第27話


「え?」、コルロルは驚いてこっちを見る。「困るよ、今さら。君のことをなんて呼べばいいんだ。もうライアンで馴染んでしまっているっていうのに」 


「まあ何とでも。一応言っとくと、本名はオプレタ。かつて捨てた名だが、親が唯一くれたものだ」


「オプレタだって?」、コルロルは歪められるだけ顔を歪めた。「さっぱりだ、違和感しかない」


「ライアンでいいよ。好きなヒーローの名前なんだろう? とにかく、俺には可愛い姪っ子どころか、親も兄弟も親戚もいない。天涯孤独の身の上さ。母親は男と出て行って、それからは一人きりさ。食えそうなもんはなんでも食った。虫の這う路上を家にして寝た。俺が盗人になったのは、自然な流れだったよ。そんな俺でも、幼い頃は信じてた。汚いやつで溢れる世の中でも、自分だけは違う。自分はかっこいい大人になろうって思ったもんさ。そうまさに、ヒーローみたいなね。戦争は悪い国と良い国が戦っていると思っていたし、世の中には善と悪があって、悪は罰せられると信じていた。でも実際はそうじゃない。あるのは合理的な都合だけだ。みんな自分の都合を押し付けあっているだけなんだ。都合が悪いから、親は俺を捨てたんだろうさ。そういうことが理解できるようになってきて、いつの間にか、自分が汚い大人になったことも知っちまったんだ」


 コルロルはなにも言わなかった。俺もそこでぷつんと糸が切れたみたいに黙ったから、沈黙がすみやかにその場を横断した。俺たちの間を歩いていく沈黙を見送るみたいに、コルロルの瞳が右から左へスライドしていき、そこでようやっと、やつは口を開いた。


「自分を否定して生きるのは、辛いんじゃなかったの?」


「受け入れてるよ。俺は薄汚い盗人だ。でも、そんな俺を受け入れてくれる誰かはいないってだけだ」


 こんなふうに自分のことを打ち明けるのは初めてだった。誰かに自分を知らせるというのは、居心地が悪いのにどこかすっきりする気もして、俺は曖昧に笑うことしかできなかった。


「お互い苦労するね」、と慰めに似た言葉を怪物は言う。その後で口ごもった。「困ったな、こんな時の慰める言葉を、僕は持たない。今後の参考に聞いておきたいんだけど、こんな時はなんて言えばいいの?」


「ガンバ、とでも言って親指立てとけ」、俺は立ち上がる。コルロルは早速言ったことを実践して、指を立てて「ガンバ」と言ってきたが、彼の指が三本なのを忘れていた。しかも真ん中の指を立ているから、いわゆるファック!の仕草にしか見えなかった。


 もし誰かを慰めるためにこんなことをしてしまったら、相手は怒り出すだろうな。


 その時、頭上で騒音がした。見上げてみると、切り立った崖の髪の毛みたいに生えている木々の中から、ひとつの飛行船が飛び出したところだった。


「まさか」、手で太陽の眩しさを遮り、目を細める。「ガルパスのやつ、飛行船できてたのか」


 飛行船の下に、なにかぶら下がっている。俺にはそれがなにかよく見えなかったが、コルロルははっきり視認できたらしい。


「レーニスだ」、声に驚きと怒りが混じる。


「本当か? 本当にレーニスなのか?」


「僕が見間違うもんか」


「てことは、ガルパスから君への挑戦状だな」、迂回して飛んでいく飛行船に、やや遅れて吊るされたレーニスの影が追う。


「挑戦状?」


「レーニスを取り返したければ、追いかけてこいってことだろ。人質交換の続きをするつもりだ。しかもあの方角は……この辺で一番でかい街がある。最新の武器はまずそこに集まり、兵隊もうようよいるところだ。レーニスを餌にして、君を確実に殺せる場所へ誘ってるんだよ」


 俺はやっと立ち上がったコルロルを見上げた。「どうする? 行くか?」


「決まってるだろ」、やつは歩き出す。俺はその背中を見ていた。街へ出向いたとき、そこに広がっているだろう光景が、頭の中に広がる。


 国の人々を殺したバケモノ。国軍は威信をかけて迎え撃つ。懸賞金欲しさの野次馬も集まるだろう。強力な味方をつけたガルパスは息を卷いて、自分が見つけたんだと躍起になって主張する。兵の持つ銃が一斉にこちらを向いて火を吹く。


 易しく言って分が悪い、ストレートに言ってしまうと、死ににいくようなもんだ。俺は無関係だし、ここで退散してもいいんだけど。


「……ま、あのどんぐりをガルパスに渡すのもシャクだしな」、言い訳みたいに呟いて、俺はコルロルを追いかけた。


「急ぎなよ、飛べないんだから時間がかかるだろう」、とコルロルは半分こっちを向く。


「悪い悪い」


「足でまといにはならないでくれよ」


「俺ほど頼れる相棒はいないぜ? 相棒」

 

 

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