■塔の中と処刑
第30話
もうすぐ殺される。殺されるために、あたしは今ここにいる。この塔の中に入れられ、冷たい石の床にうずくまり、そろそろ息苦しさを感じ始めていた。
「火炙りだって。火炙りって、知ってる? いつか聞いたの。実際には焼け死ぬんじゃなくて、煙で息ができなくなって死んじゃうんだって」
立ち上がると、左足に繋がれた太い鎖が、地面と擦れて音を立てた。格子のはめられた二十センチ四方の小窓の中に、アルスト山とその上を通る太陽が見えた。もうすぐ、山の向こうに行ってしまおうとしている。
「夜だ……もうすぐ夜になっちゃう。どうしようテディー」
振り返ってみたけど、テディーは鎖を持ち上げたり落としたり、巻き付いたりして戯れていて、話を聞いていなかった。塔に閉じ込めらるとき、服の中でじっとしていたテディーも一緒に入ることができた。テディーがいないで一人きりだと、更にきつかったかもしれない。
「全部、あいつらのせいよ。ガルパスおじさんと、あの怪物。あんな怪物に関わったのがそもそもの間違いだったのよ。あいつの仲間ですって? あたしが? あたしはあいつを殺そうとしただけなのに」
「それをさっき言わないから」
鎖で遊びながら、何気ない様子でテディーは言う。あたしは左足を上げて鎖を引っ張り、テディーを転ばせた。
この街に連れてこられてすぐのことだった。ガルパスおじさんが民衆の前で熱弁を振るったのは。
『私は見たのだ、あの怪物は人の言葉を話す。まことしやかに受け継がれてきた伝承は、本当だったのだ。そして奴は人間の仲間を持った。それがこの少女だ。二人はアルスト山で落ち合うと、次はこの街を襲う算段をしていた。私はたしかに聞いたのだ、この耳で。今なら奴も負傷している。この機を逃すことなく奴を仕留めると同時に、人間を裏切ったとも言える少女への制裁を、私は強く要請する』
もしかすると、おじさんには扇動力があるのかもしれない。言葉巧みに、力強く語りかけ、聴衆の心を湧き上がらせる。誰かが『その通りだ、そいつを殺せ』と叫んだ。それを皮切りに、人々は同意の声を上げ始める。ものの五分で人間の裏切り者として槍玉に挙げられたあたしは、呆気にとられ、そして圧倒されるばかりだった。
一応裁判らしいことが行われたが、先におじさんの演説があったから、あたしを無罪なんてことにすれば、外は暴動が起こってもおかしくない一発触発の雰囲気が出来上がっていた。
あたしの主張はないかと問われた。でもなにも言えなかった。ただ一言。『あたしは、悪くない』
「テディー、そんなこと、今更言ったってどうしようもないじゃない。あたしは口下手なのよ」
「口下手っていうか、喋ってなかったじゃない」
「あたしだって、何か言い返してやりたかったけど、頭が真っ白になってなんにも思いつかなかったの。しょうがないでしょう?」
「ふうん」
「今からでも撤回してくる。さっきはうまく説明できなかったけど、怪物の仲間なんかじゃないって、言ってくる」
扉に向かうあたしの背後で、テディーは言った。「仲間じゃ、ないの?」
あたしは振り返る。「仲間じゃないでしょう? どう見たって。小さい頃に会ったときは、たしかに一緒に遊んだけど」
「でも、あの大きい羽の人、レーニスを助けようとしてた。それに、レーニスを好きみたいだった」、ふっくらした二本の足でしっかり立ち、テディーはこちらを見つめる。
「だからって、そんなことで殺されたら困っちゃう」、扉へ向き直り、そこへ向かって声をかけた。「ねえ、見張りの人、言いたいことがあるの。あたし、あの怪物の仲間じゃないのよ」
そこに見張り役はいるはずなのに、返事はない。取り合うつもりがないらしい。あたしは今一度声を強めた。扉を叩いてやりたいけど、扉には届かないように、鎖の長さが調整されている。
「これは本当のことなの。さっきはちょっと動転してて、ちゃんと説明できなかっただけなの。あたしはあいつの仲間なんかじゃないし、この街を襲う気もないのよ。そもそも、襲う理由がないわ」
「もう決まったことだ」、めんどくさそうな低い声が返ってくる。「それより、さっきから独り言が多いぞ」
「本気? 本気であたしを火であぶるつもり? そんなのって、ひどいと思わないの?」
「もう決まったことだ、静かにしてろ」
元の場所まで引き返し、あたしはそこに座りこんだ。テディーがあたしの前に立つ。
「どうしよう。まったく相手にされてない。そこで考えたんだけど、色仕掛けなんかどう? ちょっと色気を出せば、あの見張り役、逃がしてくれないかな」
「それは無理だよ。絶対ムリ。私がやった方がまだいいかも」
「…………そっか。テディー、けっこう毒舌なのね。でもあたしも、ちょっとくらい胸の谷間とか出せば」
「谷間があればの話だよね」
「そうね。正論だわ」
色仕掛けが無理となると、いよいよ実力行使的な方法で抜け出すしかない。
この部屋の扉は、鍵で施錠されているわけではない。こちらから開くためのとっかかり、ドアノブがないだけだ。重い鉄の扉だから、それでじゅうぶん逃亡を防ぐ仕掛けなのだろう。
見張りは一人。鎖の足枷をはずすための鍵は、そいつが持っている。扉には、食事の運び入れに使われている受け渡し口がある。横広い四角の穴。あたしは当然出入りできないけど、テディーのサイズなら……。
「頭、大丈夫?」
「へ?」、頭がイカれたのか? そう尋ねられたのかと思った。
テディーは自分の頬を、短い手でぽんぽんと叩いていた。「あー」、あたしのおでこから血が垂れて固まっている。おでこを指したかったけど、テディーの手じゃ自分の頭に届かないから、頬を指してしまったようだ。
「もう大丈夫だよ」
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