2-14

 それから家に帰って一緒に夕飯を作った。

 春花の自己申告の通り、手慣れた様子で料理を作っていた。一人暮らし二年目の俺と比べても遜色ない。野菜炒めは簡単だと思っていたけどシャキシャキした感覚を気にしたことが無かった。

 誰かの作った夕食は店と病院以外では久しぶりだからか、味の方はとても良かった。しかし春花の方はこれからの技術向上を誓っていた。気張りすぎじゃないか?不安になったが、押さえつけてもやる気を削ぐだけだと金の使い方だけを注目して後は放っておくことにした。レシピはネットで手に入るし、金衛さんに聞けば守秘義務の範囲外なら教えてくれるかもしれない。

 夕食を終えるころには瞼が半分降りていた。春花の勧めもあって何とか気力を絞って食器を片付け、風呂に入り、すぐに自室に戻り布団に入った。

「おやすみなさい」

 そう言って春花は風呂場へ向かった。思春期的には先に入った方が良かったのだろうか。布団に入って気づく。今更考えても仕方ないことで、明日から気を付けようと思って瞼を閉じかけて、封筒の存在を思い出す。

 緊急的なことが書かれているかもしれない。布団から這い出て、机の上の封筒を手に取り開けた。

 書かれていたのはほんの数行。

『彼女の言っていることに矛盾はないよ。ただ本人が今の状況に何の違和感を持っていないところがおかしい。自己暗示にでもかかっていると考えないと隙が無さすぎる。今のところ敵意もなく無害なようだけど、さっきの報告を見るといつ態度を変えるかわからない。経過は注意した方がいい。あと誰が関係しているかわからないなら、警察の中にも関係者が居るかもしれない。警察の方も見知った人以外は注意した方がいいよ。下手すれば彼女が壊れる方が先かもしれない。

 違和感を感じたらすぐに連絡してくれ、いつもお世話になってるからね』

 細くやわらかな文字で書かれていた。

 なるほど。月城の言っていたこととあまり変わらない。どちらにしろ、あの症状を見るからに春花が大事にされているようでもなさそうだ。被害者かもしれない。甘い見通しだとわかっているものの、どうしても春花のことは信じたい気持ちだった。「……寝よう」

 これ以上わかることはない。眠気もピークに来ており、放っておけば立ったまま寝れる位眠い。

 後は明日だ。そう割り切り、封筒を鍵付きの引き出しにしまい、布団に入り、エリスに頼んで電灯を消した。

 瞼を閉じるとすぐに意識は霧散した。

 

 妙な夢を見た。春花が兄と仲良くしている夢だ。夢なんだよなあと理解しながらも笑っている俺が居た。どこか寂しい夢だった。


 穏やかな晴天の午後十時。俺は店で片づけをしていた。カタログの整理と商品のホログラムの機械の説明書を持って奥の事務室に向かう。一連のものを一旦と言うことで机の上に置き、ふうと一息ついた。今日は休みだが、つい気になって来てしまった。

 上を向いて、二階の勉強中の春花のことをぼんやり考えた。

 今朝起きて居間に行くと、春花は顔を洗って着替えた後だった。張り切った様子で朝食の準備をしていた。今日の散策が楽しみなことがひしひし伝わってきた。

 俺の方は昨日の疲れが取れてないのか、寝ぼけ頭で春花が自室に引っ込むまでぼんやりしていた。その後は掃除でもしようかと思ったが、音を立てると邪魔になるかもしれないと思い、店の方に戻った。

 掃除しても気にならないだろう。

 ……譲歩しすぎだろうか。流石に住民を押しのけて自分の家にするのは本望じゃないだろうし、音のしない作業を考えておこう。気を遣われすぎても負担に思われたら困る。

 頭を前に戻し、店の中を一通り確認する。もう掃除するところはなさそうだ。そもそも自動掃除機があるから人力でできるところは細かいところだけだ。毎日やってたら殆ど埃は無い。

 終わらせていいな。安心して、裏の事務室に引っ込む。

 椅子に座り事務机に向かう。ウィンドウを出して鳩島について調べる。生活圏になるからスーパーや服屋の紹介をするが、それだけじゃつまらないかもしれない。田舎には無いような超高級な店が点在する鳩島では、いろんな店を見せて目を養った方がいい。何か良く知らない店に入って知らないうちに買うのが怖い。何が起こるかわからないからだ。昨日沢渡さんと話した高級モールの方へ行ったら時間はどれくらいかかるだろうか。普段は美術館に行く以外は素通りであまり意識したことなかった。そもそも春花は何に興味を持つだろうか。

 春花についてまだ不明点ばかりだ。性格についても、事情についても。

 知るべきかどうかはわからないが、とりあえず選択肢は増やしておいた方がいいだろう。

 とりあえず見どころなどを検索すると真っ先にデートコースという検索候補が出てきた。それを無視して、取り合えず観光地や高校生向けで自分の知らない店を調べる。

 出てきたサイトを上から眺めると、思った以上に知らない店ばかりで驚いた。二年も住んでいるのに自分の興味の範囲しか知らないことが衝撃的だった。春花にこの島のことを紹介できるだろうかだんだん心配になってきた。下手すれば安いスーパーと美味しいカフェ、本屋と料理屋しか紹介できないかもしれない。確かに仕事が安定するまで一年くらい精神的な余裕が無かったら仕方ないのかもしれないが、あまりの世界の狭さを強制的に自覚させられるのは中々辛い。

