Vol.7 久しぶりの食事


 餅川はレッスン場へ向かう途中、ある事を紅莉栖に尋ねた。


「そういえば紅莉栖ちゃんって出身どこなの?」

「生まれはパルス……」


 そう言いかけて紅莉栖は考えた、自分はもうあそこの国の人間ではないと。

 ならば嘘をついてこの世界で生きやすくするのが正解なのではないかと。


「わ、私は……少し記憶を失ってしまってるようなんだ」

「へぇ〜、記憶をねぇ〜…………って、えぇ!?」

「すまない、話すのが遅くなってしまって」

「いや全然いいんだけど……あ!だからあんまりテレビの使い方とか分からなかったんだ」


 紅莉栖の激戦を戦い抜いてきた精神力を持ってすれば、餅川を騙す事など容易い。

 餅川の中では昨日の不自然な紅莉栖の行動に全て辻褄が合うこととなった。


「じゃあご飯とか全然食べてないんじゃない?」

「ご飯……確かに1週間は食べていないな……」

「へぇ〜、1週間ねぇ〜……って、えぇ!?」

「何を驚いている?」

「1週間ってそれ死んじゃうよ!僕が奢ってあげるからご飯食べに行こう!」


 こうして紅莉栖は餅川に連れられて、ファミレスへと訪れた。

 席に着いた紅莉栖は餅川にメニューを渡される。


「何でも好きなもの食べていいから!気にしないで!」

「そ、そうか……では……」


 紅莉栖はメニューを開くと目を大きくした。そこには色とりどり、多種多様、和洋折衷、様々な料理が写っていた。


「ほ、ほんとに好きな物を食べても良いのか?」

「まあ、その……」


 この時、餅川は悩んだ。

 餅川はまだマネージャー歴としては浅く、安月給の中働いている。

 そして、もしかしたら未来のトップアイドルになるかもしれない彼女の機嫌を損ねる訳にもいかない。

 短い時間の間に餅川と財布との熱い激論が交わされ、出された答えは。


「いいよ!気にしないで!」

「本当か!?……では遠慮なく」


 餅川は、覚悟した。こりゃ今月は、もやしと卵の生活が始まるぞ……と。

 しかし、ここには女神がいた。


「私は、このハンバーグというのが食べてみたい!」

「……え?それだけで良いの?」

「んー……ではこの目玉焼きというのが付いているやつ!」


 思わずありったけのメニューを頼まれるのかと思っていた餅川は、この女神の屈託のない笑顔に心を打たれた。


「じゃあ頼んじゃうね」


 餅川が店員を呼ぼうとした時に、紅莉栖の視界にある物が目に入った。


「ちょっと待てくれ!これは……なんだ??」

「え、どれのこと?」


 紅莉栖が見つけたのは、メニューの裏側にあるデザートのページ。

 そこに写っていたのはストロベリーパフェだった。

 初めて見る食べ物だらけの中で、紅莉栖にはそのパフェがより一際輝いて見えた。


「すまない餅川……これも食べても良いか……?」

「あ……ああ、うん!いいよ!」


 普段は芯の強そうに見える紅莉栖に、たまに垣間見える無邪気さがきっと人を魅了するのだろう。

 餅川は何の疑念もなく、紅莉栖の願いを叶えてあげたいと思った。


 注文をしてしばらく経ち、料理が届いた。

 紅莉栖の目の前に置かれた目玉焼きハンバーグは、熱々の鉄板の上で跳ねる油とそれに相反する半熟の目玉焼きのフォルム。更には肉の焼ける香ばしい匂いが鼻の奥をつつき、脳を刺激する。

 ここで突然、紅莉栖は涙を流してしまった。


「ど、どうしたの紅莉栖ちゃん?」

「いや、少し過去の事を思い出しただけだ……」


 その時紅莉栖は、ようやくご飯を食べられるという気持ちと、昔いた自分の国では戦いばかりで国民は飢餓に苦しんでいた事を思い出して涙した。


「紅莉栖ちゃん……そんなにお腹空いてたんだね……」


 餅川の思いとは少しかけ離れたが、涙する紅莉栖を見て餅川も何故か哀れんだ。


「さあ、冷めちゃう前に食べよ!」

「そ、そうだな……」


 紅莉栖は涙を拭い、初めて食べるハンバーグを一口パクッと頬張った。


「美味しい!!」


 過去の事なんて忘れてしまうぐらい、紅莉栖にしてみれば美味しい食べ物の様だった。

 一口、また一口と口に運びあっという間に目の前は鉄板だけに……


「紅莉栖ちゃん早いねー!」

「そ、そうか?」


 少し紅莉栖は恥ずかしそうにする。

 戦士だった頃はいかにして早くご飯を食べるかを考えて食べていた為、今更そういう所を指摘され頬を赤らめた。


「そうだ、パフェ持ってきてもらう?」


 紅莉栖は大きくて二度うなずく。

 またしばらくして運ばれてきたパフェは、このお店イチオシだ。


「こ、こんな可愛らしい物を食べても良いのか!?」

「いらないなら僕が食べちゃうけど」

「いや!いらぬ事などない!」


 イチゴの赤と生クリームの白がいい具合にコントラストを醸し出しているパフェは、甘い柔らかな匂いで紅莉栖を包み込む。

 スプーンで生クリームをすくい、口へと運ぶ紅莉栖は舌に乗せた瞬間に脳にビリビリと電気が走った。


「こ、これは本当に食べても良い物なのか……!?」

「そんなに美味しいなら良かったよ」


 ハンバーグとは対照的に、ひと口ひと口丁寧に大事に食べる紅莉栖。

 その間、餅川はスケジュールの確認などをして時間を潰す。

 綺麗に食べ終えた紅莉栖は、餅川に深く一礼をした。


「この様な物を頂き、誠に感謝する」

「いいよ、そんな改まんなくて」

「私は、トップアイドルになりたい。だから早くレッスンとやらがしたい!」

「おお!いいね!じゃあ早速向かおうか」


 少しホッとした餅川の財布がお会計を済ませ、お腹も膨れた紅莉栖は準備万端。

 今度こそ初めてのレッスンが始まる。

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