2-3

 電話をかけてから引き戸を開けて本を自室に運ぶ。隣の部屋に入ると同時に店と繋がった。

『中華料理屋 金魚です』

「もしもしで」

『桜庭!?あんた今どこに居んの!?』

 頭に大声が響く。やっぱりか。倉庫で電話した理由は掃除だけでなく金衛さんのこともあった。多分物凄く心配して長話にるだろうと予想してたからだ。こうなるのは予測のうちだった。

 本を下ろして音量を下げ、できるだけ冷静に静かに語り掛ける。

「家です。今は掃除中です」

『なんで連絡しなかった!』

 カーンとおそらくフライパンに何かがぶつかった音。

「営業中じゃないんですか」

『今日は七時閉め。今桜庭と同じく掃除中よ』

「……何かあったんですか」

『二時くらいに警察の人が来て、裏路地を調べて帰ってった。そんで巡回とか、捜査とか、なんだかわかんないけど色々危ないらしいからさ。今日は早めに閉めてバイトの子帰らせたわ』

「それは……たいへ」

『でさ聞いたんだけど』

 普通に遮られた。いや、別に、ただの感想だからいいんだけど……。

 金衛さんは一段低い声で質問してきた。

『今日追われてたって?』

「……それって」

『目撃情報あったの。バイクに追われる奴が居るとか』

「……なんで俺だと思いました?」

『バイクに追われて逃げ切れる奴とか一人しかいないでしょ』

「……」

 義足持ちなら居るんじゃないかな、実際スポーツでは義足でどこまで早く走れるかという競技もできてるし。と否定したかったが、電話越しのしんとした雰囲気は真剣さを物語っていた。

「……はい」

 しぶしぶ返答。大げさなため息が聞こえた。

『さっさと帰れって言ったよね?』

「はい」

『バイクに追われてたってどんだけやばいかわかってんのか』

「……はい」

『偶然警察が間に合っただけで、死んでてもおかしくなかったんだけど?』

「…………はい」

『頼んだこっちの身になってみ?』

「………………すみませんでした」

『……はあー』

 また溜息。こちらも胸が痛い。

 他にも追跡調査してるとか色々重要なものを隠している。金衛さんは一般人であり、客であり、太陽の下を歩くだけの努力と経験をしている人だ。だから記憶喪失だとかあんまり非日常的なことを教えるとこういう風に怒られる。

 金衛さんの気持ちもわかるものの、此方ができるのは危機感知のアンテナ制度を上げるくらいだ。

 俺は小声で、申し訳なさそうに話題を変えた。

「あのー実は、お客さんが来ていて」

『客ぅ?』

「はい。で、営業中じゃないってことは……」

『いやいいよ。突然閉めたのはこっちの事情だし、SNSに営業情報乗っけただけだからそっちは悪くない』

「つまり……」

『ちょっと遅れてもいいならさっさと注文して。あたしが持ってく』

「いいんですか」

『いいってんでしょうが。ほら、何食べる?』

 あっさり引いた。こちらの事情を無視して自分の気持ちを押し付ける程自分勝手な人じゃなかった。余分に立ち入らないありがたさと罪悪感が残る。

 俺は注文を思い返し復唱した。

「エビチリと、チンジャオロースと、酢豚と、担々麺と、卵スープと、ライス小をお願いします」

『……エビチリ、チンジャオ、酢豚、担々麺、スープに小ライス……バイトが居ないから三十分くらいかかるけど、いい?』

「それくらいなら。食器は明日返却するのでお願いします」

『あいよ。今後ともごひいきに』

 電話が切れた。

 手元のデバイスを見つめる。勝手な行動で随分心配させてしまった。記憶喪失な分、金衛さんとは身体年齢は二つしか差はない。しかし、俺の最後の記憶は十五、六だ。精神年齢は今は十八くらいか。こう何度も怒られているとまだ自分は未熟な子どもだと感じる。金衛さんは否定するためでなく、心配だから怒る。不用意に危険物に近寄る俺が幼稚だと痛感させられた。

 夏目の方にも電話をかけなければならない。同じように怒られるだろうか。この後のことを考えると、気が重くなった。

 

 


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