第20話


「レーニスに殺されるならまだしも、あんなやつらに殺されるのは納得がいかないな」


「おじさん、リーススの髪飾りを持ってた」、俯いて呟く。自分でも意外なほど、普段通りの声が出た。「リーススが着けていたものよ。見つかったんだ、リースス……おじさんに」


 足を踏み外す感覚が、体に蘇る。掴まれた手が離され、落ちていく感覚。


「リースス、きっと殺されちゃったのね」


 視線が落ちる。テディーはあたしの腕の中で、頭を垂らして眠っていた。


「レーニス……、まだそう決め付けるのは早い。探せば、まだ」


「感情を盗られた側のその後について、考えたことはある?」、ひとり言のように尋ねる。今は人の話を聞いていられる気分じゃない。なにも受け付けない感じ。


「喜びや楽しみを失うと、そこだけぽっかりと穴が空いて、なにも感じなくなるんじゃないの。別の感情で補おうとするのよ」


 まるで破れた衣服に布を当てるみたいに。穴は塞がるけど、なじまない色だったりする。なにかプレゼントをもらっても、難癖をつけたくなった。素晴らしいはずの景色をみても、黒く塗りつぶしたくなった。父さんが死んだときも、沸き起こったのは怒りだった。


 そして今、ようやくたどり着いた憎い怪物を前にして、あたしの全身をくまなく覆っていくのは、緩慢とした黒い影……虚無と絶望。リーススには、もう会えないんだと思った。


「いいよ、もうあげる。その感情」、生きるあてがなくなった。なぜだか、確信に近く思う。「あたしはコルロルを殺せない」


 なんだろう。リーススが死んだという事実と、コルロルへの憎しみの喪失が重なって、あたしを生かしてきた気力が、全部蒸発して出て行くみたいだ。


「さよなら」


 ライアンへテディーを放り投げる。彼は「お、っとと」、とテディーを受け止め、その拍子に目を覚ましたらしく、テディーはライアンの腕の中であくびをした。


「ふあ~起きた起きた。目が覚めちゃった」


 後ろでテディーの呑気な声が聞こえている。あたしはもう駆け出していた。

 おじさんがいたのは、ここより上、頂上付近だ。登っていけばたどり着くはず。あたしにあの二人の大男を倒せるのか、殺されてしまうんじゃないか、疑問が頭の中を猛スピードで過ぎていく。それでもいいと思った。リーススの幼い笑顔が頭の中に広がる。ずっと、あたしが封じ込めてしまっていたんだ、彼女の笑顔を。涙を。リーススが死んだのなら、あたしはそばにいかないといけない。


 道の向こうで、人の声が聞こえた。おじさんだ。あたしは岩陰に身を潜め、考えた。まずは、生死の確認。リーススは本当に死んだのか、それを確かめないといけない。それでおじさんの返答がイエスだった場合、そう答えた喉元に、このナイフを突き刺してやる。


 足音がすぐそこまで来ると同時、あたしは飛び出した。一番前にいたおじさんの首元をつかんで壁へ押し付け、ナイフを突きつける。


 おじさんはゲホゲホと咳き込んで、「れ、レーニス……」と苦しそうに漏らした。


「リーススをどうしたの? 殺したの? あたしみたいに、崖から落として」、視界の端に、男たちがこちらへ駆け出したのが映る。「来ないで! それ以上近づいてみなさい、こいつを殺すわ。あなた達、おじさんに雇われているんでしょう? 報酬がいくらあるのか知らないけど、おじさんが死ねば手に入らないんじゃない?」


 それ相応の額が約束されているのか、二人はたじろいで足を止める。それを確認して、おじさんへ顔を向けたところで、彼は意外な台詞を吐いた。


「レーニス、落ち着きなさい。私はリーススを殺していない」


「……本当に?」


「ああ、私が改心したと言っても信じないだろうから」


「信じないわ」


「だから本当のことを話すが、あの怪物にかけられた懸賞金が欲しくてね。リーススには人質になってもらおうと思ったんだ。あの怪物は君を助けた。だから人質が通用するんじゃないかと思いついたんだ。だが殺してはいない。今は洞穴に拘束している」


「なぜ髪飾りを?」、おじさんの腕の先を一瞥する。きらりと輝くリーススの髪飾りが握られている。


「綺麗だから、それなりの値がつくんじゃないかと思ってね」


 あたしは飽きれた。「……金の亡者ね」


「なぜ悪いことのように言う? 私は心から金を愛している。我が子のように。我が子を守る親の愛は美談として語られるのに、金のために危険を冒している者が侮蔑されるのはなぜだ?」


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