2-8

「随分呑気だな」

 げっそりとした表情の月城が非難するように睨みつける。

 パソコンデスクの前で、高そうなゲーミングチェアに座り、腕組している。

 子供のように小さな体に赤い目、真っ白な髪の毛は肩までの長さに揃えられている。前髪も揃え、いわゆるおかっぱヘア。何も知らなければ可愛いと手放しに誉めれられる顔つきをしているが、本人は中々複雑な性格をしていた。

 彼女は俺の家の借主であり、仕事を手伝ってくれるありがたい人であり、頭の上がらない人だった。

 二年前、電気屋を始めようと右往左往する俺に二階と一階を貸してくれたのが月城だった。

 病院でリハビリ中、組織で働くのは難しいと気づいた。義肢がうまく動いてなくて落ち込んでいたこともあるだろうが、自分が社会の重荷と思い込んでいた。

 現代はナノマシンから集積した情報を分析して栄養の接種目安から、危険な場所、個人の特定がなされている。そんな中では、病気になるのはほぼ自己責任みたいな目で見られる。公共の場所は周期的に掃除、除菌されているため基本的に病気になる可能性は低い。交通事故は自動運転の機能が上がったため運転ミスによる事故は減り、自転車の方も体調による速度制限がかかる。通勤通学も体調が悪ければ即帰宅、それ以前に会社によっては体調データを送って会社と契約した医者に分析してもらうこともある。

 そんな中で病気、事故に遭うのは殆どありえないことだった。危険な場所に自分から行く、エリスの警告を無視などをしなければ安全に暮らせる。全てを白日の下にさらす代わりに、すべての理由を付けられる。防ぎようもない病気や天災によるものなら納得される。一方自分でどうにかなることならあまりいい気分にならない。二日酔いなんて社会的に白目で見られるようなものだ。

 そんな時代に記憶喪失に爆発事故に巻き込まれて現状と言うのは複雑な立場だった。そもそも警察で働いており、犯人を追っていたら爆発しました。体の一部が無くなり、全身やけどで色々困ってます、記憶喪失なので十五才までの経験になります。と言うのは組織にとって不穏分子であると思っていた。実際病院に入院することで一方的に解雇された人もいる。俺のように月何度か通院しなければならず、ちょっとしたことで体調不良になるかもしれないとなると悩ましい。事情は重く、どうしようもないと相手も理解できる一方で、組織で働くには中々踏み出せないところがあった。

 どうしようもない立場だから、支援金は貰っていた。一方でバイトにも中々受からない。退院後は住宅支援で家賃なしで住めるアパートに居たが、なんだか世界から外れてしまったようだとぼんやり浮かんでいた。支援金でパソコンを買い、在宅バイトや就労支援のプログラミング学習はしていたものの、『健康』である一般人が基本な会社では働けないと思って居た。そのころから個人商店を出すという考えが浮かんだ。自分の実力で自分が責任を取れる仕事に就きたかったからだ。

 それから夏目に相談して、電器屋関係の資格を取り、後は場所を決めるだけというところでドン詰まった。

 そもそも記憶喪失な男が資格を持つだけで店を出せる場所は限られるし、実際なかった。実績どころか金もない、しかも一人暮らしなので何かあった場合厄介になるかもしれない。点検のために月数回の病院通いが必要なのと、電気屋というチェーン店や流通に食われやすい仕事なことを考えると将来性も頼りない。あと警察機関の友人が居ると言うと、違法すれすれでなくても大抵断られた。他の仕事で貯めてからやり直すか、と半ば諦めていたころにここが見つかった。公的に募集していたわけではなく、思ってもない方向から来た。

 月城はストレス発散のためにやっていた基本無料のネトゲのフレンドだった。ネトゲは最近第二の社会と言われるほどの地位を作っている。大手のところじゃプレイ人数は何億人もいる。プレイしている人種、年齢、職種、地位は様々で、コミュニティを作っている。課金の程度で相手の資金力が分かるから、大雑把にわかると言えばわかる。

 俺がプレイしていたのは競争の緩いRPGだ。建築したり狩や農業で装備を強くして言ったり、習得技術を上げていくというものだ。コミュニケーションの習得や、簡単な達成感を得られるという点で、最近はこういったゲームも入院患者へ推奨されている。中毒にならないようにエリスに時間は制限されるものの病院外の人と関われるのはいい経験だった。家具のデザインなどゲーム内でバイトや現実の仕事を探している場合もあり、その辺りは退院後に何度か助けてもらった。

 月城と会ったのは偶然だった。ある日、やけになって『仕事募集』と掲示板に書いた。『裏山の管理を任せる』と第一に書き込んだのが月城だ。言われた場所に行くと、そこにあったのは大きな屋敷だった。そこに住んでいたのは、鎧を着た騎士がいた。ボイチェンした声であまりログインできないからその間の裏山の管理を任せるという説明を受けた。本来なら地味かつ面倒な草むしりや伐採は人気のない仕事だが、一人で淡々と仕事ができるのは気晴らしに丁度良かった。

 一か月間仕事に励むと、相手もこちらを気に入ったようで世間話する程度の仲になった。その中で店を始めたいが、場所が見つからないとぽろりと言うと、自分の家の下が空室だからどうかと誘われた。詐欺の可能性も考えたが、夏目を連れて会うという条件で実際に行き、決めた。立地も良かったし、裏山の管理を条件に家賃を安くしてくれた。そんな条件でいいのかと疑問視していたが、家賃収入が無くても十分稼いでいた月城には家賃はあまり気にならないようだった。それどころか空室だと犯罪に巻き込まれそうだから埋めた、という理由でこっちの立場を考えずに受け入れてくれた。本当にありがたい。しかも電器屋を始めてすぐに赤字になると、広告戦略など色々見直しを提案するだけでなく、手伝いもしてくれる。おかげで生きていける分は稼いでいる。本当に頭が上がらない。

