第12話


「ずっと不思議だった。どうやって感情を盗んだの?」


 金色の目が、きょとんと丸くなる。「覚えてないの? あのとき説明したのに」


 落胆を表すように三角の耳端が垂れる。コルロルは首に下げているピラミッド型の透明なガラスを、鉤爪の先でそっと掴んだ。


「なんだそれ。その、中の煙みたいなのは」、数歩近づき、ライアンは目を丸くした。


「感情だよ」


 透明な三角錐の中は、色とりどりの気体で満たされていた。青・赤・黄などの数種類があるが、それぞれは端から混じり、混ざった部分はまた違う色を主張している。


「元々ね、僕は無害な怪物だったんだ。怪物っていうのも、人間が勝手にそう呼ぶだけなんだけどね」


 やつは遠い目をして語り出す。コルロルの話はこうだった。


 ずっと一人ぼっちのまま、コルロルは彷徨っていた。人間はコルロルを見ると、悲鳴を上げて逃げ出すか、攻撃的になるかのどちらかだった。


 コルロルは、人間のことがいまいち理解できなかった。姿形だけで相手を判断し、凝り固まった価値観のみを信用する、愚かしい生き物だと思っていた。でも、自分と同じような怪物はどこにもいなかった。コルロルはずっとひとりだった。


 ある日、魔女に出会った。

 実際に魔女なのかは分からない。薄汚い布を頭から被り、女のような声で話し、不思議な力を持っていた。だから魔女だと思った。


 魔女は透明なピラミッド型の水晶をコルロルに差し出した。


『喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲。七つの人の感情を集めれば、お前は人間になれる』


『人間? 僕が?』、コルロルは失笑する。『なんで人間なんかに成り下がらないといけないんだ。やつら、視野が狭いんだ。偏狭でくだらない。なぜ僕みたいに唯一無二で特別な存在が、ありふれた人間なんかに』


『残念だ、この話は無かったことに』


『まあ面白そうだから受け取っておくけど』


 魔女はそのネックレスについてこう説明した。


『いいかい? 集められるのは、お前に向けられた感情だけだ。そして集めた感情は、その人間から失われる』


『ようは盗むってことだね』


『いいや、借りると言うのが正しい。お前がこの世から立ち退いたとき、その水晶も砕ける。そして借りていた感情は、各々元の宿主に戻る』


『完全に自分のものにしようと思ったら、七つコンプリートして人間にならないといけないってことか。ところで、僕が元々持っている感情は、カウントされないの?』


『あくまで人間から集めたものだけが、お前を人間へ変える』


 コルロルは人のいる村を訪ねた。少数で暮らす小さな村だった。胸には三角の水晶。それをつけているだけで、自分の人間度がアップしたような高揚感があった。これから人間になる。その最終目標が、人間への親近感を湧かせた。しかし当然、人々の反応は変わらない。


 変わらずコルロルはバケモノであり、人とは明らかに一線を画す脅威だった。村の女子供は裸足で逃げだし、男たちは武器をとった。剣を向けられた時、水晶の中に、燃えるように赤い気体が渦巻いた。


 とめどない殺意。勇気と畏怖。それらは劇薬を飲まされたような目眩と熱を起こした。はじめて胸の内に発生した激情に、コルロルは我を忘れた。


 気がついた時には、村は赤く染まり、死体が転がり、コルロルだけが立っていた。


「そのとき思ったんだ。人の感情こそがバケモノだって」、岩の上に座っているコルロルは、片膝を立てる。「僕にも感情はあるつもりだったけど、人が持っているものとは明らかに違った。淡白っていうのか、全部が薄いものだったって、人間の感情を知ってはっきり分かった」


 ライアンも小ぶりな岩に腰かけて話を聞いていたが、口は挟まなかった。


「やっぱり人間にはなれないって思ったよ。あんまり簡単に殺せちゃうから、自分も脆い人間になるのかって思うと、怖くなったんだ。だからできるだけ人に会わないようにして過ごした。でもやっぱり、誰にも会わないっていうのは難しくて、同じようなことが繰り返された」


「まるで呪いだな」、ライアンは肩をすくめる。


「まさにそうさ。僕もまったく同じことを思ったよ、あの魔女に呪いをかけられたんだって。ちょっと考えれば分かったことなんだ」、黒い翼が、心持ち広がる。「怪物と恐れられる僕に、誰が喜びを向けてくれる? 笑いかけてくれる? あの魔女はきっと分かってたんだ、僕が殺意や恐怖に苦しめられることを」


 牙を剥くコルロルの顔は、確かに怖かった。体は成人男性の二倍はある。翼まで入れればもっとだ。どこかマイルドに感じ始めていたやつの恐ろしい外見が、浮き彫りになったようだった。こいつに向かって武器をとった人々は、勇気のいったことだろう。 


「ま、まあまあ、でも君は、ポジティブな感情も持っているんだろう? その、つまり」、言葉の先を視線に任せ、ライアンはあたしを見た。


「そうなんだ」、コルロルは人が(怪物が?)変わったように、ほっこりした顔をする。「僕は出会ったんだ、レーニスに」


 やつはまた語りだす。あたしは自分の記憶と照らし合わせながら、やつの話す道筋を追った。



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