせるか、貴族に売りつけるか……俺を悩ます可愛いやつめ」


「これなんの話?」


「ライアンは宝石に恋したってことじゃない?」 


「貴様! わたしの財産に触れるな!」、足をじたばたさせて、おじさんは叫ぶ。「それが一体いくらすると……レーニス! リースス! なぜそれを着ている!」


 おじさんはあたしたちを見るなり怒鳴りつけた。


「おじさんの荷物にあった服だけど」


「そういえば、なんでおじさんが女物の服なんて持ってるの?」


「その裾についてるのはダイヤだぞ!」


 リーススは片足のつま先をぴんと伸ばし、自分の着ている服を後ろまで確認する。


「これ全部ダイヤなの? すごい!」


「へえ。2人とも、よく似合ってるじゃないか」、宝石からやっと目を離し、ライアンは褒めてくれた。「同じ服を着てると、やっぱり双子らしいな」


「今すぐ脱ぐんだ! ダイヤに傷ひとつつけてみろ、許さんからな!」


「おいおい、今すぐ脱げはないだろ。紳士とは程遠い発言だな」


 鼻息あらくするおじさんを見つめ、あたしはずっと不思議に思っていたことを尋ねた。


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