第33話
「コルロルだー! やったぞ! ついに捕まえたんだ!」
今まさに薪へと火が灯され、煙が立ち昇りはじめた頃、誰かが叫んだ。兵士の大群が、大きな荷車を引きずり、帰還した様子が見える。荷車には、コルロルが縛り付けられている。荷車に入りきらず、手足はだらりと地面をこすっていた。
「私だ! 私の情報提供がコルロル確保につながったんだ!」、すかさずガルパスおじさんが主張しに飛び出してきた。彼の大きな声は、こういう場では役に立つ。
しかし、コルロルを見ようと押し寄せる人の波に追い出されてしまっている。街の人はその禍々しい姿を目の当たりにし、顔を歪め、言葉を失い、後ずさる。それから叫んだ。「こいつも火あぶりだ!」「そうだ! 魔女と共に葬れ!」「火をつけろ!」「火をつけろ!」
広場は騒然とした。騒ぎの中で、おじさんは主張を続ける。
「私が負傷させていたからな! だから捕まえられたんだ! 君たちの仕事も、ずいぶん楽になったんじゃないか? いいか、私の懸賞金の取り分は八割だ! それ以上はびた一文もまけんぞ!」、せわしなく言って、おじさんはテディをいじめている子供たちを怒鳴りつけた。「こら貴様ら! 見物料は入れたんだろうな!」
子供たちは蜘蛛の子を散らしたように「怪物だって!」「見ようぜ!」と駆けていき、おじさんは「まったく」と鼻息を荒くしながら、缶の中身を巾着へ流し込んだ。そして巾着の重みを計るように手に乗せると、満足気な顔をした。
そのころには、広場は「殺せ!」「殺せ!」というコールの嵐で埋め尽くされていた。抑止する兵士の合間から、誰かが擦ったマッチをコルロルへ放る。次々と、マッチの火と、石と、薪が投げ込まれる。
「その怪物と、もう一人、男が一緒じゃなかったか?」、おじさんが兵士に尋ねる。そういえば、ライアンはどうしたんだろう。
「いえ、見ていませんが。どんな男です?」
「まあいい、あの爆発で崖下に落ちたんだろう。それよりも君、あそこに一人見張りをつけてくれないか?」、おじさんはテディの檻を指す。「見物料を出さん者は追い払ってくれ」
兵士は「なにがあるんですか?」と檻をのぞき込む。
「奇妙なぬいぐるみだ。言葉を話し、動くんだ。なにせ、魔女が連れていたぬいぐるみだからな」
兵士は不思議そうにおじさんを振り返る。「なにもいませんよ」
「なに?」
おじさんが眉をひそめたころ、「レーニス」と呼ぶ声が、足元から聞こえた。
「よいしょ、よいしょ」と薪を登ってくると、テディはあたしの前にその姿を現した。
野次馬の中には、テディを見てぎょっとする人もいたけど、とくに触りたいとは思わないらしい。
「テディ……どうやって」
テディはあたしの足にしがみつき、よじ登ってくる。ほつれた糸でかろうじてつながっていたプラスチックの目が、取れてしまっている。きっと、あの子供に切られたんだ。
テディは器用に体を登ってくると、あたしの肩に座り、そこからこちらを見つめた。
「レーニス、大変そうだね」
「……まあね……」
「ねえ見て。目、取れちゃったみたい。やだやだ。レーニス、あとでつけてくれる?」
「それは、難しいと思うわ」
足元では、薪から薪に火が燃え移り、次第にその威力を大きくしていた。息をすると、煙が体に入り込んできて、咳を催す。咳込みながら、あたしは広場のコルロルを見つめた。
『愛って、なに?』、あたしはやつに問いかけた。
『君のためなら死ねるってこと』、コルロルはそう言って笑った。
広場に集まった人間は、誰も笑っていなかった。神に祈る臆病者と、このイベントを実は楽しんでいるだけの野次馬と、怪物と魔女の出現で恐怖に呑み込まれた気狂いで埋め尽くされている。
死ね! 殺せ! 怪物め! 怪物め! 焼け死んでしまえ!
そういう罵詈雑言に、あたしは違和感を覚えていた。
「あなたたち、知らないのね」
つぶやきに、数人がこちらを見上げる。
「コルロルが怪物? ふざけないでよ。あの怪物はね、誰よりも心がきれいなの。誰よりも喜びを知っているのよ。怪物っていうのはね、あんた達みたいに、憎しみと、好奇に満ちた心のことを言うのよ」
「なんだと魔女め!」
中年の男が叫ぶ。そいつへ顔を向けた。眉は吊り上がり、ぎりぎりと歯を食いしばるような怒りの表情・
「そう、それよ」
すまして言ってやると、男は激昂してあたしの足元にある薪をつかんだ。先端にはめらめら燃える炎が揺れている。
「死ね魔女め! はやく死ね! 怪物に心を売った裏切り者が!」
男は狂ったように叫びながら、薪の先端をあたしの腹に突き刺し、ぐりぐりとねじ込むように押し付けた。
その衝撃に、一気に吐き気を催し、あたしは痛みと熱に悲鳴をあげた。胃は空っぽだったから、よだればかりが口から垂れた。
「やめて、あつ……」
「苦しめ苦しめ苦しんで死ね」
見開かられ猟奇的な目。ほら、あんたの方が、よっぽど怪物じゃない。
男の行動にのっかり、街人は次々に薪を手に取り、あたしを殴りはじめた。兵士がひとりだけ、むらがる街人を追い払おうとしてくれていた。きっと、優しい人なんだろう。でも他の兵士は知らんぷりだった。
あたしは熱くて熱くて、息を吸おうにも煙ばかりが口に入り込んできて、今にも死んでしまいそうで、なんだか涙がでそうだった。きっと、煙で咳込んだせい。
ああ……こんな悲劇的なシーンにはきっと、涙が似合うのに。
意識が遠のく。うつろな視界に、黒い翼が広がる。同時に、耳をつんざくような悲鳴が沸き起こった。
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