第15話


 あたしはコルロルを見る。その人間離れした出で立ちを見ていると、こう……腹の奥が熱くなるような……。「ダメ、怒りがこみ上げてくる」、あたしは頭を抱えた。


「いや、違うコルロル。怒りって言ったんじゃない。そんなこと言うもんか」、ライアンは慌てる。「いか……イカす、そう。『イカす、リー』がこみ上げてくるってレーニスは言ったんだ」


「……何を言ってるの?」


「俺にも分からない。フォローが追いつかないんだよ、せめてもっと、聞きようによっては『かっこいい』っぽく聞こえることを言ってくれないと」


「無茶言わないで」


「君はいいかもしれない。でもやつが怒り出して真っ先に被害を受けるのは、きっと俺なんだぞ」


「いいんだレーニス」、ぜんぜん良いとは思ってなさそうな暗い声でコルロルは言った。「僕が、盗んでしまったせいだから」


 ライアンはよしきた、というふうにニッと笑う。「この場合、心を」「それはもうやめて」、上げかけのライアンの腕を下ろし、あたしはコルロルへ顔を向けた。


「それで、あなたは、あたしと会ってどうするつもりだったの? 殺されるとは考えてなかったようだけど」


「決まっているじゃないか」、三角水晶が、鋭い爪先に挟まれる。「喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲……この七つを集めれば、僕は人間になる」


 あたしは目を細める。「あと、ひとつ?」、水晶の中には、六つの色が浮かんでいた。


「そうなんだ。僕の察するところ、残りのひとつは愛だ」


「……つまり?」


「僕に向けられた感情しか、この水晶は盗めない。誰かに愛してもらわないと、僕は人間になれないんだ」


 あたしは顔をしかめる。「ええっと……つまり?」


「なんだ、鈍いな。俺はもう分かったぞ」


「あたしだって分かってる。でも信じられないの」、三角水晶は、コルロルに向けられた感情のみを盗む。残るは愛、ただひとつ。「あたしが……こいつを愛するなんて」


 ちゃんちゃらおかしいと思った。百歩譲って、子供頃のあたしはこいつに恋心を抱いていたとしよう。だったとしても、今のあたしは喜びや楽しみを知らない。喜びや楽しみを差し引いて、人を愛せるのか、はなはだ疑問だった。


 でも、コルロルの中には、あたしが彼を愛し、その愛は彼を人間へと生まれ変わらせ、十年の遠距離恋愛の末に結ばれる、という筋書きが完成しているようだった。


「あたしは、あなたを見ているとイライラするし、一緒にいても楽しくないし、嬉しくもないし、ひとかけらも笑わないし、あなたが死んだところで哀しくもないけど、それでも愛することができるって言うの? あたしが向けられる感情は、憎しみだけよ」


 ライアンが頭を抑える。「ひどいフリ方だ……」


「ひどいの?」、ぬいぐるみはあたし達を不思議そうに眺める。「ああ、最悪さ」、ライアンがつぶやき答えると、「ひどいんだ……」、刺繍糸の口をへの字に曲げて、ぬいぐるみがあたしを見る。


「いたたまれなくて、コルロルを見れないよ」


「ちょっと待って、あたしは事実を言っただけよ? ひどいことない。それに、怪物がこんなことで傷ついたりする?」


「本当にそう思うか? それじゃあ確認するぞ? 君がひどくないなら、コルロルは平気にしてるはずだ。コルロルの方を振り返ってみるぞ? せーの、一・ニの三」


 あたし達は同時にコルロルを見た。やつは岩の上で体育座りをして小さく体を折りたたみ、膝に顔を埋めて突っ伏していた。


「みろ! 手本のような落ち込みっぷりだ! 人間でもこう分かりやすいやつはいない!」


「あ、あたしを責めないでよ。楽しいや嬉しいを盗んでおいて、恋愛してるつもりのあいつがおかしいんじゃない」


「……もちろん、このパターンも考えなかったわけじゃない」、たぶん考えてなかったんだろうと思わせるぎこちない声で、コルロルは言う。「でもちょっと……その辺をひとっ飛びしてくるよ」


 そう言って立ち上がろうとしたところで、コルロルはよろめいて岩から落ちた。どすん、と大きな音がする。


「大丈夫?」、ぬいぐるみが駆け寄る。


「大丈夫じゃないよ、見てた? 転んだんだ。痛いに決まってる」、コルロルは起き上がり、自分の顔を指差してぬいぐるみに見せた。「ここ、腫れてない?」


「……レーニス、俺はだんだん、あの怪物のことが恐ろしくなくなってきたよ」


「ひどく気弱なのね。拍子抜けしちゃう」


「そういえば」、ライアンはあたしの隣り、何もない空間を見た。「リーススは?」


 あたしはハッとした。


「そうだ……そうだそうだそうだった! リースス!」


 一気に狼狽した。あたしは自分の頬を両手で抑える。

 その様子に気づき、コルロルは立ち上がった。「リーススって、レーニスのお姉さんだよね? 前に言ってた」


「リーススが、どうしたんだ? そういえば、ガルパスが捜してこいって言っていたが」、ライアンは顔を覗き込んでくる。


 どうやったら、喜んでくれる? ねえ……。初めてみたリーススの涙が、思い出される。


「喧嘩したの。それで、リースス、どこかへ行っちゃった。どうしよう、おじさんに見つかってたら……」


 見つかってたら、なに? 殺される? それで? なぜあたしはこんなに慌てているの? リーススが死んだって、あたしはきっと、哀しくないのに。


「そうか。そいつは心配だな。でも、この暗い中探すのも危険だ」


 辺りは暗かった。頼れるのは、半分になった月明かりしかない。


「朝まで待とう」、とライアンは言ったけど、リーススが今でも泣いているような気がして、落ち着けそうになかった。


「リースス、泣いてたの。今も、泣いてるのかな」

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