第4話


 家の前に出たあたし達は、呆気に取られてしまう。男が四人に増えていた。いえ、ライアンが増殖したってことではなくて。彼の隣にはもうひとり、中年のおじさんが立っていた。その後ろに、更に二人。背の高い筋骨隆々という風貌の男が二人。


「おおっ!」、あたし達を見るなり、おじさんは人の良さそうな垂れた目をうるませた。「リースス! レーニス!」


 そういえば、こんな人だった。ついさっき話していた、親戚のガルパスおじさんだ。幼い頃の記憶と照合してみても、少し老けたくらいで、突き出したお腹も、長い髭も、当時とそう変わらない。


「大きくなったじゃないか! こんな場所で、大変だったろう」


 彼はめいいっぱいに両腕を広げる。じっとその様子を見ていると、リーススが腕で小突いてきた。


「マニュアル二十五」


 あたしはハッとした。「ハグね」

 マニュアル二十五。知り合いと再会し、相手が感激した様子で両腕を広げた場合、ハグをする。あたしとリーススは遠慮がちにおじさんに近づく。彼の手が届く範囲に入ると同時に、がばりと引き寄せられる。


「悪かったねえ。お父さんが亡くなったと、もっと早くに知らせがあれば……」


 おじさんはあたし達の頭を撫でた。父さんがそうしてくれたように。父さんを、懐かしく思う。懐かしいっていう感情は、あたしにもあるみたい。喜怒哀楽愛悪欲。懐かしいは、どこに属するものなんだろう。


「もう一年も経ってしまったのか。大丈夫だったかい? この辺りは物騒なんじゃないか? 物取りの類も出ると聞く」


「ううん、この辺は全然人も来なくて、なんともなかった」


 そうか、そうか、とガルパスおじさんはあたし達の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。


「今日は迎えにきたんだよ、二人だけであの山を超えるのは大変だろうと思ってな。なにせ崖道で危険な場所だからね。それでこの二人が」、おじさんは後ろに控えている二人の大男を振り返った。「彼らが荷物を持ってくれる。あそこは馬も通れないから、専門の人間を

雇ったんだ。ははっ、何にでも専門が居るもんだ。ところで」


 おじさんは記憶通り大きいな声でよく喋り、隣にいるライアンを見た。


「彼は?」


「ああ、気にしないでください」、視線を察し、ライアンは胸の前で手を振る。「俺は彼女たちとちょっとした約束がありまして、おそらく途中までお供することになると思いますが、それだけですので」


 おじさんは一見して胡散臭いと判断したらしく、眉をひそめ、こちらに顔を寄せた。


「大丈夫なのか彼は?」、声のでかいおじさんは、ひそひそ話に向いてないと思う。口元を手で隠してはいるけど、あたしの耳元で十メートル先にいる人に叫ぶみたいに喋るのはやめて欲しい。


「いえ、怪しいものではありませんよ」、ライアンが答える。 


「約束ってなんだ? 騙されてるんじゃないのか?」、やっぱりおじさんはあたしの耳に叫ぶ。


「まさか、めっそうもない。彼女たちとは今日会ったばかりですが」


「会ったばかりの男なんて、何者か分からんじゃないか!」


 もう二人で会話成立してるじゃない。向き合って話してよ。


「ガルパスおじさん、彼は旅をしている方で」、耐えかねておじさんを突き飛ばそうとしたところで、リーススが間に入ってくれた。「彼も行き先が同じなの。それで、一緒に行こうって話しになっただけなの」


「君たちはこんな知らない男と一緒に旅をして、途中で襲われでもしたら……!」


 おじさんの方が襲いそうな勢いで憤慨する。


「大丈夫、勝負になったらあたしが勝つもの」、あたしは太もものホルダーからナイフを取り出し、シュッと振ってみせた。


「そ、そういうことなので……本当に、レーニスはバカみたいに剣の練習をしてたし……」


 おじさんはまだ何か言いたげだったが、「いや、久しぶりの再会だ、怒るのはやめておこう」と自らの怒りを静めるように、鼻から長く息を吐き出した。


 怒るのは、あたしも得意だ。でも沈めるのは苦手。鼻から息を出すといいのかな。


「君たちには少し、警戒心が足りないかもしれない。君たちの父親も、風変わりな男で、人を疑うことを知らなかった。賢くはあったんだが……。まあいい、出発しよう。さあ、荷物を」


 あたし達は大男に荷物を預けた。中には、どんぐりの瓶も入っている。




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