第4話

 ブルーに取り憑いていたものは今は一旦離れている。きっと彼に自分と同じ匂い、同じ魂の色を感じたからなのだろう、何とかしたいと思ってしまった。でも出来ることは高が知れている。それでも彼にとってクリティカルなものを一緒に抱えたと思う。一旦離れたそれと彼が取っ組み合うことが出来るか、それとも再び一体となってその密着からやり合うことが出来なくなるか、それは彼次第だ。私達はきっとこの短い重なりを越えたらもう二度と会わない。だからそこは彼が独りでやらなくてはいけない。だから結末を私が知ることは出来ない。いや、ひとつ方法はあるか。

「ブルー、お昼ご飯にしよう」

「おう」

 ハンバーガー屋にしては珍しく、普通のテレビが流れている。空腹の絶頂だった私達はしばし食べることだけに集中していたが、皿が空になったところでワイドショーの芸能ニュースが始まった。

『――年頃にヒットした「サウンドゴーレム」のギターヴォーカルのブルーさんが行方不明になっています。関係者の話によりますと、ブルーさんはスタッフとトラブルを抱えており、それが原因での失踪ではないかと考えられております』

「ブルー、あれ」

「俺、先に店出る。会計は後で必ずするから」

「うん。私にだけ見つけ易いところに隠れてて」

 こそこそするかと思いきや、ブルーは堂々と店を出て行く。そもそも店内の客はまばらだったが、ああ言うのを舞台度胸と言うのだろうな、ちょっと感心した。外に出るとブルーは居なかった。けど私は彼の服と、帽子とサングラスを買って、駅に向かった。

「やっぱりここね」

 駅の前の階段に腰掛けているブルー。これは隠れていると言えるのだろうか。

「隠れることより、だいだいに見付けられることの方が重要だ」

 駅のトイレで着替えさせて、列車に飛び乗る。大きな駅を目指す。

「橙、どうするんだ?」

「もう、ブルーが自由でいられる時間は今日だけと考えた方がいいと思うの。だから、可能な限り北へ行こう」

「北に行ってどうするんだ?」

「それは分からない」

 乗り換えた特急はすごいスピードで走る。駆け抜けて行く景色、これまでゆっくりじっくり世界を切り取りながら進んでいたのに、今は見送るばかり。でも。でも。ブルーを行けるところまで行かせてあげたい。彼をそこまで連れて行かなくてはならない。ブルーが取っ組み合うためには、それが必要だ。

 列車は北へ、北へ。

「ブルーはどうしてギターを弾くの? 歌を歌うの?」

「最初はもう分からない。でもある日確信したんだ。俺はこいつと生きていく。ギターって不思議なものでさ、弾けば弾くほど好きになるんだよ」

「カメラと一緒だね」

 田園、山間、畑、町。短時間ですっ飛ばしたものの中にどれだけの命と生活があるだろう。それはそのまま、アートの数なのだ。その一つひとつを写し取るのが私。その一つひとつに歌を届けるのがブルー。

 進んだ時間だけ、終わりに近付く。ゴールを設定した時点で、私達は旅人ではなくなった。でも旅人であることを捨ててでも取りに行かなくてはならないものがある。それでも、私達から旅人であることを引き抜くと、ずっと出し易かった素顔が隠れてしまうのではないか、ただの他人になってしまうのではないか。いや、そんな心配は要らない。私達は既に橙とブルーの本体同士でのやり取りをしているから。旅人である隠れ蓑がなくても、素顔を晒し合うことが出来る。お互いに正体なんて分からないままだけど、私達は繋がっている。だから本当にさよならをするまでは、大丈夫、変わらずやり合える。

「橙?」

「ん、どうしたの?」

「何か思い詰めたような顔をしてたから」

「ブルーと私のことを考えてたんだよ」

 ブルーは黙る。少しだけ悲しそうな顔をする。

「二人旅はやっぱり今日で終わりなのか? 俺はもっと一緒に旅をしたい」

「お尋ね者と一緒じゃ撮影旅行は無理よ。撮影交渉に影響が出るし、そもそも気になるし。ブルーだって腰が据わらないでしょ? そして見つかったら強制送還でしょ。だとしたら逃げ切れるのは今日までよ。私だってもっと一緒に旅をしたいけど、もう旅は終わったの。目的地は決まっていて、この移動は消化試合なの。だからね、私達は旅ではない目的を持って、北の果てに行くのよ。私達が二人で居なければ出来ないことがあるわ」

「そうか」

 ブルーは黙って窓の外に目をやる。リズミカルな電車の音だけが繰り返される。

 言っていた私自身も、北に着いたら何をするかなんて分かっていない。ただその必要を確信しているだけ。見過ごせるレベルの直観ではない。

 私も車窓の外側を見る。遠くの景色がなだらかに変化しているけど、写真を撮る気になれなかった。

 いずれ特急列車は駅に着き、次の電車に乗り換える。私達は言葉少なに乗り継いで行き、電車の北限まで到達した。外に出ると、夜はもう始まっていて、街で、まだここじゃない。私はタクシーを捕まえる。

「一番北までお願いします」

 ブルーは私の選択に従うのでもなく、関心がないのでもなく、ただそれが正しいと知っているように、一緒に乗り込んだ。

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