第14話


「てことは……ちょっと待て」、話を聞き終えると、ライアンは整理が追いつかいない、という様子で頭を抑えた。「二人は……恋人同士ってこと?」


「そうなるね」


「ならないわ。こうして聞いてみても違和感だらけよ。それ、本当にあたしなの? でっちあげじゃないの?」


「え、事実だよ。心外だな」


「それじゃあこの憎しみはなんなの? あんたの話だと、あたしはまるで恋をしてるようじゃない」、あたしはコルロルに詰め寄る。


「し、してたんだよ」


「俺もそう思うな」


「ありえない」、思わず足を踏み鳴らす。「そんなはずない、あたしがこのバケモノに恋をするなんてありえない」


「そう思うのは、僕が盗んでしまったからだろうね」


「この場合、心を盗んだってことかな」


 コルロルとライアンは、顔を合わせたかと思うと、『ヒュウーーー』と口を鳴らし、指をさし合った。


「……」


 バケモノのくせに、なかなか高度なコミュニケーションをするじゃない……。今のはマニュアルにも載ってないわ。


「そういうわけだから、僕はずっと遠距離恋愛ってやつを楽しんでたんだけど」


 あたしは顔をしかめる。「十年も?」


「何百年も生きている僕からしてみれば、十年はあっという間だよ。でも、そうか……レーニスからすれば長いのか……その間一度も会わないなんて、恋人としては異常、になるのかな?」


「そうだろうな」、ライアンが答える。


「そっか……気付かなかったよ」


「まあいいわ」、話に終止符を打つ。目を閉じ、長く息を吐き出す。「納得のいかないところはあるけど、話を聞けてすっきりした。あんたを殺せば、感情は戻るのね?」


 剣や弓をはテントに置いてきてしまった。でも、サバイバルナイフがある。あたしはナイフを握り、前へ構えた。「わあ」、コルロルは無表情に声を出す。その前にライアンが体を滑り込ませ、間に立った。


「待て待て、レーニス。落ち着けよ」


「邪魔する気? あんたがあたしを騙して、どんぐりを盗もうとしたのも、忘れてないわよ」


 そんなことはこの際どうでもよかった。ただ、彼はコルロル側に立っている。つまりは敵だ。


「悪いが、殺すつもりなら俺は止める。コルロルには国から多額の懸賞金がかけられているけど、そいつは惜しいけど、それでも止める」


「なぜ? そいつは怪物よ? 多くの人を殺したし、あたしの感情を盗んだ」


「命を助けてもらった」、ライアンは声を強め、両手を胸に当てる。命のありかを示すように。「レーニス、君もだ。俺は一度だけど、君は二度も助けられてる」


 一歩、歩を進める。じゃり、足元で砂が音を鳴らす。「それでも、憎まずにはいられないのよ」


「ふふ、ふふふふー」

 

張り詰めた空気の中に、突如間の抜けた笑い声が放り込まれる。


「やだ、だめだめ、殺すって? 物騒な話。うふふ」


 どこかもったりとした、男なのか女なのか、老人なのか子供なのか、判断しづらい声だった。その声はすぐ近くで聞こえていた。しかし背後を振り返ってみても、絶壁の岩があるだけだ。


「レーニス」、ライアンがあたしを指差す。「それ……」


 困惑しているのを、無理に笑わせて引きつった顔だった。あたしは自分の足元を見た。


「だめだよー、憎むなんて。みんな、仲良くしよう?」


 テディーベアだった。テディーベア……要するに、ぬいぐるみだ。茶色くて、片方の目は、糸がほつれて取れかけている。二足で立つそのぬいぐるみは、ところどころ綿の飛び出す短い両手を広げて、こちらを見上げていた。


「な、なにこいつ」


「生きてる、のか……?」


「生きてる? そう! すごぉーく、生きてるって感じ!」、テディーベアを興奮ぎみに、その場で駆け足するみたいに両足を踏み鳴らす。「なーんかよく分かんないけど、生きてるってきっもちいぃー!」


 捨てられたぬいぐるみに、命が吹き込まれた。テディーベアの汚れた風貌と、手放しの生への解放感が、そういう経緯を想像させる。ライアン達も、同じように感じ取ったみたい。あたし達は顔を見合わせた。


「はは、生きてるらしいぞ」


「ぬいぐるみは生きないわ」


「本人が言ってるんだ、動いているし間違いない。見たところ機械仕掛けで動く代物でもなさそうだ」


 確かに、高度な機械がこの汚いぬいぐるみに仕込まれているとは思えない。


「まあコルロルみたいな怪物がいるんだ、ぬいぐるみが生きていても不思議はないさ」


「僕と一緒にしないでくれよ」


「あ、ああ……悪い」


「そのぬいぐるみは、可愛いじゃないか」


「……へえ。そうくるか」


「僕は、その……」、コルロルは自分の羽を控えめに広げ、耳をぴんと立てた。「かっこいい、だから」


 なぜかあたしを見る。『…………』、無言が通過する。すぐにライアンが駆け寄ってきた。


「おいなにやってるんだ、ここで無視はあんまりだぞ。見てられない」


「そうなの?」、あたしはマニュアル本を開き、自分をかっこいいと言っている人への対応を探した。


「なんだそれは」、ライアンは本を覗き込む。


「マニュアルよ、人への自然な対応の仕方が書いて」、本が閉じられる。「ちょっと、なにするの?」


 ライアンは取り上げた本を叩いた。


「マニュアルを見る必要はない。さっきの君たちの思い出話を聞いてなかったのか? コルロルは君の無邪気な笑顔と、心からの『かっこいい』を期待してる」


「すごい、分かるのね」


「まあね。分からないのは君くらいのもんさ」


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