Vol.6 選ぶ理由
夢から覚めた紅莉栖は、まだ陰鬱な余韻に浸りながらベッドの上でぼーっとする。
すると突然スマホからけたたましい着信音がなり、思わず紅莉栖は飛び跳ねた。
「何奴!?こ、この音はどこから聞こえてくるのだ!?」
音の鳴る方へと近づくと紅莉栖はその小さい塊から出ているのを確認する。最強ならぬ最狂の女戦士でも、得体の知れない物にはなかなか手を出せない様だ。
紅莉栖とスマホの熱い睨み合いが続く中、先に音を上げたのはスマホだ。音を上げたが音は止まった。
紅莉栖は静かになったスマホを手に取りマジマジと見つめた。
「彼奴は何と言っていたか……」
昨日、餅川が帰り際に置いていったスマホ。その名を思い出していた時、またスマホは着信音を鳴らした。
「のわあああっ!?何なんだ!!」
驚きのあまり持っていたスマホを落としてしまった。
しかしこれが功を奏したのか、どうやら応答ボタンを押していた。落ちたスマホから声が聞こえる。
「どこから声が聞こえている!?」
「……ーい…………く……ちゃ……ん」
「遠くから聞こえているな……」
窓際に行き、少しを身を隠しながら外の様子を伺う。もちろん異常はなく、けれども部屋の中からは声が聞こえている。
改めて紅莉栖は部屋の中でその声を探る。
すると、ようやくスマホから声が出ている事に気がついた。
「これから声が聞こえているのか」
聞こえやすいように耳元へとスマホを近づける。紅莉栖は自然と正しい使い方をしていた。
「紅莉栖ちゃーん?大丈夫ー?」
「この声は昨日の……」
「ちょっと声が遠い気がするんだけど」
正しい使い方をしていたのは半分正解だったようだ。裏表は合っていたが、上下が逆さまだった。
餅川に促され紅莉栖は真の正しいスマホの使い方、否。正しい電話の使い方を学んだ。
「ようやくちゃんと声が聞こえたよー、昨日の餅川だけどぐっすり寝れた?」
「ああ、この様なフカフカなベッドは初めだったからな」
「それなら良かった、これから来週の収録に向けてレッスンする事になったから、13時ごろ迎えに行くね」
「れっすんとな……」
「そう、歌とかダンスとかいろいろ特訓するんだよ」
「特訓か……しばらく動いていなかったからちょうど良い」
「じゃあまた後でねー」
時間まで暇になった紅莉栖は、昨日トップアイドルの姿を見たテレビをつける事に。
テレビのニュース番組ではエンタメコーナーの最中で、ちょうど川口桃子の話をしていた。
「さあ、続いてはトップアイドル川口桃子の話題です。先日行われたコンサートでは3日連続10万人動員という大記録でした」
トップアイドルともなれば、集客力も抜群でそのファンの数は圧巻だ。
そのファンに向けて川口桃子がテレビの中からメッセージを残していた。
「今回は皆さんのおかげで楽しいコンサートが出来ました!皆さんは満足してくれたかな?川口桃子はまだまだみんなに元気な姿を届けるから、楽しみにしててねー!」
アイドルとして十分なほどの愛嬌が垣間見えるが、決して嫌味ったらしいこともなく言葉の端々にその完璧さが伝わってくる。
紅莉栖は決意した。
訳も分からずにアイドルというものを目指す事になったが、過去の思い出には良いものがない。
この世界の方が人も死なずに誰も悲しむ事もない。
これは神様が与えてくれたひと時の夢だと思うようにし、憧れのトップアイドル川口桃子を目指し、越える事を決めた。
それから紅莉栖は餅川の真似をしてリモコンをポチポチといじり出した。
チャンネルは若手芸人がネタ見せをする番組に切り替わり、目を止める。
「どうもー!えー、ショートコント!戦士あるある!」
戦士のコスプレをした芸人が万人受けしなさそうなショートコントを披露する。
「あー、明日は戦かー。そうだ、靴綺麗にしよ!んー、もう少し……んー、もう少し……んー、戦士は靴気にして寝不足になりがち!」
「ははは、分かる分かるー」
それは本当に戦士あるあるなのか?と疑問に思うようなネタだが紅莉栖に”だけ”はウケたようだ。
それから2つほどあるあるを披露しては、スタジオは冷え切り耐え難い空気になり、紅莉栖の笑い声だけが部屋に響いた。
テレビの使い方もマスターした頃、インターホンが鳴り餅川の声がドアの外から聞こえる。
その声に気が付き、紅莉栖はドアを開ける。
「それじゃあ行こうか」
「ひとつ聞いて良いか?」
「どうしたの?」
「その特訓をすればあの川口桃子の様になれるのか?」
「んー……」
餅川は少し口を噤んだ。
大きな事務所ではない事や、まだまだ駆け出しのアイドルである事。簡単に目指せるとは言えなかった。
「そうか、難しいのだな」
「まあ、ね……」
「ならば、目指し甲斐があるものだな」
紅莉栖の目は輝きに満ちていた。
餅川はこの姿を見てこの娘は他のアイドルとは違うと、少し感じ始めるのだった……
「じゃあトップアイドルを目指して頑張ろう!」
「おう、早速そのレッスンとやらに連れて行くのだ!」
こうして紅莉栖の初めてのレッスンが始まる。
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