2-1

「さて」

「はい」

 日の沈む午後七時、眠りから覚めた俺は春花と向き合っていた。食事用の木の机を挟んでいる。春花は元々あった木椅子、俺は物置から持ってきたパイプ椅子。高さが違うおかげで目線があって仕方ない。しかし、真剣な話をしなければならない。

 俺は息を吸って話を始めた。

「……親の方からどう聞いてる?」

「えっと、両親がこちらに転勤するみたいです。それで、少し時間かかるしこっ血の家が決まるのに時間かかるから先に行っててくれということです」

「……一人で?」

「はい。学校の問題で五月なら入学のサポートもできるらしくて」

「入学ってことは……高校生か」

「そうです!この春高校一年生になったはずですね」

「はず?」

「まだオンラインでしか登校していません。オンラインとオフライン半々の高校、鳩島の校舎に行ってないのであまり実感がありません」

「……なるほど」

 はきはきとしゃべる内容は筋は通っていた。

「学生証あるか?」

「はい!」

 三つ折りの財布を取り出し学生証を机に出す。取り上げて裏面と表面を凝視する。裏面には俺の家の住所、表面にはブルーバックに無表情で妙な違和感のある春花の証明写真と生年月日など。『鳳高校』という学校名の横に鳳の校章が掲げられている。特におかしい場所は無い。

「緊張して撮った写真なんですよ。ちょっと変ですよね」

 春花は苦笑した。だが俺が興味を持ったのは写真の春花ではない。

「そんなに変か?結構前に撮った写真なら変わっていてもおかしくないだろ」

 軽く質問を投げかける。春花は首を傾げた。

「うーん、取ったのは三月の十五くらいなのでどうなんでしょう」

「じゃあ写りが悪いかアプリの問題だな」

「ええ!星四のアプリだったのに」

「証明写真なんてこんなもんだろ」

「これ三年間使うんですよ、最低」

「視覚ハッキングして書き換えるとか」

「そんなの出来たら証明写真のアプリ開発してますよ!」

 ははは、と笑って学生証を返す。わざとらしく怒ったふりの春花はそれを財布の中に戻した。そしてすぐに無表情に変わり、目線を下げた。

「……もしかして、連絡来てなかったんですか?」

「いいや、来ていたよ」

 ぱあっと表情を明るくする。胸が痛むが、平然と話をでっちあげる。

「ただ仕事のメールだったり色々流し聞きしてたところがあったかもしれない。申し訳ないが開業二年目でやっと慣れだしたところなんだ」

「そうなんですか!忙しい時期にごめんなさい」

「ああいいって。忙しいのは三月と四月辺りだから。春花の入学の代わりに五月を選んだのはこっちを考慮したんだ。だからあまり考えなくていい」

「……うう。本当に何もわかってませんね」

「まあまだ来たばかりだ。分からんのは当然だよ」

 俺はパイプ椅子から立ち上がる。

「寝る前に飲み物や食べ物用意できなかったのは申し訳ない、今からやるか」

「いえいえ!飲みかけのペットボトルがあったので大丈夫です!それに今日は色々ありましたから疲れたのは当然です!」

 手を振ってあわあわと否定する。本当にところどころ育ちがいい仕草をしている。おそらく本心であるため、俺は問い質すこともせずに話を続けた。

「なら春花も気疲れしただろう。今日の夕飯は出前にする予定だが、春花はどうしたい?寝るか?」

「ええと……」

 どもると同時に春花の腹が鳴った。顔が真っ赤になる。

「……ごはん、食べます」

「わかった。じゃあ、すまないがこの街の出前一覧のurl送るから見て決めてくれ。価格はあまり考えなくていい」

「いいんですか?」

「ああ」

 正直そこまで高いものはない。それにか細い春花の食べる量を考えると大丈夫だろうと考える。それよりも機嫌を悪くさせない方がいい。

 右手を振って該当のサイトを送る。春花は驚いて、すぐにこちらを伺い見る。

「兄さんはどうしますか?」

「俺はもう決まってるから気にするな。」

「おいしいところとかわかりますか」

「……中華料理屋でもいいか」

「じゃあ私もそこで」

「普通の食堂だぞ?」

「今はおいしいもの食べたいです」

「……わかった」

 金枝さんのページを送る。春花は真剣そうに眺めていた。

 俺はキッチンに向かい、食器棚からコップを二つ取り出す。あまり使ってない方をシンクで洗いつつ、月城からのメールを開いた。パスワードを打ち込み、暗号化した記号列を意味ある文章に変える。

『メールの履歴を洗った 春花についての情報は一切ない つまり春花の両親は存在しない可能性がある』

 やはりか。予想通りとはいえ、衝撃が走った。


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