 そんな彼女を怒らせたのは非常に申し訳ないことだった。どうも事故のせいで恐怖心が鈍くなっているらしい。そのせいで巻き込むのは避けたいが、今どうすればいいのかわからない。

 月城の前に置かれた折り畳み式の椅子に座り、非難をじっと受けていた。

「色々あって疲れて……いや、すみません」

「私は昨日から心配で寝てないんだが。その間にぐっすり寝てたか」

「……はい」

「寝首掻かれて殺されてたら、次こちらを狙う可能性は高いだろう」

「……おっしゃる通りです」

「わかってないだろ」

 はぁ。大きくため息をつかれる。何一つ否定できずにいた。

 春花が普通の少女に見えたから油断していたのは一切否定できない。それどころか本物の妹のように扱おうとしていた。相手の機嫌を損ねないようにとばかり考えていたが、どこか楽しかったのは否めない。その間必死に調べていてくれた心情を考えると頭が上がらない。

 月城はじっと俺を見ていたが、頭を軽く振って、眉間の皺を伸ばした。これ以上は無駄な時間だと判断したからだろう。無能とみなされた気がして非常に申し訳ない。

 ふっと息を吐いて、口を開いた。

「……で、どうだった」

「春花?」

「他に誰が居る?」

「……今のところ、危害を与える様子もなく、普通の十代半ばと言った様子です」

「能力は」

「書類上は無し。ただ、元々偽造したIDと考えると隠匿の可能性もあります」

「どこまでも普通の子供か」

 月城は様子でに椅子を回し、パソコンに向き直る。

「私の検索した限りでは同様の事件は見られなかった」

「噂も?」

「ああ。どれもフィクションの域を出ない」

「報道規制の敷かれている可能性はありますか」

「それこそない。見知らぬ少女が家の鍵壊して入ってきたようなものだ。どこでも起きている事件なら通報されていてもおかしくない。家を乗っ取られる事件は昔多発していたようだが、ID登録の厳格化された今じゃ難しい」

「つまり、前例のない事件」

「あるいはネットの届かないところで起きた事件だ」

 頭が重くなった。正直、対処しようがない事態だ。そもそも俺はただの電気やであり、何の権力もない。ちょっとした能力があるだけで、現状に対処できるものじゃない。

 沈黙が続く。数秒か数分かわからないが、耐えられなくなって回らない頭でとりあえず質問を投げかけた。

「春花についてどう思います?」

「あったことがないからわからない」

「それもそうですね」

「何が言いたい?」

 曖昧な質問に少し怒っている。俺は軽く手を振って否定する。

「あ、いや、印象を聞きたかっただけです」

「私は引きこもりだから人の区別は付かない。隣のカフェのマスターや、点検の客の元上司に聞くべきじゃないか?」

「能力使ったりは……」

「できるか。相手に手の内を知らされるだろう」

「そうですね……」

 渇いた笑いが自然と出た。本当に無力だった。手がかりを得ない限りは動けない。春花の様子も確認する必要がある。普段通りに店を開けてもいいのか、日常の基盤がぐらついていた。思いつめていると、

「ふあぁぁ」

 突然、月城が大きくあくびした。手を口に当て、此方を向く。目がとろんとしていた。

「申し訳ないが、春花の居ないうちに私は寝る。起きたら動画編集の後にまた調査するから、それまでは外で情報収集頼む」

「……まだ調査を続けますか」

「ああ。今度は不法侵入以外、ここ最近の鳩島のニュースも調べてみる。それまでは……ふわぁ……春花が戻ってくるまで、店を頼む」

「いいのか?普通に営業して」

「相手から接触する可能性もある。それだけじゃなく、思ってないような情報が入ってくるかもしれない……そういうのは私は無理だから、世間話でもして、外部から情報を取りれてくれ。私には無理だから」

「わかりました」

「それに、私が仕事で携わっているのだから、勝手にやめられても困る」

「……」

 寝ぼけ眼でぼんやりとした物言い。だが、月城の助けで店が成り立っていることを思い出す。彼女の収入と比べたら微々たる賃金の仕事だが、店に愛着があるようだ。少しだけ胸が熱くなり、頭の中がはっきりしてきた。

 月城だけでなく、周囲の人のためにも日常を取り戻さなくては。

「わかりました。では、行ってきます」

「ああ。気を付けて行ってらっしゃい。春花が戻ってきたら一報入れてくれ」

「はい」

 俺が立ち上がり玄関に向かうと、月城は付いてきた。珍しい。

「?オートロックだからここまで来なくてもいいのでは?」

「今日入れたばっかりだから動作確認。起動しなければお問い合わせしなきゃならん」

「成程」

 そこまで考えてなかった。油断していた。

 玄関前まで来て、俺は扉の外に出た。

「何かあれば必ず警察に連絡しなよ」

「そちらも気がかりなことがあればすぐに連絡してください」

「言われなくても。まあなんか手がかりがあることを祈る」

「任せてください」

 心配げに眉をひそめて、「気をつけてな」と呟いて扉が閉まった。わかりやすいほど信頼されてない。

「……やるか」

 頭を切り替えて階段を下りる。信頼を得るには行動しかない。そう言い聞かせて、とりあえず金衛さんに皿を返すために二階のキッチンヘ向かった。

 


 

 

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