 だが紹介するのは俺しかいない。いや、学校の友人の方に任せるべきだろうか。大雑把な説明でいいだろうか。そもそも本島の方にも一回は行ってみた方がいいだろうか……。

 雑念に苛まれながらも検索し、とりあえずそれなりの情報を集めた。後はもう思いつかない。最後に高級モールの方の展示会について検索していると、コンコンと裏口の扉がノックされた。

「兄さん?」

 春花だ。

「どうした?」

「授業終わりました」

 時計を表示する。「12:03」。がたっと立ち上がり店から飛び出た。

 勢いよく扉を閉める。

「すまない。掃除の方に集中していて気づかなかった」

「い、いえ、もういいんですか?」

「別に明日に回していい仕事だ。気にしないでくれ」

「……わかりました」

 やってしまったという風に顎に手を当てていた。本当のことを言うのは恥ずかしいから言えないものの、仕事関係のことを理由にするのはあまり良くないようだ。今度からは時間を気にしなくては。

 俺は先んじて歩き出し、二階への階段を上る。春花は半歩下がってついてきた。

「今日の予定は本当にないから気にしないでくれ。早く昼を食べて外に出よう」

「あの、それなんですが」

「うん」

「今日は私がご飯作ってもいいですか?」

「一人でってことか?」

「はい。家にいるときはできるだけ料理したいです」

 真剣なまなざしでこちらを見ていた。調理機器の操作だけが懸念事項。それ以外は味覚も普通で、昨日の様子なら大丈夫だとは思う。野菜の保存の仕方もこれから勉強していけばいい。不安なのはこの気張り具合がいつまで続くかという点だ。支えようと無理してないか心配だった。やる気は否定したくない、でも疲労は見過ごしたくない。過保護だとわかっていても気を遣われるのはあまりいい気分がしない。

「わかった。ただ暫くは俺が側で見ているのと、弁当と朝食は俺が作る」

 妥協点はここだ。夜は勉強したり、友人と話したいだろう。それと起き抜けは感覚が鈍い。異変があったら気づきにくい。それと弁当は食中毒のことを考えると初心者に任せるのは不安だ。そういった観点から諭すように春花に言うと、何故か顔が赤くなった。

「そばで見て頂けるのですか」

「やりにくいか」

「い、いいえ!初心者ですからありがたいです!」

 側かー。と春花は小声で一人呟いた。何か嬉しそうなのは気のせいか。自分の裁量であれこれしたくないのか。理解が難しい、これが思春期か。

 微妙な感情の揺れに扱いづらさを感じながらも、二階の扉の前に立ち、網膜認証を通した。


「……すみません」

 目の前には焦げたピーマンとちくわの炒め物。

 春花は顔を伏せて陰鬱な表情の春花がどんよりした雰囲気を醸し出して、食卓に着いていた。

 部屋に戻り、さあ料理だと作り始めたところで、こうなった。

 ただの炒め物だったが、春花は何故か行程を忘れた。今何の調味料を入れたか忘れ、油を熱し忘れ、あれこれして焦げた。初心者ならよくあることで、変な調味料を入れるとか常識外のことをしなかったからそこまで気にしてなかった。ただ昨日はうまく行ったのになぜだろうか。不思議に思いつつもご飯を食卓に持って行き、朝の残りの味噌汁を出す。

「ありがとうごさいます……」

 落ち込んだまま受け取った。自分がやると言い出す気力もないらしい。あんなこと言ったから尚更落ち込んでいるんだろう。

 冷蔵庫から漬物を取り出し、箸をお互いの前に置き、着席。手を合わせると春花も遅れて手を合わせる。

「いただきます」

「……いただきます」

 俺はまず真っ先に小皿に野菜炒めを取り、口の中に入れた。

 春花は驚き、どこか怯えたようにこちらの様子を伺う。咀嚼して飲み込み、素直に感想を言った。

「……味は普通。次は調味料の準備を十分にしておけば焦げないな」

 思ったよりも普通の味だった。あれだけ慌ててたから味が濃いか覚悟したがそこまででもなかった。焦ったのは慣れてないのと、しっかりしたところを見せようとして焦ったから。となると後は慣れれば十分だ。

「……ありがとうごさいます」

 半信半疑と言った様子でさらにおかずを取り一口。飲み込んでふうとため息をついた。思った以上に失敗してないことに安心したようだ。

「うーんもうちょっと深みが欲しいです」

「そうか?俺は十分おいしいと思う」

「ありがとうございます。自分で作ったからこんな感想になるんでしょうか」

「かもなあ。そんなにきになるなら顆粒出汁を入れてみたり、色々試してみればいい」

「実験作は兄さんも食べるんですよ?」

「作った後に自分の分だけかければいいんじゃないか」

「なるほど……」

 また一口食べて、じっくり味わって食べていた。落ち込んでいた様子はなくなって、どんな料理をすれば美味しくなるのか考えているようだ。

 俺はふっと息を吐いて、白米を食べつつおかずを食べた。

 誰かが作ってくれる料理は味以外にもどこか満足するものがあった。春花の必死さを知っているからなおのこと気持ちが伝わっている。

 今日は何も起きなければいいな。

 平穏を祈って、食事は穏やかに進んだ。

 片づけを終えた後、春花は冷蔵庫の中身をメモをしていた。研究熱心な様子になぜか嬉しさを覚えていた。






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