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ふらふらした足取りで階段を上る。まだ午後三時あたりなのに、普段の数倍の疲労が溜まっている。もう寝たい。店の張り紙買えたらすぐ寝たい。いや、寝よう。
内心ぼやいていると、夏目からメールが入った。足を止めて開く。
『体は大丈夫ですか? 女の子の方はちゃんと送り届けました 安心してください もし時間があれば返信ください』
非常に気がかりなようだ。事件の方で大変だろうに。忙し合間を縫って書いたメールでとても気にされていると伝わってきた。仕事に集中できているだろうか心配だ。せめて無傷なことを伝えるか。
眠い頭で『けがはない 義肢も無傷 仕事中ありがとう』と返信。数秒で笑顔のウサギが返ってきた。案外暇なんだろうか。心配が空振りした気分だ。なんだかなあと画面を閉じ、階段を上がる。
あれから警官に事情聴取をされ一応ということで病院に送られた。検査はすぐに終わり、義肢にも体にも問題なし。警官からは後日連絡すると告げられて、住所と電話番号を教えてから解散。歩くのも面倒なのでタクシーを使って家に帰った。
少女とは警官の事情聴取で同伴して、病院に行くときに別れた。「ありがとうございます」と何度も何度も頭を下げられて彼女はパトカーに消えた。島の本署で探して貰えるらしい。青年の部下がどこにいるかも不明のため、放っておけないようだ。少女は最後まで俺を真っすぐな目で見ていた。巻き込んだかもしれないと考えると複雑な気分だ。追われる理由がまだ不明だから黙って無駄なこと言わず送った。俺が見えなくなるまで手を振ってた。鳩島の悪い印象が少しでも拭えてたら、と都合のいいことを願う。金衛さんのラーメンはおいしいし、色々面白いものがある。家族ともうまくいってほしいと勝手に祈る。そのためにも事件の早期解決が求められるが、中々難しそうだ。
タクシーの中で見たニュースでは青年の逮捕を知った。家宅捜査ですぐに最近の薬のバイヤーと判明したらしい。あの猫ロボットは港に立ち入らせ、薬を入れたら外に持っていくという仕様で、ドローンだから上ばかり見ていたからあの時まで気づかなかった。猫を警戒しろと言えばすぐに気づかれるだろうし、夏目が黙るのも当然だ。ひったくりの方は協力者であり、猫の目くらまし役。しかもSNSで雇ったバイトに任せてたため犯人が多い。おかげで捜査に時間がかかったようだ。猫が運ぶ間、作業員の監視に時間を稼がせるという計画的な犯行。薬の輸入先など関係者の把握はこれからだ。一旦落ち着いたがスタート地点に立っただけだ。今後俺ができることはない、せめて自分の安全のためにも深夜の外出を控えよう。
金枝さんの方へ連絡するのは後だ。営業中だろうから、長話になることも考えて営業終了後に電話しよう。月城も……ひと眠りの前に行った方がいいか。
あれこれ考えているうちに階段を登り切っていた。そのまま網膜認証でドアを開け、
「……ん?」
開かない。反応が悪いのか?
もう一度網膜認証を通し、ノブをひねる。するっと開いた。つまり、元から開いていた……?
「……」
今日のことが頭をよぎる。残党か?警戒して身を固くする。しかしすぐに力が抜けた。
奥からあの少女が現われたからだ。
「すみません!鍵閉めるの忘れていました!」
別れた時と同じ調子でリビングから飛び出てきた。ありえない光景に呆然とする。
いや、鍵どころか、なんでここに?
疑問ばかり頭に満ちて、どれも言葉にならない。何をすればいいかわからずに立ち尽くす。
少女は呆然とした様子に気づいたのか、焦ったように俺の体を見回した。
「どうしました!?怪我してるんですか⁉」
せわしなく動く少女を見て冷静になる。心配させるわけにはいかないと先程いったが流石に説明不足が過ぎる。同時に口が動き、まず質問の優先順位をつけてから言葉を発した。
「あ……えっと……」
「はい!」
「家族の家、見つかった?」
これ?言ってからとまどう。少女ははっきりと返答した。
「はい!ここだったみたいです!」
「ん?」
「ここです!」
ん?ん?
「ここだったんです!鍵も登録されてました!」
「え」
まじで?
疑問が増えたぞ?
聞いてないんだが?
そもそも家族居ないんだが?
「しょーる―いーもーあーりーまーす!」
「見せてくれ」
「こっちです」
少女に連れられて見慣れたはずの玄関を上がり、キッチンの横を抜け、四畳のリビングに立つ。窓から太陽が差し込み、ほこりの舞い上がる室内を照らしていた。
食事用の机の側にトランクが置かれ、上に置かれていたのが、今日見た地図らしきものと転居届。転居届を手に取る。『桜庭春花』という名前の下に、確かにここの住所が書かれていた。
「邪魔ですね、どこに置きますか?」
少女は、桜庭春花はトランクを持ち上げて部屋を見渡す。俺は倒れそうな体を壁に預けることで何とか姿勢を保っていた。
「あ、IDって……」
「許可されてますよー」
平然と返された。転居届は偽造できるがIDはほぼ不可能だ。しかも見れるのは家族など許可した一部の人間だけだ。ただ、それを見たら現実を受け入れざるを得ない。やるしかない。現状を把握するためにも、右手を振り、IDスキャンをする。
見れた。
桜庭春花の顔の横に、個人情報が書かれている。家族関係の項に、妹、とはっきり書かれていた。
ぐらりと傾く体を壁に預ける。いやいやちょっと待て。待て。待て。現実との境界が曖昧になる。
しかし自己紹介のないことに気づいたのか、追撃のように少女は『妹である』とはっきり明言し、現在に戻る。
「……」
どうすればいい?
少女、桜庭春花は本当に妹か、警察を呼ぶべきか、月城に調査させるか、色々選択肢が浮かぶが頭が回らない。こんな時はどうするか決まっていた。
「……わかった。春花さん」
「妹ですから呼び捨てで構いません」
「……春花、荷物は適当に置いていい」
「はい!」
「申し訳ないけど部屋はまだ掃除できてない」
「わかりました」
「だからしばらくリビングで過ごしてくれ」
「わかりました!その間、兄さんはどうしますか?」
「ごめん寝る」
「……お疲れ様です!」
「右の部屋に布団とかあるから、もし寝たいなら使ってくれ」
「はい!」
春花は元気そうに返事する。若いなあ。感心してる間にも頭がぼやける。左の引き戸を開けて、ベッドとタンスしかない部屋に入る。
「あ、外に出ないでくれ」
「はい!」
軽く注意して、扉を閉めた。一人になり一気に疲労感が押し寄せる。飛び込むように布団に入る。
とたとたと歩く音がする。他人を部屋に入らせるのは初めてだ。だが、今ならあいつが妹だったとしても寝れる気がした。何考えてんだ。もう寝よう。
布団の中で目を閉じる。暖かな布団に包まれ、数秒で意識は闇に沈んだ。
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