2-7
食事を片付けた後、俺と春花は服を着替えて外に出る。
扉を閉めると勝手に鍵が閉まる。
「あれ、オートロックですか?」
「昨日ダウンロードした。少し面倒だろうが、一々開けてくれ」
月城のおすすめで新しいプログラムを入れた。既存のセキュリティを書き換える技術がある犯人に対抗できるとは思えないが、一応気休めだ。それに少女と同居するなら警備強化した方がいい。
春花と向き直る。
藍色のブレザーとネクタイを白いワイシャツの上に着け、茶色を基調にしたチェックのミニスカートを身に着けている。すねのの半分の高さの黒い靴下と、焦げ茶色の革靴を履いている。鞄は藍色のスクールバックを持っている。
どれも新品でパリっとしている。ジャンパーに長袖Tシャツにジーンズにヘタレたスニーカーを履く俺とは見栄えが違う。作業服だから新品を着るわけにもいかないが、みずみずしさを体現する春花の側にいると恥ずかしい。あまり服に気を遣ってこなかったし、店に慣れるまで時間かかったから仕方ないんだが、言い訳でしかないか。
『恥ずかしいから隣に立たないで!』とか思われてないだろうか。思春期だし。
「どうしました?」
「あ、いや……電気、消したっけ……」
「全部消えてましたよ」
「ならよかった。行こう」
「はい」
先導して歩き出す。春花は一歩引いてついてきた。階段を下りて、外に出る。
「うわっ!」
春花から声が出た。横を見ると、隣のカフェを見ていた。
「あれなんです?落ちません?」
「ああ、ダビデ像だ。あれ壁に埋め込まれているらしいから落ちないらしい」
「埋め込み!?なんでそこまでして像をあそこに置きたかったんですか⁉」
「聞くに捨てても戻ってきたらしい」
「えええ!?」
理解できないと言ったように口を開けている。まあそうだ。俺も聞いた時は理解できなかった。
隣のカフェの店長は人のいい四十代ほどのおっさんの四方司さんだ。色々あって脱サラして、去年ここのカフェを開店した。話を聞くに、元々一か月だけ雑貨屋が開店していたらしいが店長が失踪。そのあたりの話を聞かされずに、立地と安い賃料だけ見て決めた四方司さんは引っ越してからダビデ像の存在に気付いた。屋根裏に隠されていたダビデ像が気味悪くなり、何度か捨てようとしたが次の日には戻っていた。お祓いを頼んだが、何度も断られたらしい。なら、と言うことで埋め込み看板代わりにした。風化させないための加工はしてあるから大丈夫らしい。ダビデ像の方も特に何もしてこないようで、不運が続くといった悪いことは起きていないらしい。それ以上に一発で覚えられる看板になっており、常連ができやすいとのこと。
初めて聞いた時は中々やばいおっさんだと思った。見た目穏やかな普通の人だから、尚更驚いた。まあコーヒーはおいしいから今でも通ってるのだが。
まあでも怖いっちゃ怖いから黙っておこう。新生活初日に怪談聞かされても気が滅入るだろう。
カフェとは反対方向を向いて手招く。
「看板以外は普通の店だから今度朝食に食べに行こう。大通りはこっちだ」
「え、あ、はい」
歩き出すと戸惑いながらも追ってきた。気になるのかたまに振り返っている。
「気になるか?」
「というよりも……地図のダを見たとたんに『ああ』って警察の人が言ったんです。あのことだったんですね……昨日は早く家に行かなきゃって思ってたので気づきませんでした」
「そんなに有名なのか知らなかった」
「兄さんは気にならないんですか?」
「慣れた」
「慣れるんですか⁉」
「流石に一年も隣人やっているとな。それに変な店なら沢山ある」
「そうなんですか」
「ちょっと危険な店もあるからな。それも含めて明日紹介する」
「……お願いします!」
どこか覚悟を決めた顔だった。そこまで変か。いやむしろ俺の方が変なのか。今度金衛さんに聞いてみよう。
少し歩くと車二台分ほどの広さの通りに出た。そこを右に曲がると大通りが見える。
