第29話


 話を聞いて、俺は舌を打った。「全てガルパスの筋書き通りってところか」


「火炙りだって? 火で焼いて殺すっていうのか? なんて残酷なことを思いつくんだ。正気の沙汰じゃない。ライアン、急ごう」


「悪く思わないでくれよ」、俺は男から奪った警棒で男たちの気を失わせてから、コルロルのあとを追った。坂を駆け降りてまっすぐ行けば、街に辿りつく、というところだった。


「ライアン、まずい」


 コルロルが急に立ち止まる。俺はその背中にぶつかって顔をうつ。


「どうした?」、コルロルの向こうに、さきほどとは比べ物にならない数の兵士が見えた。やつらはライフルを携え、列をなして坂を登ってくる。


 空を見上げる。「陽が沈み始めている」、レーニスの火炙りは、夜。「まだ飛べないか? いや、飛べば飛行船のやつらが撃ってくるか……」、俺は踵を返す。「一旦引こう!」、そうしてすぐ、はっとして立ち止まる。俺たちが今歩いてきた道を、軍服の群れが下りてきていた。「くそ。退路を絶たれたぞ」、もう一度空を仰ぐ。「そうか……。兵の半分は飛行船で先回りしてたんだ。最初から、はさみ撃ちにするつもりだったのか」


 はじめから、ある程度の居場所は把握されていたのだろう。飛行船がコルロルの翼を封じ、空から見えないアルスト山から街までの道には、前後から大勢の兵を向かわせる。敵ながらいい策だ。


 まるで四角い部屋の中に閉じ込められたみたいだ。左右の壁が押し寄せてきて、無情に潰されるように救いがない。


「僕一人を仕留めるのに、なんて数だ。あんな数を相手にしてたら、夜に間に合わない」


「そもそもあの数はいくら君でも無理だ。とりあえず身を隠そう。あの岩陰に隠れるんだ」


 俺たちは岩陰に飛び込み、そこでやり過ごそうとした。兵の列が軌道を変更してくれれば助かったのだが、やはりこちらに進んでくる。その様子を岩陰から覗き、俺は突拍子もなくやってきた自分の終焉というものを、じりじり肌に感じ始めていた。


 ここまでか。そう思った。


「あちらさんも威信をかけて君を捕まえるつもりらしいな。そもそも敵がでかすぎる。国を相手にするなんて。こんな大仕事はしたことがない」 


「どうするライアン」、できるだけ翼を自分の身体に寄せて、コルロルは縮こまっている。


 思わず顔が歪んだ。「どうする? って、俺に聞いてるのか?」

                                                                                                                                                                                                                                                                                                



「ライアンの策は、だいたいうまくいくからね」


「ライアン? ああ」、架空のヒーローのことか。策士なヒーローなのか?「なあコルロル」


「なに」


 やばい時ではあるが、尋ねてみた。「ライアンっていうヒーローは、コルロルのことも助けると思うか?」


 コルロルの返事は、意外なものだった。「ライアンは、怪物をやっつけるヒーローだよ」


「……それ、読んでて楽しいのか?」


「僕に似たのがやられた時は複雑な気分だったよ。どっちを応援するべきか」


「それはそうだ」


「怪物を助けてくれるのは、偽物のライアンだけみたいだね」


 俺は俯いて、そこにあった手のひら程度の石を握りこんだ。これが最後の時なら、彼に伝えたいことがあった。


「いいかコルロル、俺たちはここで終わる」


「……そうなの?」


「状況を見てみろ。例外なく武器を携えた兵の大群が、俺たちめがけて押し寄せてきてるんだ。レーニスはもうすぐ火炙りだし、絶望的だ」


 言いながら、俺は石で地面を削って、絵を描いた。即興の下手なレーニスだ。頭には髪飾り。


 ―――『あたしはコルロルを殺せない』、そう言った笑わない少女の姿が、頭の中にあった。あの時感じた違和感。俺は、思ったんだ。


「これから死んじまうんだから言うが……俺はずっと、寂しかった」


 突然の台詞に、やつは俄かな驚きを示して瞬く。俺は構わず言った。


「一人でいることが……誰にも認められないことが。愛されないことが。全部が俺を心細くさせた。愛情という枠組みからつまはじきにされた自分の運命を、呪って生きてきたよ。親に甘える子供を見て憎らしくも思った。もしかすると、この途方もない寂しさは、君と共通しているかもしれない」


 コルロルは少しだけ笑って見せる。「分かるよ、オプレタ」


 言おうとしていたことが、全部吹き飛んでしまうようだった。オプレタ。捨てた名に、一体どんな愛着があるっていうのか。かつて俺の母親だった女が、そう呼んでいたってだけなのに。愛の源みたいな懐かしさがこみ上げてきて、俺は目頭を抑えた。


「……聞いてくれ。ヒーローライアンみたいな解決策じゃないが、希望のある話なんだ」、雲散しかけた話を、頭の中でたぐり寄せる。「レーニスが言ってたろ? 失った感情の分は、ぽっかり空いてなくなるんじゃない、別の感情で補われるって」


 コルロルは急な話に追いつけない様子で、「ああ……言ってたかな」と漏らしたが、なんで今そんなことを、という不審さを滲ませる。それでも奴の金の目は、地面をはしる石を追っていた。


「そこで思ったんだ。君がレーニスから盗んだ、嬉、楽、哀。この三つを差し引いてしまうと、芽生えるのが難しい感情はいくつもある。それらの感情に台頭したのが、憎しみや怒りだった。本当は別のものなのに、長い月日をかけ、レーニスの中で憎しみとして成長した。それって、まやかしじゃないか? あてがわれた代理の感情ってことじゃないか?」


 コルロルの絵ができる。レーニスとコルロル、並んだ二人の間に、またガリガリ。


「そこで問題だ。あの膨大な憎悪は、本当のところはなんだと思う?」、二人の間に、ハートマークが刻まれる。気分はまるで、名探偵。「それってさ、愛じゃないか?」、押し寄せる大勢の雑踏が、地響きにも似た終わりを告げる。いたぞ、あそこだ! そんな声を聞きながら、なんでか俺は、すごく嬉しかった。


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