2-10

「妙な音が聞こえるんです」

 神妙な顔で語るのは占い師の女性。ウェーブのかかった金髪をひとまとめにして、裾がくしゃっとしたの半袖シャツにジーンズ、白いパンプスを履いている。目は赤茶で。すらりとした手足が伸びる彼女は、自称占い師である。

 来て早々、「おかしなものが居るかもしれない」と言い出し、落ち着かせてから来客用のソファーに座らせた。机の上に診断書を置いて、家電の気になるところを書いてもらった。そして、返ってきたのが『変な音がする』の一文だった。困惑して、彼女と紙を交互に見やると、書いたままに言い返した。

 こういう客はたまにいて、付喪神が居るかもしれないとか妙なことを言い出す。どうも俺が透視まがいの能力を持つから勘違いしているようだ。一部のエーテルや自然発火現象のような静電気による現象は判別できるものの、本物は俺の埒外。お寺に行ってお祓い受けてくれと柔らかい口調で頼むこともある。ちゃんと検分代を払ってくれるから気疲れもそんなにしない。

 俺はペンの頭を額に着け、少し考えて、口を開く。

「……警察や探偵の方に調査していただきました?」

「はい。でも、原因判明まで至らなかった」

「盗聴器や機械の不調などの可能性は」

「今のところはありません。探偵の方から、最新式の盗聴器は音を最小にしているからありえないと。それと、大きな電器屋さんの方に連絡して全ての機械を点検していただきました。どこにも故障は見られない、という結果になりました」

「……心霊関係の専門家の方は呼びました?」

「今回の調査の後、呼ばせていただきます」

「俺の調査の後ですか」

「はい。今までの人たちは、見えないものが見える人はいなかったので」

「ああ」

 言い方がオカルトチックだ。間違っては無いが引っかかる。

 むしろ占い師の方がオカルトだろう。どうしてここに来たんだ。こちらから聞き返したいくらいだが、SNSで悪口書かれても困る。もしかしたら警察やメンテの人たちの見落としがあるかもしれない。

 仕事を終えた紙から顔を上げて、質問する。

「まず、異音はどこで聞こえますか?」

「占い屋のテナントですね。この通りの五軒先のビルの三階です」

「いつから聞こえ始めました?」

「先週の木曜日からです。それまでは風音や人の声くらいしか物音は……なかったはず」

 口の端を歪めて、考え込んでいる様子だ。自分の言葉が信じられないようだ。

「記憶にありませんか」

「占い中に音があれば、聞こえてなかったかもしれません」

「それ位集中しているんですか」

「お客さんとは距離が近いので、どうしても他のことには気が回りません」

「成程」

「ですが、特に異音について意識するようになったのは先週金曜日以降です。それまでは春先の引っ越しや移転以外、周囲に変化は見られません」

 となると先週何かあったに違いない。そのあたりを深く聞きたかったが、相手を見ると考え込むように顎を抑えている。自分でも思い返そうと必死らしい。他のことを聞いてからにしよう。

「次に、何時ごろ、どんな音がどの方向から聞こえますか」

「……時間帯はまちまちですが、午後二時から午後九時の間、路地裏の方からきしむ音が聞こえます」

「軋む?」

「ええ。何かがきし、きし、と音がします」

「それは専門の掃除業者に頼んだ方がいいのでは」

「それも考えました。ただ、音のするようなものは何もついていません」

「……本当に、何もないんですか」

「ええ。あるとしても雨どい位です。それも端にあるので、私の異音に関係ない筈です」

 目の前に紙に淡々と描き込む。だが、内容は頭に入らない。

 全然思い当たる節がない。おそらく話している本人も困っているのだろう。これらの話を聞いていても、全然全体像が

「暖房システムが部屋の内部を回っている、など部屋の機能的なことは聞いてますか?」

「いいえ。特には。改造されていませんし、一番最初の入居人なので、私以外改造できない筈です。おそらくあなたの店と昨日はあまり変わりません」

「……わかりました」

 頭を押してペンの先を引っ込める。

「一度見させて頂きたいです」

「ありがとうございます」

 足の上に手を揃え、丁寧に礼をした。恭しく礼儀正しいさまは、占い師のイメージの通りだった。雰囲気に押されかけるが、主導権を戻すように口を開く。

「では、いつにしますか」

「今日と言いたいところですが、そろそろ店の方を開かなくてはいけません」

「……大丈夫ですか?」

「音のする時間帯も終わりますし、先日の事件で警察の見回りも増えたので大丈夫です。ええと、木曜日の二時以降は空いていますか?」

「大丈夫です」

「ありがとうございます。木曜日の二時にこちらに来ていただけますか?」

 右手を軽く振り、此方に向って振る。すると目の前に名刺が現われた。『占いの館 御船撫子』シンプルな明朝体の名刺は店名、名前、住所が書かれている。先程の言葉通り、ここから徒歩十分ほどの距離だ。俺は自分の不安を払拭くするように笑った。

「お力添えになれるよう、尽力します」

「ありがとうございます。でも、もしかしたら本当にオカルトかもしれませんからあまり力を入れずにいてください」

「信じているんですか?」

 はっとした。占い師にオカルトを問うべきじゃない。取り繕うために何か言いかけると、御船さんは手で制した。

「私にとって占いは総合学問です。私は礼も見えないし、ホームズほどの精度の観察眼は持っていません。ただ、人の念が溜まりやすい場所になっているとたまに感じます」

「実際に?」

「はい。そういう時は、肩重くなりますよ?」

「……疲れが溜まっているのでは」

「お祓いに行ったら楽になりました。そういうところですよ、私の店は」

 彼女は笑った。ただ、目は笑ってなかった。


 御船さんが帰ったのは午後三時半。『三十分ほど離れます 申し訳ありませんが御用があれば電話かメールをお願いします』という張り紙を書いて、慌ててエプロンを外し電気を消した。外に出てシャッターを下ろして、張り紙を貼って早足で歩きだした。

 青空に橙が差し込み、夕暮れが近くなっていた。ところどころ学生服や二十代くらいの人々が増え始めた。春花の学校もそろそろ終わる。

「さて、どうなってるか」

 一人頭を整理するために呟く。学校へ行ったことで状況が好転する期待は無い。通信制の学校なら、アバターを作り上げたり、春花の映像を使ってそこにいるかのように見せれば『登校していた』事実は作れる。そもそも戸籍IDを偽造できる相手だ。こんな程度へまするとは思えない。巧妙な手を使い、日常に侵攻する春花を止めるには警察に突き出すしかなさそうだが、偽造IDである証明がなければ無理だ。それ以上に、強引に事を進めれば別の家に春花が送られ、俺が処分される可能性もある。まだ何もつかめてないからこそ、相手の反応を見るしかなかった。とりあえず安全に沢渡さんの方に行かねば。

 ふと顔を上げる。そこには占いや風水の専門家の集まるビルがあった。隣のビルは大通りに面している。一つずれて、自分の神秘性を守っているように見えた。窓は黒いカーテンで覆われていて中は見えない。御船さんのテナントはここだ。確かに見る限りは他のビルと違うところはない。二階建てのコンクリートの灰色のビル。オカルト関連の店が集うなら、もしかしたら本当にそっちかもしれない。

「……何も起こらないように」

 内心でパンパンと手を叩き、祈る。運の悪さだけはどうしようもない。安全に春花のところへたどり着けるように願って、俺は大通りを右に曲がった。

 大学近くの大通りはすっかり人通りの混雑を取り戻していた。

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