Vol.5 忌まわしき記憶
紅莉栖はスヤスヤと眠っている。深い眠りの奥底で彼女は昔の事を思い出していた。
ここはパルスブリーク、紅莉栖がいた国だ。
この国は世界の半分を占める大きさまで勢力を広げていた。
しかし、この国民達はある疑念を抱き始める。
「この争いに意味などあるのだろうか?」
誰しも疲弊していく人や国を見て、国を大きくしていく事が意味のない事だと気が付き始める。
今こそ手と手を取り合い、ひとつとなって前へと進むときなのではないのかとそう思っていた。
そしてこれに賛同した1人の戦士がいた。
名はドミニク、彼はパルスブリークの4大狂戦士の1人でありながらもこの意見に賛同する。
しかし、この4大狂戦士は国の為にあらゆる手段を用いても相手を抹殺する様に洗脳された強力な駒だ。国の意見に逆らう事はあってはならない。
この噂を聞きつけた国王は酷く憤慨し、他の狂戦士達に抹殺を命じた。
「お前達はいつまでもそうなのか?変わるなら今しかないぞ」
「何言ってんだテメェ?俺たちゃ人を殺す為に生まれてきたんだよ」
屈強な力任せの狂戦士レジナルドがけしかけ、他の2人もこれには異論がない様な表情で見ている。
悲しい事にドミニクは自らの思いも届かずに、仲間達に殺されてしまった。
この報せを聞いた国民達は酷く落胆した。
そして時は残酷に過ぎていく。パルスブリークは更に勢力を拡大させ、世界の7割ほどまで自国として取り込む事に成功した。
だがそんなある日の事、1人の狂戦士は迷っていた。
パルスブリークは激しい戦いの中で、戦力を大いに喪失していく。
大人の男だけでは足らず、男の子までも戦地へと送り出したがもちろんその分被害も甚大だった。
しかしこの国の王はそんな事もお構いなしに使い捨ての様に子供達を殺していった。
次第にその男の子達の数も減り、戦力として使えなくなってしまった時、今度は大人の女性を戦地へと送り出す事を決めた。
この時点でほぼ全ての国民は反対をしたが、その都度見せしめの様に処刑をしてはその意見をかき消していく。
この悲痛な現実に徐々に人の感覚を取り戻してきた者がたた。それがクリスだった。
クリスは目の前で死んでいく女子供を見る度に心を痛め、早くこの戦いを終わらすべきだと考えていた。
そこで直接、国王に直談判をしようと思いつく。
しかし普通に言ってもまたドミニクの様に殺されてしまう。
何とかしようと考えた結果、残りの2人の狂戦士を殺してしまおうと考えた。ドミニクは優しい気持ちが残っていたが故に、仲間を殺す事ができなかったがもうクリスは我慢がならなかった。
「お前も気が狂っちまったのか?」
「私は戦士であるが、1人の人間だ。お前達には心がない」
「心がないってよ?どうするよミゲル」
「どうするって好きにしたら良いよ。僕は君が殺しきれなかったら殺るから」
「ひでぇよなクリス?こいつ俺が弱いって言ってるみてぇでさ……カッコよく殺されてくれよ!」
「させるか!!」
4人いる狂戦士の中で、クリスは唯一の女性だった。そのせいで他の狂戦士に舐めた態度を取られる事も多々あったが、裏では人一倍訓練を積んでいた。
そのため、見た目では分からない力の壁が存在し、圧倒した。
「くそおおおおお!俺が女に負けるなんてええええ!」
「僕の綺麗な体を傷つけて……あの世で待ってるから覚悟しとけ……」
クリスは今まで戦ってきた中で一番暴れただろう。その目は瞳孔が開き、記憶もあまりなかった。
けれども気持ちは晴れ、スッキリとした面持ちだった。
そのままクリスは2人の死を王へと報告に向かう。報告を聞いた王は笑顔だった。
「うんうん、君の気持ちはよーくわかった。もう戦うのはよそう」
「本当ですか!国王様!!」
「けどね、ヒンデケル地方だけは最後に領内へと収めておきたいんだ」
「わかりました。その最後の戦い、私が力を貸しましょう」
「助かるよ、援軍もつけとくから先に行っててくれ」
最後の戦い、これで国民は全員救われる、また平和な世界へと戻る。
その気持ちで戦地へと赴いたクリスは、1人最前線で戦った。そこは人と獣が無理やり交配させられたオークが住んでいる地方。国王が援軍を送ると言った時間が迫る。
いくら狂戦士とは言え、1人で戦うのも限度がある。あと少しの辛抱、そう思って振り返ると多数の軍勢が……
喜びも束の間、自軍の兵士だと思っていたのはオーク達だった。頭の中は混乱で埋め尽くされ、戦意を喪失してしまうクリス。
「どうしてだ……」
オークに捕らえられたクリスはこの状況を嘆いた。今までの戦いが全て無駄に終わる……
大人しく牢獄に捕らえられたクリスは見張りのオーク達が話をしているのが耳に入ってきた。
「あの女、めちゃくちゃ可愛いよな!」
「スタイルもいいしたまんねぇな」
「でもよ、何であいつ1人で乗り込んできたんだ」
「聞いた話だとよ、あいつの国の王が俺達に女を寄越す代わりに領地を渡せって事らしいぜ」
「マジかよ!じゃああいつ好きにして良いのかよ!」
「しかも女に困らねぇ!サイコーだよな!!」
クリスは耳を疑った。あの時王は確かに分かったと言っていた。
なのにどうしてなのか?クリスは全てに絶望して、生きる希望をなくした。
牢獄から出されたクリスはオークに磔にされある薬を飲まされそうになる。
しかし、いざその状況が目の間に迫るとどうしても受け入れたくない。クリスは必死に抵抗した。
「やめろ!やめろ!やめろおおおおおお!!」
「はっ……私は今……」
フカフカのベッドの上に紅莉栖はいた。夢の中で過去の記憶を見ていたようだ。
深く記憶の底に刻まれた忌まわしき思い。
彼女は頭を大きく振り、忘れる様に頭の中にその記憶をしまい込んだ。
今はこの夢を楽しむ為にアイドルへの道へと突き進む。それが、彼女が彼女である事を忘れる為なのだ。
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