「あの通りが中心街だ」
「中心ですか?」
「ああ。学生向けの雑貨屋から高級ブランドまである」
「色々ありますね。住み分けとか大丈夫なんですか?」
「場所は大雑把に分かれているし、特に高級店は専用ビルがあってそこに出店している。雑貨屋やスーパーもモールがあって、一般的な家庭や生徒や学生が一日潰すにはちょうどいい」
「そうなんですか。本島の方とあまり変わりませんね」
「人間が住んでるからな。欲しいものにそう違いはない。ただ、売れやすいのはさび止めや釣り竿なのが少し違うな」
「海、近いですからね」
「ああ。だからもし自転車を買うなら錆に強いものを買った方がいい。安いものだとすぐに壊れる」
「うえ。気をつけます」
淡々と歩き、大通りに出た。商店の並ぶ裏路地から一気に横に広い店が並ぶ。高度制限がかかっている分、こうならざるを得ない。
この辺りは別料金だが、独自の建築が認められている場所だ。ガラス張りもよし、面積を広くとって日本庭園を作り出しても良し、様々な内装外装の店があり見るだけでも楽しい。また、ビルが持てなくてもモールに出店することもできる。
右に曲がりゆっくり歩く。春花は興味深そうにきょろきょろ見渡している。と、
「奥にあるのがモールですか?」
春花がピンクの壁の伸びた建物を指さしていた。俺は頷く。
「ああ。あそこが一般向けのモール『パルク』だ」
「結構大きいですね」
「それでいて奥行きが広い。普通に歩くだけで疲れるな」
「広いですね……」
「この辺りは夏と冬の気温差が激しいから、モールみたいに室内で全部済む場所が要るんだ」
「デパ地下とか駅地下みたいな感じですね~」
「そんな感じだ。スポーツクラブもあるから、本当に一日過ごせる」
「うーん、都心とは結構違いますね。高級店のビルの方もそういうコンセプトですか?」
「それは違う。あっちの方は文化保全と言う面が強い。広場の内装は月一でデザイナーによって変えられている。美術館や広い本屋もあるから、あちらは学生やサラリーマンが外見を整えたり、美的感覚を研ぐという場所でもあるな」
「そのあたりは都心のビルを持ってきた感じですね」
「まあそんな感じだ。役割は分けてあるが、格好に気を付ければどっちに入っても止められることはない」
「うーん、高級な方はちょっといい格好したいですね」
「そうか?」
「居るだけで楽しくないですか?」
「本屋や美術館を見るのは楽しいんだけどなあ」
ピンクの壁が途切れ、複数の店の入ったビルが十軒並び、一軒分空間が空き、その後ろにレンガの建物が見えた。あれが高級ブランドの
ほとんど女性向けの服屋で、男性向けの服は礼服や革物が多いからあまり利用することはないし用もない。しかも何十万するものが普通に並んでいるから容易に入場も難しい。普段から近所の古着屋で購入する格安のTシャツばかり着ているから、不用意に入ったら浮くだろう。そもそも作業用の服が必要だから高い服買っても着る機会ないんだよなあ。スーツも一応あるから、最上階の本屋や美術館以外素通りだ。カフェもおいしくてコーヒーの種類も多いから面白いが、高い。家の隣のカフェの方がマスターと仲いいし、結局割安な感じになってしまう。一番の理由はそこまで余裕がないってところに尽きるんだけどな。悲しい。
モールの反対側にはちょっとした食堂やカフェ、骨董屋など様々な店が並ぶ。開店前の店が並ぶ大通り、春花は一軒一軒ごとに反応し足が止まったり、歩みがゆっくりになったり、興味津々だった。今日は早めに出て良かった。下手すれば遅刻していたかもしれない。
