Vol.8 光と陰
膨れたお腹を揺らしながら紅莉栖と餅川はレッスン場に着いた。
「お待たせ、ここが事務所兼レッスン場だよ」
紅莉栖は目の前に大きくそびえ立つビルを見上げた。
「おぉ〜!こんなデカイ建物でレッスン出来るのか!」
「あ……えーと……」
餅川は少し申し訳なさそうな顔をして視線を横にずらす。
「そっちじゃなくてこっちなんだよね……」
餅川がずらした視線の先に紅莉栖も視線をやる。
その建物はみすぼらしく、隣の大きなビルの日陰になっており思わず紅莉栖は目を疑った。
「こ、これと言うのか?」
「そう……うちの事務所お金無くてね……」
餅川と紅莉栖は気まずくなりその場で少し立ち尽くす。
この状況を打開しようと動いたのは紅莉栖。餅川に気になることを聞いた。
「この、隣のデカイのはなんなのだ?」
「え?あぁ、あれはね”ジュエリープロダクション”って言って大手のアイドル事務所なんだよ」
“ジュエリープロダクション”は沢山のアイドルを抱える大手事務所で、その名の通り宝石の様にレベルの高いアイドルがたくさん在籍している。
「あの川口桃子もこのジュエリープロダクションに所属してるんだよ」
「なに!?この建物の中にいるのか!?」
「いや……ここに住んでるわけじゃないから」
紅莉栖が天然ボケをかましている間にある人がジュエリープロダクションから出てきた。
「ねえ?こんなに私可愛いのになんで売れないわけ?」
「僕たちも頑張ってるんだけど今はこういう時代だからね」
「はぁ〜……もう!」
事務所から出てきたのは、紅莉栖が1番最初にオーディションを受けた時にすれ違ったアイドルの愛梨須(アリス)だ。
マネージャーに対してイライラをぶつけていた。
「ん?彼奴は……そうだ!あの時の!」
「……え、なに?」
紅莉栖にしてみれば自分がこの世界に飛ばされて1番最初受けたオーディションであるが故に、強く印象に残っているが愛莉須にしてみれば数多あるオーディションのひとつに過ぎない為印象が薄いのも無理はない。
しかし、愛梨須は覚えていた。
「あー!あの時のおばさん!!」
「ちょ、ちょっと愛梨須ちゃん!すいませんうちの愛梨須が……」
愛梨須のマネージャーが申し訳なさそうに謝り、餅川もそれに礼をした。
「もしかしておばさん、そこの事務所なのー?」
「紅莉栖ちゃんこの子知り合い?」
「ああ、最初に餅川と出会った所で会っている」
「最初に会った所……ん、あのオーデションか」
餅川はあの時のオーディションにいたオーク3人組の1人だ。
もちろん、愛梨須のオーディションもしたのだがあまりに印象が違ったため気が付かなかったようだ。
「おばさんの事務所なんて呼ばれてるか知ってるー?」
「なに?なんと呼ばれているのだ」
「シャドウプロダクション……つまり日陰者ってわけ。うちの事務所の陰になってるしちょうどいいわよね」
「なに!?本当か餅川?」
「ああ……本当だよ」
餅川がマネージャーをしている”シャドウプロダクション”とは本来”佐堂(サドウ)プロダクション”であり、前オーナーの名字である佐堂から取ってつけられた。
かつてはアイドル事務所と言えば佐堂と言われていたが、オーナーが亡くなり徐々に力を失いジュエリープロダクションに引き抜きされてしまう。
この時餅川は、紅莉栖を引き抜かれてしまうのを危惧していた。
しかし、バレてしまったらもうどうしようもない。餅川は諦めていた。
「ふん、面白いではないか」
「……え?」
「戦とは如何なる状況でも弱者が強者に勝てる可能性がある」
「何言ってるのおばさん」
「餅川!私の決意はさらに固くなったぞ」
「紅莉栖……ちゃん?」
「私はトップアイドルになり、このジュエリープロダクションを倒す!」
「え!?紅莉栖ちゃん!?」
「さあ!早速レッスンだ!」
こうして紅莉栖と餅川は事務所へと向かった。
「愛梨須ちゃん……あの子ってなんて名前?」
「名前?紅莉栖って名前だけど」
名前を聞くと愛梨須のマネージャーはそれをメモした。
「ちょっと何してるの?」
「いや、あの娘はきっと凄いアイドルになると思ってね」
「何言ってるの?あんなおばさん売れないわよ」
「そうかなぁ……」
「そんな事より早く次のオーディション行くわよ!」
愛梨須とマネージャーは新たなオーディション会場へと向かって行く。
その頃、事務所の中に入った紅莉栖は佐堂プロダクションの社長との挨拶を交わしていた。
「紅莉栖ちゃん、あの人が社長の米原さんだよ」
カレンダーと睨み合いをしている社長のもとへ紅莉栖は向かう。
「おぉ!紅莉栖ちゃん久しぶりだねぇ」
「ん、あの時のオー……ではなく社長殿か」
「紅莉栖ちゃんには期待してるよ」
「私に任せておけ!隣のジュエリープロダクションを倒すのを待っておくのだ」
「うんうん……って、今なんて?」
「ああ、社長……私から説明します」
餅川は先ほどあった出来事を社長に話した。
餅川にしてみれば大手の事務所に喧嘩を売った事実で戦々恐々としており、社長に報告するのも恐れ多かった。
しかし、社長は大きく笑い紅莉栖を鼓舞した。
「良いじゃないか、アイドルと言えど敵は敵だ。紅莉栖ちゃんにはその意気で頑張ってほしいね」
「社長殿のお墨付きも頂いたし早速レッスンだ!」
「そうだね、じゃあ案内するよ」
残された社長は再びカレンダーと睨み合いをして、深くため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます