2-3

「決まりました!」

 机にカップを置くと同時に春花は言った。

「エビチリと卵スープでお願いします」

「少ないな。米はいいのか?」

 春花はきょとんとこちらを見た。

「もしかしてごはんないんですか」

「その、今日の分はもうない」

「……どうしましょう」

「頼んでいい。これから炊いたら頼んだものが冷める」

「……じゃあ、追加でご飯小を」

「わかった。本当にそれでいいか?」

「はい!兄さんも頼みたいものあるでしょう」

「……」

 気を遣わせてしまってるな。年下で、しかも明日から一応兄妹として暮らすはずなのにストレスをため込ませている。それほどいい家じゃないが、少なくとも二人分の生活費はある。そんなに信用ないんだろうか。いや、無いんだろうな。

 勝手に落ち込むも、できるだけ冷静に話を続ける。

「カロリーや栄養の計算はいいのか?」

「エリスさんに計算してもらいましたが、何も言ってないので大丈夫です」

「ならいいか」

 アプリを気にせず好きなもの食べて欲しいとは思う。ただ栄養価計算は悪いことでないため何とも言いづらい。

 エリスと言うのは通信兼健康福祉AIだ。ベッドの横に置かれた円筒を介してサーバーからの情報を授受している。個人所有のデバイスを通して健康状態の確認だけでなくナノマシンによるアプリとの通信役も兼ねている。主な仕事は通信と、毎朝の健康状況や天気による気圧の情報など体に関することを色々教えてくれることだ。特に違法薬物の接種や行き過ぎた肥満や栄養の偏りなど体に異常が起きる場合は警告どころか警察、保健所への通報を強制的に行う。健康が義務であると皮肉を言われる理由がこれだった。俺のように義肢を持つ自営業は孤立しやすいからありがたいといえばありがたく、エリスのおかげで嫌な飲み会からさっさと帰れる案件も多いらしい。それだけじゃなくAIの発達により長時間勤務も減りつつあるようだ。管理社会と腐される一方で、不健康なことで割を食っていた人々が駆逐されつつある。自由を侵食されつつある状況を全否定できないのはこういう側面があるからだ。

 まあそれはそれとして、俺は担々麺と酢豚と青椒肉絲を頼む。明日エリスに怒られそうだが、通報されるほどの数値じゃないからいいや。今日位豪勢にいこう。

 俺は物置の部屋の方へ歩きつつ腕時計デバイスを操作した。

「じゃあ連絡するからな」

「お願いします」

「それが終わったら出前が車で部屋を掃除するから時間を潰しててくれ」

「私も手伝います!」

「すまない。見られたくないものがあるんだ」

 これは半分嘘だ。だがこう断言すれば、春花みたいな真面目な奴はぐっと息をつめて引くことは良く知っていた。

「……じゃあ整理終わったら手伝います」

「その時は頼む。こっちも家具の配置を聞かなきゃならん」

「今のうちに考えておきます」

「そうしてくれ」

 俺は右の引き戸を開けて、春花がペイントを起動するところを確認し、暗い中に入ってから閉めた。

 さて、金衛さんと、夏目に連絡を取らなければ。

 軽く手を振り、電気をつける。

「あー……」

 絶望した。

 家電のカタログの山と、敷布団と、枕と、使ってないトレーニング器具と、資格書と、メンタル安定の本と、起業の本と、精神の本と、自然科学の本の山。

 ……これは見せられない。絶対に心配される。

 昔の自分の追い詰められようが見える倉庫だった。

 自室に放り込もうと決め、さっそく金衛さんに電話しつつ手を動かし初めた。

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