スーツと学生ほど年齢の人通りが増え始めた。鳩島は大雑把に大学、企業の集まるエリアと商業エリア、住宅エリアで大雑把に分かれている。大学は企業と提携しているため、ほぼ同じエリアにある。春花の高校は駅前の方だから、そこから少し離れたお土産屋の並ぶ商業エリアに近い。少し遠回りしたのは、大通りの方が明るく人通りが多いから比較的安全だろうという算段だ。特に、大学生は今回のように電子ドラッグの受け渡し役として動く場合も結構あるらしい。目新しい場所を散策したいのはわかるが、とりあえず通学路は日の当たる場所であってほしい。
辺りを見回しつつ商店街を抜け、コンビニや事務用品の店が数件並んだあと、八十嶋と本島とをつなぐモノレール『鳩島駅』に出た。ロータリーの右横に学校の名前の書かれた看板がかかっている。
「あそこがわたしの学校です」
どこか自慢げに言った。俺は学校の全体を見渡す。 学校は横長で、茶色の壁に窓がクリーム色で囲まれていて、三階建てだった。他の建物が画一的だから、結構目立っている。
「大きいな」
「最大収容人数200人ですから」
「思ったより少ないな」
「通信なので、本当に必要な時以外来ない人ばっかりなので……」
春花は苦笑した。まあ、通信だから本当の人数分の建物作っても、そう使わないだろう。
学校の方へ歩いていくと、生徒らしき人々が中に入っていく。ただ、大体は私服だ。
「制服着てる人少ないな」
「服は自由なので、制服を選ばない人も結構いますね」
「春花はどうして制服に?」
「制服って、十代しか着れないじゃないですか」
「確かに……」
「っていうのもありますけど、あまり外に出ないのにそのための服を買う方が勿体ないなあっていうのと、毎朝服選ぶのって面倒じゃないですか」
「珍しいな。高校生っておしゃれな服着たがりかと思ってた」
「おしゃれは好きですけど……毎日頑張るのは。後、気に入った服ずっと着ちゃう性格なので、制服なかったら同じ服買って毎日洗濯して着ていたかもしれません」
「どこぞのCEOっぽいな」
「よく言われます」
独特な感覚だった。俺の周りに居るのは、とりあえず通販で適当に買うとか、パンクな服が好きだから一つの店を懇意にしているとか、仕事で忙しいから休暇に入ったら一々新しい服を買うとか。もしかして普通の感覚がないか……?そもそも最近の流行が分からない。
でも聞く限りは浪費するタイプじゃなさそうだ。その一点においては少し気が楽になった。
あれこれ話しているうちに学校前に着き、自動ドア横の画面を操作する。少しして、事務の人が下りてきた。
ポニーテールにスーツ、黒のパンプスを履いた、シュッとした印象の女性だった。
春花と俺を見て、背筋を伸ばして立つ。
「桜庭春花さんと、保護者の方でしょうか」
「はい」
「はい。俺は見送りのために来たので、これで失礼させていただきます」
「もう帰るの?」
「用ないだろ。部外者が立ち入るもんじゃない」
「そか」
春花が正面の人へ向き直る。
「受講を予約した桜庭です。今日はお世話になります」
「こちらもよろしくお願いします。学生証の照合は済んでいます。事務手続きなどがありますので、こちらへ来てください」
事務の人が歩き出す。春花は俺に頭を下げ、「行ってきます」と言って事務の人を追って中へ向かった。
「行ってらっしゃい」
俺は見えてないだろうが軽く手を振って、春花の姿が見えなくなるまでそうしていた。
手を下ろし、ふうと息を吐く。ほぼ一日ぶりに一人になった。肩が軽くなる感覚と一抹の寂しさが残る二律背反。
孤独を味わう暇は無い。俺は踵を返し家に向かう。
まず皿を返して、開店の準備をして、昼に月城と会議し、点検の仕事だ。やることはいくらでもある。
月城からは今朝メールが来ていた。『仕事のメールはない 後で一人になったら連絡をくれ』という一文だ。寝てるだろうが、『春花が学校に行った 今は一人だ』とメールを送る。一分後に返信が来た。
『今すぐ来い』
皿の返還は後にしなければ。大通りを歩きながら、今日の予定を組みなおした。
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