■負傷と死の大群

第26話




 爆風にうまいこと押し出されたのはよかったが、コルロルの翼に爆薬の火が乗り移り、転げ落ちていった先で火を消すのに苦労した。


「熱い、熱いよ。早く早く、火を消して、消して」


「落ち着け、今消してやるから」、火を消すために自分の上着を脱いだとき、その服がほとんど袖しか残っていないことに気がついた。焼け焦げが変なふうに縁取る布と化している。


「さすがにただでは済まなかったな」、背中がひりひりズキズキ……皮膚が焼けただれている感触があった。この焦げてなくなった服を見るに、背中にも相応のやけどができているのが想像できるが、あの爆発だ、命が助かっただけ、もうけもんだと思うことにしよう。


 翼の火が沈静化すると共に、コルロルはみるみる落ち込んでいった。最終的には膝を抱えて座り込み、(コルロルにしては)コンパクトにまとまった。


「どうしたんだよ相棒、君のおかげで助かったんだぞ」


「翼、広げちゃったじゃないか」


 ああ……そういえばガルパスが、その翼を広げた瞬間にレーニスを撃つと脅してたな。


「あの局面じゃしょうがないだろう。でもレーニスが本当に殺されているとは考えづらい。ガルパスの武器は、もうレーニスしかないんだから。俺が裏切ったのは計算外だっただろうな」


「君、あいつらの仲間だったの?」


「助けたから許してくれ。とりあえず向こうが混乱してそうな今の内に助けに行きたいところだけど」、コルロルの翼をみる。片方が焼けて、スカスカになっている。飛べる状態ではなさそうだ。


「レーニスに聞かれたんだ。愛ってなに? って」、地べたに体育座りしている怪物は、ぼそぼそと元気なく喋る。「なんだか真に迫る真剣な様子だった。僕は言ったんだ。君のためなら死ねるってことだって」


「へえ。かっこいいじゃないか」


「決め所だと思ってね。でも実際には、僕は自分を優先させたんだ。レーニスのためなら死ねる。それは、本心だったのに。しょせん僕は、愛のことなんて分からない怪物なんだ。自分可愛さにあの少女を犠牲にできてしまうんだ。そういう畜生だったんだ」


 そんなことで落ち込んでいるのか。


「難しい話だが……」、空気を変えるため、ぱん! と手を叩く。「とりあえず行こうじゃないか。そういじけられちゃ鬱陶しくてかなわない」


「君もずばり言うなあ。僕は今落ち込んでいるんだ。途方に暮れてるんだよ。自分の信じてきたものが、今まさに崩れ去ろうとしている」


 俺は肩を落としてため息を吐いた。


「コルロル、君は目に見えない愛ってやつを信じているのか? 愛のためなら死ねる? そんな単純なら人間は苦労しない。もちろん、怪物もな」


「信じてるよ。自分の感じる感情ってものを。だって僕は喜びを知って、レーニスを好きになって、それで全てが変わったんだ。見るもの聞くもの、全部が僕に笑いかけている。浮かれ気分さ。僕の中が全部入れ替わったような衝撃だったんだ。僕の中に芽生える感情によって、世界を作り替え、塗り替えられるという手応えがあった。それは、レーニスが、レーニスだけが教えてくれたことなのに……。それなのに……見た?」


「なにを」


「僕は翼を広げたんだ」


「ああ見たよ」


「そのあとも……見た? 僕は翼についた火を消すのに必死だった」


「ああ、みっともなかった」


「僕はそういうやつなんだ、生きることをやめられないんだ。それがたとえ、大事な誰かのためであっても」


 コルロルは膝に顔を埋める。これはしばらく動きそうにないな。手近な岩に腰を下ろし、頬杖をつく。


「自分の汚さを受け入れたくないのは、きっと本能なんだろうな」


 コルロルは膝に顎を乗せて、ふてくされた横顔を見せる。俺は続けた。


「世の中には他人を蹴落としてでものし上がろうって奴や、殺して金品を奪う強盗がごまんといる。そんな奴らですら思っているだろうさ。自分は本当は、こんなことをするやつじゃない、本当はいいやつなんだ、魔が差しただけだ、ってな。じゃないと生きてくのが辛くなるから、律儀に自分に言い訳して、自分の行動をどうにかして正当化しようとする。みんな分かってるのさ、自分を否定して生きてくのがなによりきついってことを。その点コルロル、君はちょっと、真正面から自分の汚さと向かい合い過ぎている気がするよ」


 考えるように、コルロルの目が上を向く。


「いい具合に自分に言い訳して、許してやれ。それで、あとは前を向くんだよ」


 コルロルはこちらを見た。「君も、そうしてるの?」


「さあ。どうだったかな」、肩をすくめる。「今言ったのは一般論だよ。みんなそうしてるっていうね」


「一般論じゃダメなんだ」、少し、声が強まる。「僕は怪物だ、それだけで恐れられる。せめて心は、誰より綺麗じゃないと、誰も僕を愛してくれるはずがない」


「そんなことまで考えてるのか」


「君も怪物になれば分かるよ。生まれついての嫌われ者の気持ちが」


 俺は燃えてスカスカの翼を見ていた。風化して骨組みだけが残る廃墟みたいだ。骨組みにしがみついていた燃えかけの羽が、風に揺られて地面に落ちた。


「怪物にはなれないが、嫌われ者の気持ちは分かるかもしれない。俺は生まれついての盗人だ。ライアンっていうのも、本当の名じゃない」



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